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【014】少尉、写真撮影を依頼する

「クローヴィス隊長、いかがなさいますか?」


 アレリード曹長から指示を求められる。


「曹長はあの男の話を信じるか?」

「遺体写真が本当のセシリア・プルックであるという証拠もなく、行方不明になった弟を含む四名に関しても届けが出ていないので、本当のことかどうか確かめる術はなく。セシリア・プルックが海軍司令部に向かったという証拠もありません。よって小官は、ノア・オルソンと名乗る男の話は信じません」


 アレリード曹長の言う通り。そもそもノア・オルソンが実在する人物か? 実在したとして、いま腹パン食らってゲロ吐きまくっているだろうあの男が、本当にノア・オルソンなのか?


「曹長。まずあの男が嘘を言っているとしたら、狙いはなんだ?」

「分かりません」


 曖昧なこと言わないあたりが、信頼おけますね。


「そうだな。ではあの男が言っていることが本当かどうか、調べてみるとしよう」

「クローヴィス隊長?」

「難しいことをするわけではない。車掌に貴族名鑑を持ってくるよう命じてくれ。それとレニーグラスの詳細な地図も車掌に命じて手に入れてくれ」

「かしこまりました」


 一等車両が連結されている蒸気機関車の車掌室には、必ず貴族名鑑がある。一等車両は貴族の乗り物だからね。この豆知識を教えてくれたのは、鉄道マニアの弟デニス。

 駅に蒸気機関車を見に行き、あつく語られた時は流して聞いていたが、ここにきて役立つとは。


 貴族名鑑を開き――結果から言うと、フロゲッセル男爵家にエリーゼという名の令嬢はいた。

 ただ名鑑に年齢は記載されていないので、エリーゼの年齢がノアの言った通りかは分からない。

 イーナが王立学習院に提出した書類に載っていなくても……これがおかしくないんだなあ。当主とその夫人の名前を記入する欄しかないんだ。


 つぎに鉄道地図を広げる。

 レニーグラス地方インタバーグ。

 国境沿いの辺境だが、鉄道が通っている。それは帝国と貿易をしていた名残だ。

 帝国と我が国は線路の規格が違うので、貨物はすべてこのインタバーグで我が国の蒸気機関車に積み替えられていた。我が国から帝国への輸出も同じ――線路の規格について、デニスがめっちゃ詳しく語ってくれたことは覚えているが、姉さんそれ(・・)に関しては覚えきれなかったよ。


 帝国が倒れ共産連邦となり、国交がなくなったことで貿易もなくなり、インタバーグの駅は閉鎖された。

 いま定期蒸気機関車が通っているのは、北方司令部のあるイルガまで。

 そこから先の線路は軍が管理しており、一ヶ月に一度検査を兼ね、周辺の街や村への物資を届けるための軍用車両が走る。

 わたしたちも、イルガで軍用車両に乗り換え向かうのだ。


 デニスの実父は軍に徴集された下士官で、共産連邦との戦いで戦死している。

 だから継母(かあさん)は、子供たちには軍人の道を歩んで欲しくはないと思っていた――と聞かされたのは、士官学校に合格してから。

 受験前に言うのは卑怯だと継母(かあさん)を説得したのがデニス。

 デニスの内心はこの民間人には乗ることのできない軍用車両に乗って、インタバーグまで行ってみたい――士官の身内なら乗れる可能性がある! という欲求に忠実な行動だったわけだが。

 わたしが士官学校を卒業し、中央司令部に配属になったと聞いた時のデニスの残念そうな表情は忘れられない。

 イルガ~インタバーグ間を管理している北方司令部じゃなくて悪かったな。

 いつかもうちょっと出世して北方司令部に配属になったら、夢を叶えてやるから、それまで待ってろデニス。


「曹長、ノア・オルソンを」

「はい、隊長」


 酷い顔で戻ってきたノアに、フロゲッセル邸の場所を聞く。

 お前ら、場所知らないまま行くの? と言われそうだが、現地で村人に聞きながら進むことになっている。

 そんなに複雑な場所じゃないらしいから。


「ここで間違いないんだな?」

「あ、ああ……」

「大声を上げたり、いきなり動いたりしない限りは大丈夫だ。ところでノア・オルソン。件の行方不明になった子供たちは、ごく普通の子供か?」

「普通とは?」

「身体能力が優れているとか、体力が大人並みだとか、リリエンタール閣下のような神童だったとか。セシリア・プルックの弟で五歳のイクセルには、そのような特徴はあったか?」

「聞いたことはない」

「なるほど……ノア・オルソン。危険を冒す愚かさを持ち合わせているか?」


 ノアは少し躊躇ったが頷いた。


 わたしはノア・オルソンと部下たちを伴い、フロゲッセル男爵邸へ ――

 出迎えたのはフロゲッセル男爵夫妻。

 十七歳の娘の両親としては老け気味だが、三十二歳の娘の両親としては妥当だ。

 王都……じゃなくて首都には、美容に金を掛けた、四十半ばなのに二十代にしか見えない美魔女未亡人さんがいらっしゃるが、この地方の領主の収入ではむりだろう。


 夫妻は娘のイーナ(ヒロイン)が行方不明になったことは知らず。もちろん家には帰ってきていないそうだ。


「王都についていければ良かったのですけれど、お恥ずかしいことですが金がなくてね。王都に出たのは、あの子の入学式に付き添ったのが最後です」


 王都は体制変更に伴い、呼び名は首都に変わりましたよー……などという無粋な突っ込みは入れない。

 

「こんなことになるのなら……無理をしてでも、王都に邸を買うべきだった」


 無理だと思います。インタバーグはこれといった特産品もなければ、観光地でもないので。国境ぎりぎりのところですが、北方司令部はもっと南ですから、軍人たちが金を落とすこともありませんしね。

 目に付く家具のどれも、みすぼらしいといいますか……これならブルーノ家の家財道具のほうが立派だ。


「ご令嬢は、我々が必ず見つけますので、ご安心ください」


 男爵夫妻と話をしているわたしを撮影するノア。

 ノアは「働く女性士官に密着」という、バカ架空記事を書くために、無理矢理ついてきた記者という体で連れてきた。

 もちろんわたしを撮影するふりをして、男爵夫妻やその他を写真に収める寸法だ。


 「働く女性士官に密着」と言った時、男爵夫妻が「え? えっ? 女性士官ってどこ? あ、目の前にいるのだけが士官……えー」といった動きになったのは見なかったことにした。


「男爵閣下、イーナ嬢の姉君エリーゼ嬢に話を聞くことを、お許しいただけませんか?」


 エリーゼのことは貴族名鑑に載っているので、わたしが名前を出したところで、なにもおかしなことはない。


「済まない、少尉。あの子は本当に体が弱くて」

「そうですか。ご無理をいって申し訳ない。そうだ、これを。運んでくる途中、包装を汚してしまったので、剥き出しも失礼だとは思いましたが、首都で品薄になる大人気の美容クリームです。ぜひエリーゼ嬢に」


 ブルーノ、済まん。お前からもらった薔薇クリーム、手土産にさせてもらった。

 ノア曰く、これは首都近辺でしか手に入らないものなんだそうだ。

 香りがよく、また効果もある――女は幾つになっても女。可愛いものには目がないし、薔薇とかピンクとか美容クリームとかもらったら、大体の人は悪い気はしない。


 エリーゼ嬢がこっちに興味を持ってくれないかな? という作戦だ。もちろん効果はほとんどないだろうが……


「ああ。アールグレーン商会の。エリーゼもきっと喜ぶ」


 待てよお前等。

 ついさっき、首都に出たの二年前って言っただろ。

 ケースを見ただけで、なぜアールグレーン商会のものだと分かる。

 シャッター押す手を止めるな! ノア。

 おかしな動きを見とがめられたら困るだろ。

 アレリード曹長に動揺は見られない。あと他につれてきた三人の部下も。


「小官も気にいっているクリームです。エリーゼさまにも気に入っていただけると、嬉しいです」


 使ったことねーけどな。

 その後、フロゲッセル男爵に、記者がもう少し仕事をしている写真を欲しがっているので、邸近辺で撮影してもいいかどうか尋ね、許可を得て邸をあとにした。


「ノア・オルソン。本当にあのクリーム、首都近辺でしか出回ってないんだな?」

「ああ」

「フロゲッセル嬢が贈ったのではありませんか?」


 アレリード曹長の指摘はもっともなんだが、あのクリームはイーナと対立の立場にあるアールグレーン商会のものだから、イーナが姉に贈るとは考え辛い。


「その可能性はあるが、そうなるとどこから金が出たかだな」


 わたしと曹長にノア、そして護衛の三人を連れて、男爵邸の外観をすべて収められるように歩き回り、時には被写体になっているふりをする。

 シャッター音を聞きながら、金がないと言った男爵の言葉は本当なのだろうと思わせる邸の外観を眺める。

 邸は小高い丘の上にあり、村全体、さらには共産連邦を見渡せる。

 広大な土地を有する共産連邦にとっても、この辺りは辺境なので、侵略の際にこのあたりが攻められたことはない。


「ノア・オルソン。共産連邦側の線路の写真を撮ってくれ」

「はい」

「これは個人的な依頼だから、料金は払う」


 義理弟(デニス)、線路も大好きなんだ。

 線路には線路のロマンがあるそうだ……枕木とか軌条(レール)とか、切り替えポイントとか。姉さん(わたし)には分かんないよ、義理弟(デニス)


「クローヴィス隊長。ここで行方不明は、あり得ないと小官は考えます」


 アレリード曹長の意見に、わたしも同意です。

 男爵邸から子供たちの足で行ける範囲内には、鬱蒼と生い茂った森や、流れが急な川や湖など、子供が事故に巻き込まれるようなポイントはない。

 あるとしたら、当時は定期運行していた蒸気機関車事故、もしくは冒険心から乗り込んだか? だが、それなら簡単に見つけられたはずだ。事実わたしとデニスも、冒険心から無賃乗車して三つ目くらいの駅で発見されて、軽く叱られた――デニスが貨物列車のコンテナに乗りたいんだ! って言って……。客席とはまた違ったロマンがあるらしい。デニス、姉さん一緒に乗り込んだけど、いまでも良さが分からないよ。


「誘拐するにしても、このインタバーグまで来て、男爵令嬢以外の子供四人を攫う意味もないしな」


 膝をついて写真撮影をしているノアは、なにも言わない。

 彼は惨殺されたセシリアの無念を晴らすことが優先で、弟のことはついでというか、セシリア殺害犯を挙げたあと、真実を伝えられたら……くらいのものだろう。


「曹長が編集長だったら、この男はとうの昔に馘首(クビ)になってるだろうな」


 男爵邸周辺の写真撮影を終えてから、この村唯一の墓地へと向かう。

 死者が眠っている場所を撮影するというのは、罰当たりな気もするが、行方不明になった子供たちの存在確認方法がこれしかない。

 役所で出生証明書の照会とか、そんな大事は避けたいし、する権限もない。

 エルメス・ゾルナス八歳と刻まれた墓石を見つけたので、わたしと一緒に撮影。他の子たちの墓を捜す時間はないので、そのまま墓地をあとにする。


「嘘じゃなかっただろ!」


 ノアはそう言うが、実際はまったく証拠にならない。


「そのセシリア・プルックがこの村出身なら、エルメス・ゾルナスという子供が八歳で亡くなったことは知っている、もしくは調べるのは簡単だ。更に言えば、セシリア・プルックがこの村出身でなくとも、こうして足を運び墓地から適当な名を選び、それらしい話を作ることはできる」

「なかなか信用してもらえないんだな」

「信用に足りる証拠を出せ。話はそれからだ」


 ノアは嘘をついてはいないと思うんだが、じゃあそれ本当なのか? と言われると、確たる証拠がないんだよなあ。


「さて。あとはこの辺りの村人に聞き込みをして帰るとするか」


 ノアのことをまるで信用していないアレリード曹長が同行を許している理由は、ノアの私物に攻略対象三人とイーナの写真が複数枚あったため。

 オルフハード少佐が聞き込みようにと配布した、貴公子然とした写真とは違い、髪は無造作で襟元も緩んだこちらのほうが、逃亡しているかもしれない彼らに近いだろう。

 これを見せて聞き込みをすれば、仕事がはかどる ―― その写真の見返りなのだ。


 もちろんわたしが同行を許可すると言うだけでアレリード曹長は従うが、押さえつけて従わせるより、理由があったほうが良い。


 イーナたちメインキャラクターに関しての聞き込みは、なにも得られなかった。

 だが ――

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