【144】隊長、襲撃現場へと向かう
「クローヴィス、おめでとう」
「ありがとうございます、陛下」
授賞式にて陛下よりトロフィーを手渡された。
「来年のオリュンポスも頑張ってくれ」
「もちろんにございます」
頑張りますとも! 優勝狙いますから! そして優勝して中佐になって、ゾンネフェルト少佐の前をうろつきまくります!
性格悪いって? ……うん、まあ良いじゃないか! あくまでも二種目優勝したらという仮定の話だからさ。
表彰台でトロフィーを掲げる……なんというか……いやじゃないのだが、もっとも身長の高いわたしが、最も高い位置に立ち、トロフィーを掲げると異様に目立つ、さらに言うとでかい。しみじみと言うことでもないんだけど、自らのでかさをひしひしと感じる。
「姉ちゃん!」
カリナが喜んでくれているからいいんだけどさ。
あと両親も、すっごく喜んでくれているのが分かる。
閉会式が終わったのは午後四時半過ぎ。大会運営担当者は、これから競技会場の片付けをする。大変だなー。わたしはいつも選手なので、携わったことないんだけどね。
陛下が会場を後になさるのを見送り、
「姉ちゃん、射撃でも国の代表になるって本当?」
「射撃も女性の参加ができるようになったから、一番になった姉ちゃんが出場することになると思うよ」
「姉ちゃん凄い!」
カリナが太ももに抱きついてきた ―― 腰に抱きつかないのは、身長の問題です。
「帰ったらお祝いだね」
「それは嬉しいな」
預けていたライフル銃を収納しているケースを受け取り、顔見知りに挨拶をしながら乗合馬車に乗り込み、家族とともに帰途に就く。ネクルチェンコ少尉たちも同じ乗合馬車に乗り……
「何でお前まで? ユルハイネン」
「偶々同じになっただけですよ、隊長。誰も好んで隊長と同じ馬車に乗りませんよ」
「次の馬車に乗れば良かっただろうが」
まったくもって鬱陶しいのも一緒だ。
飲めないスピリタスを持ち歩く当たりが、更に鬱陶しい。ぐびっと飲め! でも飲んだらお前はきっと急性アルコール中毒で死んでしまう……面倒な男だ。
わたしの家族と部下と特殊護衛だけが乗る、頭上だけに幌が掛かっているので景色を楽しめる馬車の中、風景を眺めながらカリナと話していたのだが ――
向こうから一本前の乗合馬車がかなりのスピードで戻ってきた。
道幅はないが、左右に建物があるわけではないので、やり過ごすことはできるが、
「止まれ! 止まってくれ!」
わたしが乗っている馬車が停車し、すれ違い停車した馬車から降りてきた軍人たちの話を聞き ――
「姉ちゃん、頑張ってね!」
「任せておけ、カリナ」
家族と特殊警護と、念のため隊員二名を付け、引き返してきた馬車へと乗り換えてもらい、わたしは小隊長二名と隊員二名を伴って、乗っていた馬車で現場へと急ぐ ―― 両親が心配そうな表情を浮かべていたのには気付いたが、敢えて無視した。
引き返してきた馬車に乗っていた軍人たちによると、彼らが乗っていたのは、陛下がお帰りになった次に競技会場を発った一番乗合馬車。
街までほぼ一本道の帰り道、馬車に揺られていた彼らは前方で銃撃戦が行われていることに気付く。
賊が何者かはわからないが、応戦しているのは近衛 ―― 陛下が狙われたのはすぐに分かった。
幸い陛下が乗車していた箱型馬車はすでにその場を離脱していたが、何者かが陛下を狙っているのは一目瞭然。
陛下の乗っていた馬車の次に出た乗合馬車に乗車していたのは全員軍人で、数名は武器を携帯していた。そこで武器を持っている者半数と、非武装の軍人半数で一組を二つ作り、二手に分かれ片方は近衛の援護に、もう片方は援軍を呼ぶために馬車で競技会場へと引き返した。
引き返してきた一番目の乗合馬車と最初に会ったのは、当然ながら二番目に競技会場を発った乗合馬車。
この二番目の乗合馬車は民間人が多め ―― この先には襲撃現場になっているので、余計に行かせられない。
停車させ事情をかいつまんで説明し、一番目の馬車に民間人を乗せそのまま競技会場を目指し、事情を聞いた二番目の乗合馬車に乗っていた軍人たちは、援護のためにそのまま馬車を走らせた。
そして三番目に会場を発った馬車に乗っていたのがわたし。
「なんでみんな、休日なのに、そんなに物騒なんですか」
スピリタス片手のユルハイネンが、携帯していた武器を構えるネクルチェンコ少尉と隊員たちに、そんな疑問を投げかけた。
……ネクルチェンコ少尉たちは休暇じゃないからなー。わたしの護衛としてやって来てるから。
「何事があっても、対処できるようにだ」
ユルハイネンだけは丸腰。わたしは高速で現場に向かう馬車の中、競技に使用したライフル銃をケースから取りだし組み立てる。
「負傷者はいますが、軍側に死傷者はいないようです」
「それは良かった」
陛下の乗った馬車が襲われた場所にたどり着くと、既に賊は近衛により全員討ち取られていた。
「隊長の腕、披露できませんでしたね」
ユルハイネンがそんなことを言うが、披露しなくて良いならそれに越したことはない。
「そうだな。あ、オクサラ中尉。怪我の程は?」
「クローヴィス大尉。大したことはありません」
二の腕を押さえているヴェルナー大佐の副官、オクサラ中尉に駆け寄り応急処置を施し ―― わたしたちが乗ってきた馬車に怪我人を乗せ、ここから最も近い病院を目指すことにした。
馬車は定員オーバーなので、わたしたちは無事だった近衛の馬を借りて同行することに。馬も足りなかったので、その他の軍人たちには現場の確保を頼んだ。
「はい大尉!」
お前が指示出しているの? うん。この場にいる士官の中で、わたしが最も階級が高かったのでね! 階級社会なので、階級が高いヤツが指示を出さなくてはいけないのだよ。
わたしはライフルケースに入っていた弾帯に、ありったけのライフル弾を詰め、たすき掛けし、両手で銃を持ち馬車と併走する。
「隊長の乗馬技術は見事なものですね」
乗り慣れない馬を必死に宥めながら付いてくるネクルチェンコ少尉と、わたしと併走しているユルハイネン。
ユルハイネン、乗馬は親衛隊隊員の中ではトップなんだよな。
わたしの部下としては二番手。一番乗馬が上手いのはボイスOFF。さすが元攻略対象にして元伯爵家嫡男で元海軍中将なだけのことはある。今はただの貧乏庶民軍曹だけど、身体能力スペックが消えたわけじゃないからな。
「まあ……馬車! 速度を緩めろ!」
ユルハイネンとそんな話をしていたら、前方から不自然な歩き方でこちらに近づいてくる誰かが見えた。
わたしはライフル銃を構え警戒……ん?
「オクサラ中尉。前方から負傷した近衛と思しき男が、徒歩でこちらへ向かってくるぞ」
着衣から近衛と分かるのだが、陛下の馬車に随行していた近衛隊 ―― 全員騎馬にて同行しているのに、前方から何故か徒歩で近づいてくる。
顔見知りが敵になるということも考えられるので、眉間に照準を合わせたまま、ゆっくりと馬を歩かせ近づく。いつもはしっかりと撫でつけているダークブロンドが乱れきり、腕がだらーん……見覚えあるわー。
懐刀中佐の肩、アディフィンではよくあんな感じになってたー。なんで脱臼したんだ、アルテナ少尉。馬から落ちて、馬に逃げられた? それはそれで大変だが……近衛が落馬ってあんまり聞かないよなあ。
「イヴ・クローヴィス大尉! 小官はルイス・アルテナ少尉であります」
あ、うん。覚えてる。
わたし、元は陛下の副官だったから、近衛の顔と名前は全員しっかりと覚えているし、会ったこともある。
更に言うと、わたし総司令官の身辺警護を統括する立場なので、余所の要人警護部隊のことも押さえてるから、間違いなくルイス・アルテナなのは分かる。
でもあなたがここに居る理由が分からない。
「どうした? アルテナ少尉」
「陛下の馬車が襲われました!」
……えっと、陛下また襲われたの?




