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【147】隊長、優秀な部下に恵まれる

「隊長、相変わらず体格いいですよね。女と乗っているとは思えない窮屈ぶりですよ」

「悪かったな。だが言わせてもらえば、馬車なんて必要なかったんだぞ」


 わたしとユルハイネンはタクシー馬車(キャブリオレ)に乗っている。

 中央駅に降りたところで解散したかったのだが「総司令官命令ですから」とユルハイネンが付いてきた。

 キース中将からの命令は絶対なのでそこはいいとして ―― ユルハイネンの提案でタクシー馬車(キャブリオレ)にて帰宅することになった。

 もっとも「提案」というより、勝手にタクシー馬車(キャブリオレ)に乗って、馭者に目的地を告げてから「隊長、隣へどうぞ」と言われてしまったのだが。


「いやいや、隊長は体力有り余っているかもしれませんが、普通の人間はもう体力が底をつきますって」

「そんなもんか?」


 あの程度で体力が尽きるとか、情けないぞユルハイネン。親衛隊隊員なんだから、もっと体力をつけろ。


「そうですよ。隊長も少しは体力ないふりしたほうが、男にもてますよ」


 士官学校入学から早九年。体力だけで全てを乗り切ってきたわたしに対し、今更体力がないふりをしろと?

 きっと閣下はわたしが体力あるのを知っていらっしゃるし、だからこそ親衛隊隊長職に就けたはず。

 というわけで ――


「別に男にもてる必要はないから、その忠告は無駄だな」


 男にもてたくないわけではないのですが、今は閣下がいるだけでいいのだ。


「そんなんじゃ、行き遅れますよ」


 余 計 な お 世 話 だ !

 そしてもうじき二十四歳になるわたしは、この時代ではすでに行き遅れだよ!


「わたしが行き遅れようが、どうなろうが、お前には関係ない」

「もしかして隊長、出世の道を選ぶんですか?」

「それも悪くないと思っている」


 まあ、その時は結婚している予定だけどね。


「えー。やっぱりもう(・・)結婚諦めてるんですか」

「わたしが結婚しようがしまいが、どうでもいいだろう」

「隊長の見た目じゃあ、早々に結婚には見切りつけたほうがいいでしょうが」


 見た目が男なのはお前に言われなくても分かってる。だから、すごくどうでもいい。こいつのこういう所、鬱陶しくて嫌いなんだよなあ。


「そんなことより、お前あの危険物(スピリタス)どうした?」


 わたしの結婚なんて、お前には関係ないだろ!


「気付け薬としてオクサラ中尉の乗った馬車においてきましたよ」


 そうだったのか。それにしてもこの下戸、なんでアルコール度数96°を持ち歩いていたんだ? ……ま、わたしの結婚並にどうでも良い話だな。

 自宅に無事到着したのは22:00過ぎ。

 ユルハイネンを乗せているタクシー馬車(キャブリオレ)に待つように命じ、家に戻り、


「ん? 百合の香り? なんだろう」


 香りの出所は後で調べるとして、馬車で食べられる黒パンとハム、そしてチーズとミネラルウォーターの瓶をバスケットに突っ込み、財布を片手に馬車へと戻る。

 タクシー馬車(キャブリオレ)にユルハイネンの自宅までの料金を支払い、


「食いながら帰れ」

「ありがとうございます、隊長」

「では明日」


 ユルハイネンに軽食を手渡して馬車を見送った。

 改めて家へと戻ると、パジャマに着替えガウンを羽織った両親と、メイドの二人が出迎えてくれた。

 カリナはもう眠り、デニスはただいまシャワーを浴びているそうだ。

 メイドの二人が「お食事用意しますね」と台所へ下がり、


「こっちへ来なさい、イヴ」


 父さんに言われるままリビングへ ――


「うわあ」


 さすがの北国でも夏場は置物になる暖炉の上に飾られていたのは、大輪の百合の花。煌めくガラスの器に飾られた、二十本は越えていそうな白い百合。香りの正体はこれだった!


「ガラスの器ごと届いたよ」


 父さんが差し出した手紙を受け取って差出人を確認すると「臨時政府代表リヒャルト・フォン・リリエンタール」……閣下!

 百合の透かし入りの封筒を開けて手紙を取り出すと、一枚目は公文書そのもので「優勝おめでとう。国の代表として選ばれたので頑張れ。任命式は――」といった内容が書かれていた。

 二枚目は閣下直筆で「ガイドリクス暗殺が過激化する恐れがあるので、わたしは競技会場に向かうことができなかった。これほど悔しい思いをしたのは初めてだ。オリュンポス(オリンピック)にて是非イヴが的を射貫く、神々しき姿を見たい。愛しているイヴ あなたのアントーシャより」と……。

 閣下もうじき八月八日ですので、会えますよ。わたしも会いたいです。

 一本だけ部屋に百合の花を飾り、手紙を読み返していると、


「姉さん。シャワー空いたよ」


 デニスがシャワー終わったとわざわざ声を掛けてくれた。


「あ、デニス」

「姉さん、優勝おめでとう。射撃もオリュンポス(オリンピック)代表になるんだって? 俺、見に行くからね」


 競技を見に来るとは言っていないあたりが……デニスだからいいけど。


「ありがとう。そうだ、あの後どうなった?」


 濡れた髪をタオルで拭いているデニスに、救助隊が陛下の元に無事たどり着いたかどうかを尋ねてみた。


「割り出したポイント間違ってなかったよ」

「それは疑ってない」


 お前がそれ(・・)を間違うとか、姉さん考えもしないから。


「あのアッシュブロンドの将校さん凄いね」


 そろそろその人(アッシュブロンド)の名前覚えて、デニス。お前がアッシュブロンドの将校さんと言っている相手、我が国の軍のトップ(キース)だから。


「キース中将、鉄道でなにかしたのか?」


 デニスが「すごい」というからには、鉄道関係でなにかをしたのだろう。


「馬車で救助に向かうよりも、沿線だから蒸気機関車のほうが早いってすぐに判断して、俺に調達できる機関車と車両を編成するように命じて、鉄道会社と交渉して、蒸気機関車を向かわせたんだよ」


 帰ってくる途中「特別列車を優先しますので、しばらくお待ち下さい」ってアナウンスが入って停車したけど、あの時、救助部隊が鉄道で向かってたのか。

 明日登庁したら、ある程度の説明は聞かせてもらえるだろう。


「そう言えばデニスはなんで無線室にいたんだ?」

「なんか無線技士が足りないからって、駆り出されてたんだ」

「そっか。また明日も頑張ろうな、デニス」

「うん。お休み、姉さん」


 デニスは部屋へ、わたしは浴室へ。少しばかり伸びた髪を洗いながら、ふと閣下からの手紙に書かれていた「暗殺が過激化」という一文を思い出し ―― どう言う意味だろう?

 今日の陛下を襲った出来事は、充分過激だったと思うけれど。

 それ以上の過激さ……なんで閣下が会場入りすると、過激になる恐れがあったんだろう? それよりも、なんで陛下が暗殺されるんだ。

 以前も思ったけれど、うちの国の国王を殺害しても……そう言えば、説明会の時に閣下がなにか言ってたような。


「…………?」


 体を洗っている最中、なにか違和感を覚えた。庭になにか気配が。

 急ぎシャワーで泡を流してから、急いで浴室を出て服を着て、洗面所の父さんの剃刀を手に持ち、気配を消して庭へと出る。

 我が家のカーテンを引いた隙間から漏れる明かりだけを頼りに……丁度家の角、室内からは覗きづらいポイントでなにか音がする。

 偶然かはたまた室内から覗きづらいことを知ってか。ざっ! と、大きく一歩を踏み出し、そちらへと近づくと地面に押さえつけられているのは特殊警護員のクライブ。

 そして押さえつけていたのは ――


「ユルハイネン?」

「これは、これは隊長。水も滴るいい男……じゃなくて、女でしたね」


 クライブの腕をねじり上げ、地面に押しつけているユルハイネン……これはどういう状況だ?


「なんのつもりだ? ユルハイネン」

「なんのつもりと言われますと、隊長の身辺に怪しいのがいたので、部下として対処を」


 良い感じに骨が軋み悲鳴を上げているが、締め上げられているクライブ本人は耐えている。素人なら声を上げるところだが……。一般人を装うのなら、そこ悲鳴を上げなくては駄目なところだぞ、クライブ。


「放せユルハイネン。クライブ・カールソンはキース中将(・・・・・)が、わたしの身辺を心配し付けた特殊警護員だ」

「……なるほど」


 ユルハイネンは驚いたようだが、


「キース中将なら、そういうことしそうですね。隊長は一応、女ですから」


 納得はしたらしい。

 本当は閣下だが、それをお前に言うわけにはいかないからなー。

 クライブの腕を放し、地面に押しつけるため背中に置いていた膝も避ける。結構なダメージを食らったであろうクライブだが、気丈にも体をすぐに起こした。


「こいつ、あからさまで、怪しすぎますよ隊長。別のに変えてもらったほうがいいのでは?」


 特殊警護員としては優秀らしいが、ユルハイネンは更に優秀だったということか。部下が優秀で嬉しいよ。


「徴集されない年代であり、社会経験がない者……となると、クライブのような若い者しかいない。経験を積むのには、わたしの家は都合がいいだろうとも思ってな」


 徴集される十八~四十九歳の男性。彼らは社会で一番求められている年代であり、重要なポジションに就いていたりする。

 そんな彼らを軍に招集し、招集枠外の人たちだけで社会を動かす……となると、経験者が非常に重要になる。

 この場合経験者とは五十歳以上の男性。

 彼らに頑張ってもらい、出来るだけ社会が停滞しないようにする。

 特殊警護員は通常は普通に働いているのだから、できればそのまま働いていてもらったほうが良い。だから若いのを選び、配属してもらったという経緯もある。


「そういうことですか」

「聞いてくれたら教えたぞ、ユルハイネン」


 ……言いながらなんだが、きっと下手な誤魔化ししたわー。


「嘘つきですね、隊長は」

「そうか……もな」


 世の中、言えないことが色々とあるんだよ。


「では隊長。今度こそ、本当に”また明日”」


 ユルハイネンはそう言い、塀の側に置いていたわたしが持たせたバスケットを手にすると、我が家の塀を上手に乗り越え去っていった。


「大丈夫か? クライブ」

「はい、大丈夫ですクローヴィスさま……あのユルハイネンという人さすが親衛隊隊員ですね。気付いたら地面に押しつけられていました。俊敏性には結構自信あったんですけど」

「あれは優秀だからな」


 明日、キース中将に相談しないといけないなあ。


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