【127】隊長、戦い方をレクチャーする
カリナがむくれながら窓からこちらを見ている。
「……どうする? デニス」
「きっと母さん許してくれると思うよ」
わたしとデニスは庭のベンチに座って、パジャマ姿で不満を露わにしている二階の自分の部屋にいるカリナを見上げているのだ。
この経緯だが両親が徴集されるデニスと話をして欲しい、だから今夜はカリナとのお話はなしで ―― 勝手に決められたカリナは抵抗したが、親の意見を覆せるはずもなく。
わたしとデニスは庭で話をすることに。
ベンチの側には低めのテーブルが用意され、メイドのマリエットとローズが酒と肴、カンテラなどを用意し「デニス坊ちゃん、徴兵頑張ってください」と励ましの声を掛け家へと戻った。
で、この庭に設置されているベンチ、カリナの部屋からよく見える位置にあるんだよねー。
「このベンチで話せってことは、カリナを連れ出してもいいってことだよなあ」
「そうだと思うよ。姉さん連れてきてくれる?」
「それはいいが、飲み物くらいは出してやりたいよなあ」
「ハーブティー注文してくるよ」
話す場をここに設置したのは、きっと少しくらいなら連れ出してもいいよ……という無言の意思の表れだろう。室内で話してもいいわけだし、本気でカリナを排除しようと思ったら、会計事務所の応接室で鍵を掛けてしまえばいいわけだから。
デニスはメイドのいる台所へと向かい、わたしはカリナに窓を開けるようジェスチャーをする。むくれていたカリナは最初分からなかったようだが、何度か窓を開けるよう手を動かすと理解してくれ窓を開けてくれた。
わたしはカリナの部屋真下へと駆け寄りジャンプをし、窓枠に手をかけ、足をかける。
「少しだけだからね」
手を差し出すとカリナは先ほどまでのむくれは何処へいったのか? と思うような満面の笑みを浮かべてわたしに抱きついてきた。
わたしの妹が可愛い! 生まれた時からずっと可愛いんですけどね! その可愛いカリナをしっかりと抱きしめて飛び降りる。
「ひゃっ!」
カリナは軽く驚きの声を上げた。
そしてベンチまで抱き上げたまま連れて行き座らせる。
「父さんと継母には内緒だよ」
「分かってるよ!」
少しして、少量のリンデンとラベンダーがブレンドされたカモミールティー入りマグカップを持ったデニスが戻ってきた。
「早く寝ないと、明日の朝大変だよ」
「分かってるもん! ちゃんと明日早起きするもん」
わたしとデニスの間にカリナ ―― 我ら三兄弟の定番の座り順でベンチに落ち着き、ハーブティーに息を吹きかけて飲んでいるカリナの横顔を見る。
成長したなあ……しみじみ思うよ。
「あのさ」
「なに、カリナ」
「姉ちゃんと兄ちゃんはなんの話をしようとしたの?」
気になるよねー。年は離れていても兄弟ですから、話に入ってきたいよねえ。
「とくには」
これといった話題は決まってなかったんだけどね。
「母さんは心配性だからね。カリナには話したことなかったとおもうけど、俺の実父は徴集で戦死したから、母さんは心配で仕方ないんだよ。俺は戦場行かないんだけどな」
ずずず……とハーブティーを啜っていたカリナは、デニスの方を見る。
「ニナばあちゃんから聞いたことあるよ」
ニナばあちゃんというのはデニスの祖母なので、カリナとは血のつながりはないのだが、今でも交流があるので普通に会っている。
「ばあさん、カリナのこと好きだもんな」
交流があるというか、デニスの祖母であるニナさんとわたしの外祖母は知り合いで「娘が死んでもうじき三年になるのに、ポールさんまだ再婚してなくてねえ。誰か良い人いないかい?」「あら、うちの息子戦死してそろそろ半年。孫を一人抱えた嫁には再婚して幸せになってもらいたいんだけど」「ポールさん良い人よ」「あら、うちの嫁もいい娘よ」 ―― こんな感じで見合いが組まれて再婚したんだ。
そんな関係なので、カリナは全く血のつながっていないわたしの外祖母とデニスの祖母ニナさんとも頻繁に会って可愛がられている。
実際カリナ可愛いし。
「ニナばあちゃんは、イヴ姉ちゃんのことも大好きだよ」
「ばあさん、きりっとした女が大好きだからな」
ニナさん気が強いからね。まあニナさんに言わせると、職業軍人しているわたしのほうが、ずっと気は強いらしいですが。
「ライラが再婚して、イヴとカリナという孫娘ができて幸せだって、ニナばあちゃんよく言ってる」
ニナさんと継母はなんの血のつながりもなく、さらにわたしと継母にも血のつながりは……孫娘といってもらえるのはとても嬉しいのです。
「わたしまで孫娘に数えてもらってありがたいね」
一度もお会いしたことのない天国のオスカーさん、あなたのご家族とも仲良くさせていただいております。
「ニナばあちゃん、姉ちゃんの礼服姿みたいって言ってたよ」
「招くか、それとも写真でも送るか」
「写真撮ろうよ。軍服着た兄ちゃんと、礼服着た姉ちゃんと一緒に写りたいな」
「新しいワンピースを、ライナーさんに仕立ててもらうつもりだろ」
「いいじゃん! ねー写真撮ろうよ」
「そうだな」
まだカメラが一般的なものではないので、写真館に依頼してカメラマンを自宅に派遣してもらうか、写真館に出向いて撮影してもらうかしかない。
気軽にスマホで撮影できる時代と違って、イベントの一つでもある。
「じゃあ姉さんの休みに合わせて、予定組もうか」
「青いワンピースがいいかな? でもグリーンも可愛いよね」
閣下のお城に出向く際に必要だから、祖父にどっちも作って貰いなさい、カリナ。資金と事情はひっそりと父さんに告げておくよ。
そんな話をし ―― カリナのマグカップのハーブティーの残りが僅かになった時、
「姉ちゃん」
「なんだ? カリナ」
「悪い奴をどうやって倒せばいいの?」
唐突に戦い方について尋ねられた。
何の話だい? カリナ。
簡単に事情を聞くと、戦争になるので共産連邦が我が国に潜入し、悪いコトするから気を付けなさいと学校で説明があったのだそうだ。
「先生気を付けなさいって言っただけで、倒せとは言ってないんだろう」
スタルッカの例もあるので、実際共産連邦の潜入工作はあるが、カリナと同級生たちに何ができるのかと。何処の世界でも学生は学校が襲撃されたら、それを華麗に撃退しちゃうっていうシチュエーションに憧れるものなの?
「みんなと話してて、倒そうって話になったの。姉ちゃん強い軍人さんだから、倒し方分かると思って」
「答え喋ってるじゃないか、カリナ。姉さんは強いから倒せるんだよ。弱いカリナが倒せるわけないだろう」
デニスがまともな突っ込みを入れおった。そして脇腹にカリナのパンチを食らって、悶絶しているフリをしている。
「そうなんだけどさ」
「まず第一に、訓練を受けていない人は戦っても勝てない。これはよく覚えておいてね、カリナ」
「うん」
「それでな、危険な場面に遭遇……そうだね、誰かが襲われているのを見たら”火事だ”もしくは”燃えている!”と叫びながら走りなさい。ここで重要なのは”きゃー”などという叫び声を上げてはいけない」
「なんで?」
「悪い人たちを更に興奮させるから。人目を避けて悪いことをしていると、悲鳴とかに過剰に反応するんだ。そして悲鳴を上げた人をも殺害しようとする」
「目撃者は消すってやつだね!」
どこでそんな言葉覚えたのかな? カリナ。
「そうだね。ああいうのは刺激しないほうがいいんだ。尚且つそれで助けを呼ぼうと思ったら”火事だ”が一番いい。それと不用意に攻撃は加えないことだね。傷つけられるとそう言う奴らって逆上して、更に暴力的になるから。とにかく逃げて姉ちゃんに教えなさい。そしたら姉ちゃんが戦闘部隊を連れて倒しに行くから」
「うん、分かった! 明日みんなに教えるね!」
そうだね、教えておいて。間違っても戦おうとしないで。後を付けたりもなしだよ。
カリナのマグカップが空になったので、
「兄ちゃん、お休み」
「お休みカリナ。明日寝坊するなよ、お姫さま」
デニスとお休みのキスをしてから、わたしが片腕に抱えて部屋へとお届け ―― さくっとジャンプし、窓枠に片手を掛けて軽く侵入。
「カリナ。窓の鍵は絶対閉めるんだよ。簡単に人が侵入するからね。お休みカリナ、我が家のお姫さま」
「うん。分かった。姉ちゃんもお休み」
わたしもお休みのキスをして、窓から飛び降りた。
ぎぃいという音がし、窓が閉まり施錠の音を聞いてからその場を離れ、デニスと白ワインを飲み、レモンの酸味がきいているサーモンのディップをクラッカーに乗せ、マッシュポテトが添えられたニシンの酢漬けをつまみながら、近況報告やら昔の話をし、白ワイン二本を開けたところで部屋へと戻った。




