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【152】イヴ、靴を履き替える

 ガス灯の明かりで浮かび上がるガゼボだが、かなり大きめ。

 土台が設置されており、低めの階段が三段ほど。高さは天井ドームのてっぺんまで入れると、五メートル弱くらいありそう。広さもかなりのもので、二十人くらいは余裕で腰掛けて雨宿りできそうなほど。

 階段は青の飾りタイルが敷き詰められ、側面は全て図案化された百合の彫金が施されている。

 ガゼボ内部だが、こちらも百合をデザインしたモザイク床で、ベンチは閣下の邸にある家具にも似た革張りのソファー。……ベンチとは言わないね。

 ガゼボ内にも五つほどランタンが置かれ、室内を照らし出し ―― ソファーには、何やら液体が半分ほど入っているグラスが二つ載ったトレイが置かれている。

 腰を下ろし、閣下がグラスを手に取られた。


「イヴが生まれた年に作られた白ワインだ」


 ふあああ。差し出されたグラスを受け取ったよ。


「あ、ありがとうございます」


 二十四年ものって結構な年代ものですよね……多分。ワインについて詳しくないので知らないけど。


「誕生日、おめでとうイヴ」

「ありがとうございます」


 グラスを掲げてからワインを飲み干す。

 いやーきっと凄く美味しいんだと思うけど、飲み慣れていない人が年代物を飲むとね……。でもお気持ちは嬉しい。

 グラスをトレイに置き、ランタンの明かりの下、いただいた指輪をじっくりと見る。

 この時代らしく立て爪のオープン・セッティングで、リングには幾何学模様の彫金が施されている。このリング、もしかしてプラチナかなあ。

 そして宝石なのだが……これ洒落にならないくらい大きい。

 ごっついわたしの指にあっても「大きい」と躊躇わずに言えるくらいのサイズ。


「えっと、閣下。これはダイヤモンドですか?」


 リングの素材も分からなければ、なんの宝石なのか分からないとか、すげー間抜けな質問しているのは分かる。だが知らないものは知らないので、ここは聞くしかない。


「ああ、ダイヤモンドだ」 

「あのー。とても大きいダイヤモンドだと思うのですが、これは何カラットくらいあるのですか?」


 見て分からないの? 分からないよ。だって見たことないくらい大きいんだもん。もっともカラットで聞いても、よく分からないんだけどね。


「8.8カラットだ。イヴの誕生日、八月八日に合わせてみたのだが、どうだろう?」


 は、はちてんはちからっと? 

 はちてんはち……はちてんはち……


「ふあ?」


 前世の記憶では1カラットでも、大きいと言われていた記憶があるのですが。8.8カラット……。男と変わらない太さを誇るわたしの指にあっても、それは大きいですわ。


「本当は二十四歳のイヴに贈るのだから、24カラットにしようと思ったのだが、そんなに大きくては普段使いできないので、嫌がられますよと言われてしまってな」

「にじゅうよん……からっと?」


 えっと24カラットって、この直径1cm以上ありそうな8.8カラットダイヤモンドの三倍の大きさ……ってことですよね。


「さすがに88カラットは指輪にならぬからな」


 閣下がなにをおっしゃっているのか、ちょっと……いいえ、全く分かりません。といいますか、この世の中に88カラットの天然宝石って存在するものなの?


「こ、これで、充分であります。ダイヤモンドとってもおっきいです!」


 ダイヤモンドとってもおっきいです……って、わたしは馬鹿か! 動揺しているにしても、もうちょっと言葉を選んでだなー。


「そうか。指輪のデザインはどうだ?」

「とても綺麗だと思います」

「良かった。わたしがデザイン画から選んだのだが、発注後、若いイヴの好みではないかも知れないと、皆に散々煽られてな」


 誰だよ、閣下を煽ったの。


「わたしの側にいて、イヴのことを知っている比較的若い者、ヒュー(馭者)サーシャ(懐刀)にも聞いたのだが、どちらも”責任取りたくないので、お答えできかねます”と言われてしまってな」


 責任ってなんだ?


「そんなことはありません。わたし好みです。そうですか。閣下が選んで下さったのですか。閣下と好みが似通っていて、嬉しいです……どうなさいました? 閣下」


 指輪を見てはしゃいでいたら、閣下が額に手を当てて苦笑なさっている感じに。


「イヴと好みが似ていると言われ、思わず幸せに浸ってしまった」

「…………そ、それは」

「そうだ、イヴ。誕生日プレゼントを」


 閣下がソファーの端に置かれていた箱を手に取られる。


「え? 婚約指輪(これ)なのでは?」

「まさか。それは婚約指輪であって、誕生日プレゼントではない」


 普通の人間は8.8カラットダイヤモンドの指輪を貰ったら、それがプレゼントだと思いますよ。

 閣下が手になさっているのは、すごい厚みがあるのだが、どうもジュエリーケースのようだ。


「誕生日プレゼントだ。受け取ってくれ」

「は、はい」


 大きさにしてA3くらい、厚みは四十センチくらいあるかなあ。なにが入ってるんだろう? ……家に帰って開けるべきでしょうが、ジュエリーだった場合、意味が分からないという恐れも。

 基本的なことは分かるけれど、閣下の常識で用意されたジュエリーって、庶民の知識と違う可能性が。


「あの、閣下。ここで開けてもよろしいでしょうか?」

「もちろん」


 ロイヤルブルーのジュエリーケースを、ゆっくりと開けると宝飾品が展示品のごとく並べられていた ―― うわあああ。これ知ってる、パリュールってやつだ!


「八月の誕生石ペリドットで揃えた」


 パリュールとはネックレスやティアラ、イヤリングにブレスレットなどのセットのことで、特徴としてはデザインに共通性がある。

 全てを身につけると「これ一揃い(パリュール)なんだな」と一目で分かるのだ。

 アンティーク……時代的にはアンティークではないのだが、前世の記憶持ちであるわたしの感覚的にアンティークなデザイン。


「ティアラとネックレスとイヤリング、ブレスレット、ブローチに指輪は分かるのですが、あとの二つが分かりません」


 閣下の前で開けてよかった。

 幅広のなにかが、折りたたまれてるんだ。他の宝飾品と同デザインで、シルバー台にペリドットがふんだんに使われている……なんだろう?

 それとどこかに引っかける部品のようななにかが。


「それはドレスを着用した際、腰回りを飾るベルトだ」

「あー。そう言えば、夜会で似たようなものを着用している人を見た覚えが。こんなに立派ではありませんでしたが」


 立派というか幅広。取り出し、折りたたまれているのを伸ばしてみると……わたしの身長くらいありそうだ。華奢な貴婦人の腰回りを飾るのとは訳が違うから、こうなるのは当然だが、その幅と長さから武器になりそう。 


「もう一つはベルトの留め具だ」

「ああー」


 王侯貴族が着用するようなドレスとは無縁の生活なので、思いつかなかったです。でも言われてみると、金属製の(ベルト)なんだなと分かる。

 幅が十五センチちかくありそうなペリドットとダイヤモンドが所狭しと埋め込まれているベルトをたたみ直し、ジュエリーボックスへと戻す。

 ……素晴らしいものを贈られたのは分かるのですが、使用する場所がないなあ。


「きっと今、イヴが着ている服と合わせても似合うはずだ。身につけてみてくれないかな?」

「はい」


 というわけで、青緑色のロングトランペットスカートと、アイボリー色の七分袖立ち襟フリルブラウスにパリュールを装着。鏡がないので、どんな感じになっているのかは分かりませんが、


「自分で贈ったものを、このように評するのが正しいのかどうか……だが、似合っているよ、イヴ」

「そうですか」


 閣下がそのように言って下さったのだから、似合っているのだろう。


「イヴ」

「はい、なんでしょう? 閣下」

「一曲踊ってくれないか?」


 隣に座られている閣下が白い手袋を嵌めている手を差し出したので、了承の合図として手を乗せる。

 するとわたしを抱きしめるようにして ―― わたしの背中で手を叩かれた。


「少しばかり待ってくれるかな? イヴ」


 車輪の音が聞こえてくる ―― 白塗りの車体に模様を金で装飾した無蓋馬車(キャリッジ)が、黄金の馬(アハルテケ)二頭に引かれてやってきた。

 御者台で手綱を握っているのはハクスリー(ヒュー)さんなのだが、格好は閣下と同じく燕尾服。

 こういうことを言うのは失礼なのだが、馭者にしては燕尾服を着慣れているような気がする。……わたしの護衛をも務めるので、ただの馭者ではないのかも知れないが、貴族感が漂っている。

 ハクスリーさんは馬車から箱を持ち出し、入り口階段のところに置くと、再び馬車へと戻っていった。


「イヴはそこで待っていなさい」

「はい」


 閣下が箱を取りに行かれ ―― 箱は靴箱で、蓋を開けるとシルクに包まれた「女装用ですか」と言いたくなるような、大きなサイズのダンスシューズが現れた。

 閣下が両手で一足を持ち、


「イヴ。わたしが履かせてもよいかな?」

「……え、いや、あの……じ、自分で履けますが」

「履かせたいのだが? 駄目か」

「……ど、どうぞ」


 閣下は膝をつき、わたしのブーツを脱がせ、スタンダードなデザインのダンスシューズを履かせ……キスされたー! 足の甲にキスされた!


「閣下!」

「触れたらキスをしたくなってな」

「あ……あ、あの! 言ってください! 間違って蹴り上げるところでした。閣下の顎を割るところでした!」


 そういうの慣れている人や、恥ずかしがるだけで済む人ならいいだろうが、わたしは咄嗟に攻撃が出てしまう。むしろ今攻撃を止めたこと、褒めて欲しい。休暇明けにキース中将に褒めてもらおうかな。


「済まぬ」


 足のアーチに閣下の手が触れているだけで緊張するというのに!


「今度足にキスをするときは、しっかりと申告するので、許してくれ」

「はい」


 靴ですが閣下がご自身の太ももを靴置き代わりにし ―― 無事に履き替えがおわりました。


「さすがイヴだ。そのヒールでも、立ち姿の美しいこと」

「筋肉とバランス感覚は優れておりますので」


 筋肉は優れ過ぎている感すらありますが、気にしない。


「それでは改めて。一曲踊っていただけませんか?」


 閣下は片手を背に隠すようにし、もう片方の手を差し出し軽く膝を曲げる。わたしはその手に手を乗せる。


「喜んで」


 組んでから閣下が視線を外へと向け、最初の一歩を踏み出すとバイオリンの音が聞こえてきた。音の方を見ると、ハクスリーさんが御者台に立ち、円舞曲を奏でた。



補足的ななにか


0.2カラット 横幅3.81mm 重さ0.04g

0.3カラット 横幅4.36mm 重さ0.06g

1.5カラット 横幅7.46mm 重さ0.3g

8.8カラット 横幅13.35mm 重さ1.76g


大体こんな感じ


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