【131】隊長、隊員補充が完了する
陛下から馬術の国代表と通達されてから数日後 ――
無事に親衛隊隊員二百名が揃った。それと同時に親衛隊の庶務を担当する軍属も三名配属された。
昨日まで副官スタルッカと二人きりだったのに、いきなり二百三名の部下持ちに!
もちろん親衛隊員二百名を、わたし一人で動かすわけではない。
直属の部下が付き、彼らに命じて部隊を動かす。
わたしの直属の部下はギルベルト・ネクルチェンコ少尉、ミカ・ユルハイネン少尉、ディーデリック・バウマン少尉、パトリック・ヘル少尉の四名。彼らが四十九名の部下をわたしの命令のもと指示する ―― のだが、一隊だけちょっと毛色というか、存在意義が違う部隊がある。
それはネクルチェンコ少尉とその部隊の十名。
この十一人は、わたしの護衛なんだってー。
たしかにネクルチェンコ少尉は、わたしがレオニード遭遇後に一時ヒースコート准将が付けていた護衛部隊の指揮官で事情 ―― わたしと閣下の婚約に関して既に知っている。
「お前たちはわたしではなく、クローヴィスを守る。委細はヒースコートから聞いているな?」
本来ならば少尉四人を一度にキース中将の前に並べ、一人一人に言葉をかけてもらうところだが、わたしの事情により少尉を一人ずつ呼び出してキース中将が声を掛ける形式に。お手数をおかけして申し訳ございません、キース中将。
キース中将は「面倒ではない」と言って下さいましたがねー。本当に良い人です。是非とも幸せになっていただきたい。そのためには尽力を惜しみませんよ!
「はい、聞いております、総司令官閣下」
ネクルチェンコ少尉は二十七歳。苗字から分かるようにルース人。両親がエジテージュ英雄皇帝のルース遠征の際に、村を焼き払われ逃げて流離い、我が国にたどり着いてから生まれた ―― ルース人といっても、ルースの大地を踏んだことはないとのこと。
こういう身の上で陸戦が強い場合、ヒースコート准将の部隊に所属することが多く、彼もご多分に漏れずヒースコート隊に所属している。
身長は高めで……わたしよりも低いけど高めだ。金髪で緑目と言葉にすると、わたしと同じ色彩の持ち主なのだが、発色が違う? としか表現のしようがないほどに色が違い、全く同じ色に見えない。
顔つきは怖い系。厳ついんじゃなくて、黙ってると怖い感じのする顔だち。
悪くはない……いや直属少尉の中では一番整ってるような気がする。でもこれって、好みが入るから、もっとも怪しい評価。
「隊長。なにかあって逃げる際は……全力で逃げて下さいと言えないのが辛いところです。自分の足では、隊長にとても追いつけそうにないので」
手を差し出し握手を求めてきたので握り返したところ、ネクルチェンコ少尉にそのように言われた。
たしかに君たち、あまり足速くなかったもんね。
あと持久力も。
「いや、ネクルチェンコの体力と足の速さは充分だぞ、クローヴィス」
「……」
ネクルチェンコ少尉退出後、キース中将に否定されてしまった。
そうなのですか? いや、でも……。
「クローヴィス隊長。これからよろしくお願いいたします」
続いてのディーデリック・バウマン少尉はレンジャー研修で一緒になったことがあるし、なによりアーレルスマイアー大佐の部隊に所属しており、大佐が推薦してきた。
わりと大柄な人で、肩幅はわたしよりある ―― 身長? それはわたしのほうがあるよ……っていうか、親衛隊員でわたしより背が高いやつはいないよ。頭髪はライトブラウンで、瞳はグレー。年齢は二十六歳。頭髪は短く髭が生えているわけでもないのに「あ、ヴァイキングの子孫ってこういう人だろうな」と言いたくなるような厳つい顔だち。
「ああ、よろしくバウマン少尉」
レンジャー研修を乗り越えた時の感触からすると、良い感じで一緒に仕事ができると思う。
「荒事はあまり得意ではありませんが、それ以外では、他の隊員よりも隊長のお役に立てる自信はありますので、なんでもお申し付け下さい」
親衛隊隊員なのに、荒事が得意ではないと申告してきたのはパトリック・ヘル少尉。
もちろん体力の基準は満たしているし、格闘もできるが、ヘル少尉が得意とするのは情報収集整理と尋問。ヘル少尉の所属は憲兵部で、彼の部隊にはアレリード軍曹以下、インタバーグへと向かった際に同行していた憲兵小隊が所属している。
「そうか。では情報局や憲兵から来る情報の精査を一任する」
不審人物に関する情報が届くので、それらを精査しておいてください。親衛隊の八割以上は、隊長に似て考えるより先に体が動くタイプのようなので、冷静な人は大歓迎。
「あいつ、お前の直属でもっとも直情的だぞ」
「……?」
ヘル少尉が退出後、キース中将がそう呟いた。直情的って、すぐに体動いちゃうタイプのことですよね。
見た目、色味の薄いブロンドとアイスブルーの瞳と涼しげで冷静そう。さらには四人の少尉のなかで最年長の三十歳……あっ!
「なんだ? クローヴィス」
「いいえ」
総司令官だって色合いだけなら、アッシュブロンドにアイスブルーの瞳で冷たくも頼りなさげな雰囲気だけど、実際はそんな要素一切なかった! ちなみに四十歳。そろそろ誕生日を迎えて四十一歳になるキース中将……プレゼントを一つ一つ確認するの大変だなあ。なにが入っているか分かったもんじゃないし。
「次は……ちっ! 粗ちん野郎か!」
そんな雰囲気だけ儚いキース中将が書類を捲り舌打ち……からの、粗ちん。
粗ちんとは粗末な男性器のことを指す言葉で、男性に大ダメージを与える攻撃魔法でもある。
「無視しますか?」
「そういうわけにも行かんだろう。嫌味の一つくらいは言うが」
「では呼びます」
粗ちん野郎ことミカ・ユルハイネンは二十八歳。
「お初にお目に掛かります、閣下」
「わたしは一生会いたくなかったがな、粗ちん野郎」
粗ちん野郎とは士官学校を退学になった男のことを指す言葉だ。かつては「玉なし野郎」だったのだが、女性士官が誕生したことにより「玉なし野郎。てめえは女か(これが全文である)」は女性に対する侮辱だということで「たまは付いているが貧相だ」という嘲りの言葉に変わった。
そこまで変えるのであれば、いっそ蔑称をなくしてしまえば? と思うのだが、
「抱いた女には粗ちんと言われたことはありません。隊長、小官をお試しになりますか」
……貴様なんか粗ちん野郎で充分だ!
ちょっと配慮してやろうと思ったわたしが馬鹿だった! もと同期め!
鬱陶しい性格治ってねえなあ! 治る筈ないんだけどさ!
「閣下、失礼いたします」
キース中将の執務机の前から少しばかり移動して、ユルハイネンの前に立ち鳩尾にパンチ! 久しぶりの腹パンです。
「ごっ……げ……」
「手加減したんだから、吐くなよ」
執務室を吐瀉物まみれにされても困るのでね。
腹を抱えて崩れ落ちたユルハイネンの襟を掴んで、執務室の外へと放り投げる。
ユルハイネン隊の二人が慌てて回収しにきた。
「弁えろ」
それだけ言って執務室のドアを閉めた。部下にセクハラされて黙っているような隊長では、やっていけませんのでね!
あ……キース中将の執務室に戻る必要なかった。
「クローヴィス」
「はい閣下」
「今の方向でいい。容赦は必要ない」
「一応容赦はいたします。あれを採用しなくてはならないくらい、我が軍は人が足りませんので、内臓破裂や骨折をさせるわけにはいきません」
加減して腹パンするよ! あいつの性格はあんな感じだから、きっと何回も腹パンを繰り返すことになるな。
「ふん! たしかにな」
粗ちん野郎ことユルハイネンは、わたしと同じ年に士官学校に入学し、一年で退学したわりと恥さらしである。
頑張ったけど座学、もしくは実技についていけなかったとか、体調を崩して入院し出席日数が足りなくなったとか、補欠合格だったので無理だったとか……そういう努力したけど落第が決まり退学になった人はいいんだよ。
実際補欠入学から、体力的についていけずに退学したヤツとは、いまだ交流あるし。
だがユルハイネンは、休養日に街へと出てナンパして……まではいいのだが、休養日が終わっても帰ってこなかったり、あまりに無断外泊が多くて外出許可が下りなくなってからも、抜け出して街でナンパして……と。
お前は士官学校になにをしにきたのだ? といった感じの男だった。
いやナンパしてそのまま外泊も、生き方だからいいよ。だが士官学校に入学したら、それは控えるべきだろ? 門限が怖ろしく厳しいこと知っているのに、何故受験したんだ?
そんなヤツは当然素行不良により一年で退学。
ただ本体のスペックは良いので、大学へと進学し卒業、軍の採用試験を受けて合格、士官として採用された。
黙って士官学校卒業してりゃあ良かったのに、こいつなにしてるんだ?
「性格もかつてと変わらず厄介ですが、頭脳は優秀であり、身体能力もそれなりのものを持っておりますので」
成績良かったんだよ。入学時点で座学は次席だったからね。そう万年主席だったエサイアスに次ぐ明晰な頭脳を持ち合わせていたのに……素行がなあ。
税金で勉強しているのに、あの素行はないだろう。
自腹で大学通っているなら、アレでもわたしたちは文句は言わないよ。
「そのくらいの利点がなければ、採用などしないぞ、クローヴィス」
ですよねー。
あくが強いというか、癖のある少尉四名を取りまとめ、指揮してキース中将をしっかりとお守りいたします!




