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【129】隊長、婚約破棄について知る

 王家の確執とか、継承にまつわる云々とか……色々とあったんですね。


「まず初めに兄はわたしを説得しにかかった。当時わたしは立太子されてはいないが、次期国王にもっとも近かったからな。わたしは兄の提案にすぐに賛成した。兄が随分と驚いていたのを覚えているよ」


 黒い瞳は懐かしさを ―― 陛下の目に映っているのは、過去のこの場なのかも知れない。そして陛下はすんなりと、ヴィクトリア女王に次期王位継承権を譲られたのですか。

 それは意外……といいますか、なんでだろう?


「わたしは兄に言ったよ。”ウラジミール宮殿で見た叔母上の病んだ姿を覚えている。姪をあのような状況に追いやりたくはない”。兄はわたしの手を取り喜んでくれた。こうして兄とわたしはヴィクトリアの即位に向けて、様々な手を打った……が、上手く行かなくてな。女児の即位には反発が大きかった」


 なんとなく分かるような気がいたします。

 まだまだ、家を継ぐと言えば男児ですからね。一人娘に婿を取るなどという話しも聞きますが、その婿はほとんどが親族から選ばれますからねえ。

 庶民にはまったく関係ありませんが。


「ヴィクトリアが生まれた頃、時代は大きく動いた。各地で王政が倒れ、社会体制が大きく変わると同時に戦争につぐ戦争。そんな中、女児を王に据えるという案は好まれなかった。ヴィクトリアが十歳になった時、わたしと兄はリリエンタールと知り合いのテサジークに”性別を問わぬ第一子王位継承を定めたいので、協力して欲しい”と伝え、会談の場を設けるようにと指示を出した。テサジーク、当時はアルドバルドであったが、メッツァスタヤが誇る優秀な男(フランシス)は、我々の頼みを見事に叶えてくれた」


 そうでしたね。

 閣下と室長は三十年来のお知り合い。

 この国の人の要人の中で、もっとも古くからの友人ですものね。

 そっか、室長が閣下を国へ案内したのか。


「リリエンタールはわたしたち以上に、女児に継承権がないことを問題視していたこともあり、この国へ足を運んでくれた」


 ルース帝国が皇女ばかりで、閣下が皇太子(ツェサレーヴィチ)にと望まれその地位に就いた経緯ありますから、思うところは色々とおありでしょう。


「リリエンタールはヴィクトリアを見るや否や”この娘に女王は無理だ”と断言した……結果として(・・・・・)リリエンタールの言ったことは正しかったのだが、当時のわたしたちはそれを認められず、女王に相応しい様々な教育を施すので、女王への道筋をつけてくれと懇願した。リリエンタールは”その娘には無理だ”と再度言ったものの、女性の即位に関しては協力してくれた」


 わたしが覚えている女王は、いつでも穏やかに微笑み、何事があろうとも泰然とし『女王』に見えた。学業のほうも、学習院で優秀な成績を修めたと聞いている。

 社交もなんら苦もなくこなされていたように感じられたのだが……女王は共産連邦のレオニードと通じてしまった。閣下の仰ることは正しかったと、最悪の形で証明されてしまったのか。


「リリエンタールはわたしたち兄弟が欲しているものを、わたしたち以上に理解し、外側から上手く話を進めてくれた。……リリエンタールの素晴らしさにケチを付けるわけではないが、リリエンタールの手腕の見事さに兄が焦ったのも事実であった。ここまで整えられた以上、ヴィクトリア(むすめ)を立派な女王にしなくてはと、厳しい教育が施されたと聞いている。この時期、わたしは軍の総司令官となり、国境の警備や兵士の確保などに忙殺されていたため、どのような状況だったのかは知らなかった」


 女王に行きすぎた教育でもしたのかな?

 どういうものか、わたしには全く想像つかないけれど。不仲の理由の一端なのかも知れない。


「リリエンタールはエフェルク家(ロイヤルファミリー)のことに関しては、ほとんど口を挟まなかった。だが一つだけ”止めた方がよい”と忠告してくれたことがあった。……なんだと思う? クローヴィス」


 いきなりクイズですか陛下!

 室内の空気感から、答えないという選択肢はないのだが、全く浮かんできません。

 閣下が王家に対して忠告……庶民に思いつくはずないじゃないですかー! 言いたいところだが、言えない。


「分かりません」


 こういうのは正直に答えるのがベストですよね。


「そうか……ヴィクトリアの婚約者セイクリッドに関してだ。リリエンタールは”あれは人並み以上に才能があり野心もあるから、やめておいたほうがよい”と忠告してくれていたのだ。これもまたリリエンタールの忠告通りであった」


 野心ですか……もしかして、セイクリッドは王になるつもりだったのか? 王女と結婚して王の座に就くというのは、なんとなく聞いたことがある。

 何でお前、そんなにぼんやりとしたことしか知らないんだ? 関係ないから、知らないんだよ! 庶民になんの関係があるんだよ! それにググれるわけでもなければwiki大先生がいるわけでもないので、余程知りたい! という強い意志が無い限り、そういう情報は手に入らないの! この世界では。


「婚約した当初、セイクリッドは自分は王になれるのだと考えたようだ。セイクリッドの母の出身国フォルズベーグではそのようなことが、過去二度ほどあったそうだ。もちろんわたしたちは、セイクリッドを王にするつもりはなく、ヴィクトリアを王妃にするつもりもなかった。セイクリッドも成長し、自分が王配であることを理解した。だが彼が理解したのは、絶対王政下における女王の配偶者であって、立憲君主制下における女王の配偶者ではなかった」


 ……あっ!

 たしかに二人の婚約は立憲君主制に移行する前……というより、そんな話などなかった頃に決められたものだ。

 女王の夫として政治に関わろうとしていた、王女を母に持つ野心家の若い青年貴族にとって、国体が変わり「政治には携われません」は、女王と婚約破棄し隣国の王を目指す理由たり得る。


「セイクリッドは女王の婚約者として、年相応の政治力を持ち合わせていたが、年相応でしかなかった。だから情報局局長(フランシス)の妹、クリスティーヌ・ヴァン・リスティラにいいように動かされた」


 シュテルンの裁判前に室長が話して下さいました。

 自分の妹(クリスティーヌ)とセイクリッドが近づいたことで暴発したらしいと。


「クリスティーヌは公表される前にセイクリッドに我が国が、立憲君主制に移行することを教えた。セイクリッドは自分が思い描いていた未来がないことを知り、絶望した」


 それは……まあ……専制君主の女王の夫として迎えられると聞いて婚約を結んだのに、いざその時になったら立憲君主の女王の夫じゃあ、些か契約違反って気もします。


「セイクリッドにはセイクリッドなりの、思い描いていた未来があったらしい。とくに政に関してのな。リリエンタールの手腕を見て、いずれ自分も政治の世界で一目置かれたいと考えていたらしい。その若者に”王族は象徴だ。政治に口出しはするな。王族は議員にはなれぬ”は酷な話だ。よってわたしは、二人の婚約を破棄することにした」


 あー。それは正しい婚約破棄ですね。

 前提条件が変わってしまったのですから、それがもっとも妥当だと、このわたしですら思います。

 じゃあ、婚約破棄で良かったの? 婚約破棄から幽閉ってのは……。


「そのように考えていたころ、わたしはセイクリッドの紹介でイーナ・ヴァン・フロゲッセルことエリーゼ・ヴァン・フロゲッセルに引き合わされた。セイクリッドが普段接していたイーナはツェツィーリアのようだが、わたしに会わせる時はエリーゼだったようだからな」


 セイクリッド、両方に会っていたのに、違いに気付かなかったのか。

 でも話を聞いている分には、とても見分けが付かなさそう……というか、きっとわたしも見分けられないと思うの。

 わたしもツェツィーリア・マチュヒナには会ったことないわけですが。


あれ(・・)に自分は叔母の孫だと言われた時、わたしは”この娘を女王に据えられないだろうか”と考えた。……兄王が亡くなりヴィクトリアが即位したのだが、リリエンタールが言っていた通り、姪に女王は無理だった。だがヴィクトリアが短期間で退位し、わたしが即位してしまえば”やはり女王制、および国王第一子優先制は駄目だったのだ”と国に広がってしまう。それは避けたかった」


 陛下に希望を持たせてから、絶望へとたたき落としたのかー。許すまじイーナ(エリーゼ)ヴァン()フロゲッセル(ツェツィーリア)


ヘルツェンバイン(元第一副官)の進言により、身分を示すインゴットが偽物であることを知り、その考えは捨て去ったが……ヴィクトリアは女王の座を退きたがっていた。だが女王に”辞めたい”で辞められては困るのだ。そんな責任感のないことでは困る。もちろん従来の王室法典に則っていれば、ヴィクトリアが継ぐことはなかった。法律を変えたのは我々であり、それはエゴだと言われればそれまでだが、嫁に出し男を産めと言われるよりは、女王として生き、男を産まずとも跡取り問題がないような社会にしたほうが、生きやすかろうと思ったのだが……違ったのだな」


 ルース帝国の崩壊の一端とされる怪僧マトヴィエンコ。彼を皇室に近づかせた原因は、異国の地で頼る者がいなかった皇后が、大帝国の皇位継承者たる男児を長らく産めず、追い詰められていたこと。

 それを鑑みれば、女児に皇位継承権を与えたほうがずっと楽になれる……女王から最たる重圧を排除しようと色々と動いたけれど、それが女王のためにはならなかったということか。

 話題が重い……そして何故わたしに、このような王家の内情を語られるのですか? 陛下。


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