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【130】隊長、難しい判断を求められる

「わたしたち兄弟は”女性”という通念の改革を試みた。その象徴としたかったヴィクトリアとはかみ合わなかったが、それでもわたしは女性の社会的な頸木を少しでも軽くしたいと考えている」


 我が国の陛下(ガイドリクス)が立派すぎて、家臣としてどのように答えたらいいのか分かりません。


「ヴィクトリアのことで分かったのだが、そういった改革の重責で折れる者と、立ち向かえる者がいる。わたしも同じ轍は踏みたくない……大会規定が変更され、二種目ながら女性も参加することができるようになったオリュンポス(オリンピック)。これに出場する女性は、重圧を背負うことになる。クローヴィスがその重圧に押しつぶされるのではないかと、心配だったのだが……リリエンタールが言った通り、クローヴィスはこの程度のことは、ものともしないのだな」


 言われてみるとそうですね。

 浮かれテンションで国家代表! と軽い気持ちで引き受けてしまったのは、前世の記憶が原因かと思われます。ほらわたしが生きていた時代って「オリンピック楽しみます」勢が多かったから、その感覚が強くて。……でも昔は成績不振が重圧になって潰れてしまった選手が大勢いたなあ。ゲームの背景的には、重圧で潰れる人たちよりも前の時代なので……わたしが異端なんですね。

 ですが陛下、一つだけ言わせていただきますと、オリュンポス(オリンピック)地味ですから。この世界では国民のほとんどが興味を持たない、地味祭典ですので。気楽に引き受けちゃったんですよ。


「リリエンタールは言っていたよ。クローヴィスの心は決して強いものではなく、どちらかと言えば普通だが、家族や友人、上官から愛情を受け、それをしっかりと受け取り心が満たされ、素晴らしいまでにしなやかであると……愛していたつもりだったのだが、足りなかったのか、それとも伝わらなかったのか。わたしの不徳であったことだけは確かだ」

「陛下……」


 慰めの言葉一つも思い浮かばない、自分が嫌になるが……悪くなかったと言い切れないくらいに王家の方々の私生活について知らないのですが、きっと陛下は頑張ったのだと思いますよ。

 あなたが大将だったころの仕事ぶりは、立派でしたもの。

 副官を務められて幸せで……最後のほうは「この攻略対象め!」でしたが、仕事一杯していた。多分しっかりと支えていましたよ。ただ女王の土台が弱かったんでしょう。その土台は、父であったノルトークス王が作るものですから……とも言えないのが王家ですよね。だってそれを言ったら「父と会ったのは四回、うち一回は葬儀の場だ。母とは一度も会ったことはない。わたしも会いに行こうと思ったことはないが」と仰る閣下の土台はどうなるのか?

 閣下が特別強い……のかもしれないけれど、そうじゃない可能性も……。


「クローヴィス。それでも代表として辛いと思うことがあったら言ってくれ。……まあ、お前にはリリエンタールがいるから、そちらに話せばなんでも解消するであろうが、クローヴィスは我が国の代表でもある。国としてもサポートしたい。だからなんでも気軽に頼って欲しい」

「身に余る光栄でございます、陛下」


 どちらかと言いますと、陛下に気軽に頼みごとするほうが、精神的プレッシャーです。元上官ですが現陛下ですから。


「わたしだけではなく、この室内にいる者たち全員、クローヴィスのことを全力でサポートするゆえ、何時でも頼ってくれ」


 元副官同士だったヘルツェンバイン大佐やオースルンド少佐はまだしも、陛下とか鬼教官だったヴェルナー大佐に愚痴を聞いてもらうのはちょっと……。とくにヴェルナー大佐は閣下に対して含みがあるのも知ったので。


「ありがとうございます。頼りにさせていただきます!」


 でもここは感謝を述べておくのが、大人というものである。


「話題は全く変わるが、クローヴィスにはヴィクトリアの親衛隊隊長を務めてもらう計画だったのだ」


 そいつは初耳ですよ! 陛下。


「クローヴィスは平民なので、卒業後すぐに王侯貴族に慣らそうということで、わたし付きに副官とし、ヴェルナーの元で色々と学ばせていたのだ。……ヴェルナーは厳しかったであろう?」


 ”くすっ”と笑いますがね陛下……厳しかったですよ!

 そりゃもうとても厳しかったのですが、女王の身辺警護隊の責任者にしようと考えていたのだとしたら……優しかったのかも知れません。


「幸いといって良いのか少々言葉に困るが、その指導はキース親衛隊隊長就任に役立った」

「陛下。そろそろ切り上げてクローヴィスを帰さないと、キース中将から苦情がきます」


 ええ! 普通こういうのって「陛下、お時間です」が定番では? なぜわたしを優先……いやキース中将か。帰還時間まで決めているとか、厳しい上官だ。スタルッカ(ウィルバシー)連れて寄り道せずに帰りますとも。叱られたくないので。


「そうかヴェルナー。久しぶりにクローヴィスと話ができて、ついつい話し込んでしまった。クローヴィス」

「はい、陛下」

「ヴィクトリア・ヴァン・エフェルクのことを許せるか?」


 ……どう言う意味ですか? 陛下。えっと、なに? なんなの? なにこの空気。

 室内の空気が張り詰めたよ。なにこの空気。まるでわたしの返答次第で女王の処分が決まるみたいじゃないですか。

 いや、参考意見だろうな。うん、きっと参考だな。

 事情を知っているわたしにも、意見を聞きたいのだろう。

 なにせ女王は裁判にかけられない。王族だから裁判にかけられないというのではなく、罪状が明らかになると、誰の子を身籠もっていたのかを詳らかにしなくてはならない。

 また隠そうとしても女王自ら法廷で相手の名(レオニード)を叫ぶ可能性もある。そうなると秘密理に処理しようとした努力が無駄になる、よって裁判はない。


「女王という公人に対し国民として裏切られたという気持ちは生涯消えませんが、ヴィクトリア・ヴァン・エフェルクという一個人に関しては、法に則り罪を償えば、イヴ・クローヴィスがなにかを申す権利などないと考えます」


 裁判にかけられないのは分かっていますが、なにかこう……うまく処理してくれるんじゃないかなーと思っております。

 もちろん複雑ではありますよ。

 女王一人の駆け落ちにより、多くの士官の経歴に傷がつきました。

 王宮警備責任者だったラッカード中佐は一階級降格になりましたね。

 室長の妹(クリスティーヌ)が関わっていたのだから、仕方ないような気もしますが、女王の逃走を阻止できなかったのは事実なので降格もやむを得ません。

 警備は基本的に外敵に注意が向いており、警護対象が逃げるとはあまり考えないため、逃げられやすいというきらいがある……もちろん警護対象を見失うというのは大失態だけどさ。

 降格はラッカード少佐(・・)だけだったけど、関係者は減給とか戒告とか色々ありました。間違いなく昇進にも影響する。それらを思うと罪も償わず「自分と向き合って幸せになってほしい」とかいう台詞も言えないのだ。

 だが必要以上に不幸……共産連邦幹部と私的に接触しているのが確認されると、法律としては死刑なんですよね。シーグリッドも党員幹部徽章を所持していたことで、死刑になりかけた訳ですし。そう考えると……でも、裁判にかけられないから、シーグリッドと同じく国外退去とかになるのかなあ。

 裏切ったと聞いた瞬間に聞かれたら、死刑やむなし! だったが、半年以上経った今となってはそれほど……複雑なんだけどね。

 そんなことを考えていると、陛下が私人の空気をまとって、わたしをまっすぐ見つめる。


「ありがとう、クローヴィス」


 ……あ、これは参考意見じゃないな。陛下は本当はわたしに、閣下に口添えして欲しいなど依頼したかったのだろう。

 だが閣下がそれをお許しにならないことを、ヴェルナー大佐から聞いているから、ぎりぎりのとこで我慢したんだ。

 頼んで拒否されたのかもしくは、私情を挟むわけにはいかないと頼んでいないのか。


 わたしはスタルッカ(ウィルバシー)と共に陛下の元を辞し、中央司令部へと引き返す。なにがどのように処理されたのかは分からないけれど、きっともうこの国で女王の姿を見ることはないのだろう。それだけは理解できる。


「隊長」

「なんだスタルッカ(ウィルバシー)軍曹」


 しんみりとした気持ちに、お前の声はちょっとキツいですよ。もちろん喋るなとは言いませんが。


「お優しいのですね」

「そうかな……ま、そういうことにしておいてくれ」


 きっとわたしは、女王の処遇も行く末も知ることはないと思われる。いや、知らないほうがいい筈だ。なんとなくそんな気がするよ。

 本部に帰還後、馬術で国の代表になったことを報告すると「実家に代表になったと電報を打っておいた。弟と一緒に帰宅して、家族の祝福を受けてこい」 ―― キース中将からのご命令。なんという心遣いの人。

 儚そうな雰囲気だけど血気盛んでありながら心遣いができるとか、何者ですかあなたは! ああ、我が軍の総司令官でしたね!

 キース中将の好意を受け取り、既に正面出入り口ホールで待っていたデニスと合流し、更に好意で用意されていたタクシー馬車(キャブリオレ)に乗って帰宅の途に。


「姉さん、おめでとう!」

「ありがとう、デニス」

「国の代表とか凄いねえ。休暇を取って現地に応援に行くね!」

「ブリタニアスは鉄道が発達しているもんな」

「うん!」


 わたしはお前のそういうところが大好きだよ、デニス。


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