【143】隊長、優勝する
「クローヴィスのほうが腕が立つからわたしの護衛で、お前は作戦本部長の護衛なのだ」
自らの卑猥写真の上で項垂れているハインミュラーに、キース中将がとどめを刺しに。
最終的な人事権を握る軍のトップにそれを言われたら……言われて奮起するような性格なら、こんなことしてないと思うのです。
「わたしの性格と方針については、お前も知っているだろう? ハインミュラー。いや、知らないかもしれないから、教えておこう。わたしは女性に銃器を持たせて戦わせるのを好まない。それはゾンネフェルトも良く知っている。そのわたしが、隊長としてクローヴィスを受け入れたのは、クローヴィスの身体能力、及び統率戦闘能力が飛び抜けているからだ」
身体能力と戦闘能力には少々自信はありますが、統率力とかいうものはどうでしょう? なにせ大尉になるまで、部下など一人もいない状況で、たまに兵士を率いて演習していた人間にいきなり二百名の部下……思えば凄い無茶ぶりですね。
もっともわたしを親衛隊隊長としてキース中将の側に置いているのは、わたしの護衛も兼ねてのこと。
まだ事情を知らない相手には、そのように説明するしかないのも分かりますが。
「総司令官閣下の意向は存じており……ます。だからゾンネフェルト少佐もクローヴィス……大尉の実力に恐れをなした……のです」
ハインミュラーが絞り出すように語った……あーなるほどねー。
先日室長が言っていた「キース中将が原因」ってそれも含むのか。
いや、でも、だからといって、トイレに恋人を潜ませて「ぎゃー」はないよ。
「クローヴィス」
「はっ! 閣下」
いきなり声を掛けられると驚きます。
「今回のことを騒ぎにすると、マキネンの昇進にも関わってくる。よってなかったことにする。マキネン、シヒヴォネンの両名で話し合い事態を収拾させろ。報告は要らん。なにもなかった。だから誰の経歴にも傷は付かない。分かったなハインミュラー、チェンバレン」
チェンバレン少尉の足には銃創が残りますが……ポルノグラフティーが散らばったままの会議室から四人は立ち去りました。
わたしは「ひぃぃぃ」という気持ちで、それらを拾い集めます。
「そのままにしておいてもいいぞ、クローヴィス」
「駄目です、閣下」
「それはあの二人の関係を示すものだ。事件に関しては罰を受けないのだから、そのくらいの暴露はあっても構わん」
よ、容赦しねーなぁ。この総司令官閣下。
「こんなもの見せられたほうが、精神にダメージが来ます!」
会議室の準備にやってきて、この写真を見せられるとか地獄です。
モノクロームな二人の愛の営みを、リーツマン中尉とボイスOFFと共に拾い集めて封筒に戻して、最初に持っていたリーツマン中尉に渡す。
渡されたリーツマン中尉は、非常に困惑した表情になっていた。きっとリーツマン中尉も知らなかったんだね。
「わたしが後で処分する」
キース中将はリーツマン中尉の手から封筒を奪い取り、わたしたちも会議室を後に。
執務室に戻ったあと、キース中将からわたしに説明があったのだが、チェンバレン少尉の狙いはボイスOFFだったんだそうだ。
「元貴族なので、あのような横暴を働いたという噂を流すには、丁度良い相手だと考えていたらしい」
他のフロアでそれをしたのなら、まだ分かりますけど、キース中将のいるフロアであれやっても「仕掛ける相手を間違った」としか思われないはずですよ。わたしも一片の疑いも持ちませんでした。ボイスOFFが狙い? 思う筈ありません。
「クローヴィスが考えていることは分かるが、言葉にはするなよ、腹立たしい」
あ、はい。言いません。
それで ―― ハインミュラーたちは、明後日の競技会前に暴行事件騒ぎを起こし、わたしに精神的にダメージを与えようとしたらしい。
それ誰の案だよ。ハインミュラーだったら泣くぞ。あまりにも稚拙過ぎて、悲しみにうち拉がれるぞ。むしろ部下の暴行事件よりも、そんなアホみたいな計画の立案者と、最終学歴が同じほうが精神にくるわ。
そんな騒ぎもありましたが、射撃競技会は無事に開催の運びに ―― なにごとも起こっていないと処理されたので、当然なのですが。
わたしとしては陛下が競技会観戦にいらっしゃったことが心配。
いつも王族の方が足を運ばれているが、いまは暗殺者が……もしかしたら暗殺を計画している一味、捕まったのかな? と、一瞬思ったものの険しい表情のヴェルナー大佐が見えたので、きっと捕まっていないか、数名逃げるかしたものと思われる。
あとピンク……じゃなくてストロベリーブロンド七三分けの三白眼こと、ハインミュラーが徹夜明けか? と思うような顔色で参加している。
何があったんだろうねー。もちろん全く事情を知りたいとは思わないが!
体調が万全でないのが一目で分かるハインミュラーは早々に敗退。わたしは勝ち進みました。
お昼の休憩時間になったので、満面の笑みで手を振っているカリナの元へ。射撃の競技会なんて、年頃の女の子が見ても面白くないだろうに、カリナは両親と共にきてくれるのだ。あと今回は特殊警護員のクライブも一緒。デニスは仕事があるので来られないとのこと。
「姉ちゃん。母さんと一緒に、きゅうりのサンドイッチ作ってきたよ!」
「ありがとう、カリナ」
カリナの手にあるときは結構な大きさなのだが、わたしが受け取ると小さめになる……しみじみ手が大きいと思う。
射撃の競技会場は郊外の軍演習所の一角で行われる ―― この時代そんなに都市開発などが進んでいるわけでもないので、すぐに「郊外」になっちゃうんだけどさ。
射撃場周辺は手つかずの自然が広がっており、競技会中、昼ともなれば森林浴をしながらピクニックを楽しむ人たちが大勢いる風景に。
陛下はテントの下で、近衛に囲まれているので大丈夫だろう。
「隊長、お見事です」
ネクルチェンコ少尉とわたしの事情を知っている三名が、休みだというのに応援に来てくれた ―― 護衛を兼ねているのだろうけれど。
当然昼食中のわたしの側にいる。
彼らは競技会の客目当ての屋台で購入した、ホットドッグを手に持っていた。
「優勝は貰ったも同然ですね」
多分優勝はできるとおもう。
「合計得点は図抜けていますし」
合計得点というのは勝負には全く関係ないのだが、算出され張り出される。……きっと賭けの資料にされてるんじゃないかなー。
射撃の競技会はトーナメント方式で、二人が各々自らの的に目がけて、五分以内に三発撃つ。
的はアーチェリーの的とほぼ変わらず、中心が高得点で、外へ向かうにつれて点数が下がるという分かりやすいもの。
ただ三発撃つが、基本評価されるのは二発のみ。
的に残る痕跡のうち、点数が高い二つの合計が出され、点数の高い方が勝ち進む。
「隊長毎回二十点で、通過してますからな」
「毎回三十点出すとは、凄いですね」
同点だった場合は、三発目の点数で決まる ―― というわけで、念のために全発中心を撃ち抜いてるよ。
合計得点という非公式の得点は、三発目も合計されている。
前回優勝者なのでシード扱いなわたしは、午前中二回試合に出て六十点。一度も中心から外れてはいない。
「中心を撃っている限り、負けることはないからな」
「心強いお言葉です。それでこそ隊長」
「ありがとう、ネクルチェンコ少尉」
休暇返上で応援しにきてくれている体を装っているお前たちが、がっかりしないよう頑張るよ!
「隊長、がんばってくださーい。優勝したら奢って」
それと何故か粗ちんこと、公休日のユルハイネンまで居る。
普通は優勝者が奢られるものではないのか? まあお前に奢るつもりはないので、どうでもいいことだが。というか、公休日をもっと有意義に使ったらどうだ?
「お前それ、スピリタスだよな」
ユルハイネンは片手にスピリタスの瓶を持っている。観客の飲酒は禁止されていない。実際近くでバスケットを開いて食事を楽しんでいる家族も、ワインを嗜んでいるが、こいつ、酒弱いんだよな。
酒が弱くて酔いつぶれて寮に戻って来られなかったことが、何度かあったと記憶している。
それなのにアルコール度数96はあるはずの、スピリタスを持ってうろついているとか。
「そうですよ」
「火器のそばに近づくな。むしろ蓋をしろ。蓋をしないのなら、離れろ。わたしの妹が酒の匂いだけで酔いかねない」
なんでそんな危ないものを持ってきたんだよ。
「わかりました」
ポケットから蓋を取り出して閉めた。わたしとしては、遠ざかってくれたほうが良かったのだが……。
「クライブ、姉ちゃん、凄いでしょ! 姉ちゃんは一昨年も優勝したんだよ」
「本当に凄いですね、カリナお嬢さま」
使用人よろしく働いてくれているクライブ。
先ほど「持参した料理と飲み物は、家を出てから一度もこの手から離しておりませんのでご安心ください」と囁かれた。警戒してくれてありがとう。
でも下剤を盛ろうとするのって、ハインミュラーくらいだと思うんだ。
「姉ちゃん! 優勝してね」
「任せておけ、カリナ。カリナの応援さえあれば、勝てるさ」
「でも撃つ時は静かにしてなきゃ駄目なんだよね」
「それはねえ。わたしは気にならないけれど、気になる人は気になるんだろう」
「姉ちゃん平気なの?」
「平気だよ」
競技会なので的を狙っている時、観客は静かにしてくれるが、実際の戦闘ともなれば、引き金を引く時、静かにしてもらえる訳じゃないので、わたしはそういうのには気にならない。
カリナの声援を背に ―― 無事に優勝いたしました!
ちなみに決勝の相手は一昨年と同じ。一度勝ったことのある相手なので、慢心せずに勝負に挑んだら勝てたよ。待ってろオリュンポス! 必ずや金メダルを仕留めてみせる!




