【016】少尉、監視対象になる
首都に戻ると、フォルズベーグ王国事件についての詳細が軍の本部にも届いていた。
襲撃は絶対王政堅守派ではなく、無政府主義者によるもの。
第一王子の意識はいまだ戻らず。
フォルズベーグ王国はただいま大混乱で、第二王子ウィレムが留学先こと我が国に助けを求めてきたとのこと ―― いつのまに留学生になってたんだ、あの二十三歳児。
「イーナ・ヴァン・フロゲッセルを見つけることはできませんでした。セイクリッド公子、アルバンタイン侯子、ウィルバシー伯子も同様に発見には至りませんでした」
帰ってきたわたしは、まずはオルフハード少佐に「無駄足でした」と口頭で報告し、車中で書き上げた報告書も提出する。
「そうか。ご苦労」
「失礼いたします」
「待て少尉」
「はい」
「ガルデオ公爵子息セイクリッドが、フォルズベーグ王族殺害に関与している証拠が出てきた。そのセイクリッド国外脱出の手助けしたガイドリクス大将は、現在拘禁されている。ガイドリクス大将の第一、第二、第四副官も同様の措置がとられている」
セイクリッドとガイドリクス大将、ヒロインのイーナを囲んでかなり頻繁に接触してただろうからな。
そりゃあ二人が同時に消えたら、ガイドリクス大将も疑われますわ。そして拘禁されるような真似するな!
今更叫んだところで仕方ないが、隣国王族の殺害に関与ってことは、第三副官も拘禁されちゃうよなあ。
「了解いたしました」
悪いことはしていないけど、悪いことしていないから無罪放免になるってもんじゃないのが……世知辛い世の中だ。
「少尉は他の副官とは違い、セイクリッドやガルデオ公爵との接触は確認されていないので、拘禁対象とはならない。だからと言って自由にすることもできない。監視を付ける」
「了解いたしました」
「司令部の任務はキース少将とその部下が代行する。少尉はガイドリクス大将の容疑が晴れるか、または処分が決定するまでは、自宅待機となる」
「了解いたしました」
「さて、これで少尉への通達は終わりだが、リリエンタール閣下は少尉がこれらに関係しているとは思っていない。ガイドリクス大将がどうであれ、経歴に傷が付くことなく任務に復帰できるので安心して欲しい」
「ご配慮ありがとうございます」
「少尉。少しくらいなら融通してやることができる」
「なんの融通でしょうか?」
「なにか希望があれば、俺のできる範囲で聞いてやるということだ」
「では、ガイドリクス大将閣下、第一第二副官との面会は可能でしょうか」
「差し入れなどは不可だが、面会は可能だ。通達しておこう。他は?」
「小官の監視は、先ほどまで共に行動していた兵士にしてはいただけないでしょうか?」
「理由は?」
「時間に余裕ができましたので、人探しを手伝おうと思っております。その経緯を彼らは知っているので。説明が面倒……とも言えますが」
「人探し? 誰を捜すのだ?」
「分かりません」
「分からない? どういうことだ」
「本当に行方不明になった子供がいるのかどうか? そこから確かめなくてはならない人探しなので」
「なかなか興味深い話だな。詳しく聞く時間がないのが残念だ。三日後の17:00頃には時間が空く。詳しい説明と報告をしにきてくれ」
「少佐」
「なんだ?」
「小官の見張りである憲兵は、当然捜査権を使用できますよね?」
「アレリード曹長の判断に任せる」
暇と捜査権を手に入れた!
三日後までにそれなりの結果を出して、そのまま行動の自由を確保し調査を続けられるようにしなくては。
「というわけで、よろしく頼むアレリード曹長」
「はい」
「もう隊長ではなく、監視対象なので、気軽に話し掛けてくれ」
「分かりました」
人探しの前に、まずは面会に。ガイドリクス大将は王族なので、王宮の一角に隔離されていた。
室内はわたしからすると豪華で広い……シャンデリアが吊されている時点で、拘禁室じゃないと思うが、そこは高貴なお方だからな、不自由もあるだろう。でもまあ、自業自得だから我慢してください。
そして部屋の隅に当たり前のように居る従卒の伍長殿。
ここまで付いてきたんですか!
「閣下、お久しぶりです」
「少尉か」
少し疲れた表情のガイドリクス大将……お労しいなんて感情の前に、ヒロインに落ちたからだぞ! と、注意したくなるのは仕方ないと思うんだ。
「閣下。面会時間が五分なので、単刀直入に聞きます。閣下はエリーゼという女性をご存じでしょうか?」
「何家のエリーゼだ」
「イーナ・ヴァン・フロゲッセルの姉です」
「姉がいたのか?」
「はい。貴族名鑑にも載っておりました」
「そうか」
「エリーゼ嬢に首都で評判の薔薇のクリームを贈ったのですが、彼女の好みかどうかと、贈ったあとで不安になりまして。閣下が令嬢のことをご存じならば、ご趣味を聞き、好みならそのまま、そうでなければ別の品でも贈ろうかと思った次第であります」
「……」
なんで無言なんだ。あれ、なんか視線が遠くを見てる。自分の世界に浸ってる感ある。
まあいい。
エリーゼのこと以外、聞くつもりないし。
「閣下、そろそろ時間ですので失礼させていただきます」
「そうか」
「閣下に掛かった疑いは、必ず晴れることでしょう。その時までご辛抱下さい」
わたしが晴らすわけではないが。
第一、第二副官との面会、本当は要らないが第四副官とも面会を済ませた。いちおう同僚なので。
銀行に立ち寄り金を下ろして、ノアの職場であるアミドレーネ出版へと向かった。
五番街の雑居ビルの三階 ―― ノアの名刺に書かれていた住所の場所に、ちゃんと存在した。
「失礼する」
ドアをノックして入ると、紙が山積みになっている狭苦しい室内が広がっている。
「少尉」
「ノア・オルソン。現像は?」
「もうじき出来上がる」
「では待たせてもらおう」
埃っぽい室内で立っていると、見習いなのか給仕なのかよく分からない子供が、椅子を持ってきた。
「どうぞ」
「失礼する」
事務所にはノア・オルソンと給仕の子供しかおらず ―― 腰を下ろし黙って待つこと一時間、写真を渡された。
現像料金として三万フォルトス渡し、現在自宅待機中であることを告げ、そのまま実家へと向かった。
「泊まっていかないの?」
「現在は自宅待機の身だから、帰らなければならないんだ」
継母は、ここも自宅なのだから、泊まっていってもいいじゃないというが、実家に監視の兵士を置くのはちょっと。
アレリード曹長のことは信頼しているが、それとこれとは別。
「自宅では女性兵士が就くことになっておりますが」
「実家は若い男もいるからさあ」
鉄道マニアの義理弟が、襲い掛かるとは思わないけど。
わたしの自宅訪問は、義理弟に写真を渡すため。
義理弟より先に帰ってきた父さんに、国交が断絶した隣国の湿原に伸びる線路の写真を見せる。
「きっとデニスは喜ぶな」
「でしょ」
父さんは義理弟の趣味を認めているが、理解はしていない……否、できない。
”夕食は食べていけるでしょう”と継母に言われ、わたし一人分の料理がテーブルに並べられた。
「いきなり呼びだしが来たりするから、食べられる時に食べさせたくて」
継母が出してくれたのは、最近流行っている南国の家庭料理ミネストローネとパスタビアンカ。
記憶が戻った現在では、珍しくもなんともないのだが ――
「次に帰ってきたら、どんな新しい料理が食べられるか楽しみだ」
新しい料理を作るのが大好きな継母がピザを作るのも、そう遠い日ではないかも知れない。
父さんはジュース片手で席につき、アレリード曹長に分からないように、アールグレーン商会と手を切ったことを語った。
”姉ちゃん、太らなくてずるい”という異母妹の叫びを聞きながら、二皿目のパスタビアンカを口へと運ぶ ―― 異母妹よ、姉さんは大柄だから、食事の量も多いのだよ。
二皿目のパスタビアンカを食べ終えるのと同時に、義理弟が帰ってきた。
「これをお前にな」
線路の写真を五枚ほど手渡す。
義理弟は……妙な表情でそれを眺め、おもむろに話し出した。




