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【126】隊長、弟が徴集される

 瞳がうるうるしていたスタルッカ(ウィルバシー)ですが、話を聞き驚いてすっかりと瞳は乾いている。


「エクロース元海軍長官についてだが、あの時点ではまだエリーゼ(イーナ・)(ヴァン)ツェツィーリア(・フロゲッセル)について、確証はなかった。だがエクロース元海軍長官を脱獄させようと、監視に何者かが接触したのを諜報部で掴み、ならば我が国主導で脱獄させて使おう……という運びになったのだそうだ。補足しておくとリリエンタール閣下曰く”わざと接触をこちらに気取らせた可能性もあるが”とのこと」


 騙し合いが凄すぎて、わたしには付いて行けない世界がそこにはあった。


「エクロース元長官とスタルッカ(ウィルバシー)軍曹については以上です」


 キース中将は頷き、足を組む。


スタルッカ(ウィルバシー)、身辺には注意を払え。無理はするな。お前にはこれから、ブリタニアス海軍との通訳をしてもらわなくてはならないのだからな」


 キース中将が仰る通り。

 スタルッカ(ウィルバシー)は優秀な海軍将校で、メチャクチャ嫌がられていたが、現場にも出ていた。現場とは港のこと。

 そこで外国船籍の乗組員と会話をして情報を集めるなど ―― 片言ながら、かなりの言語を話すことができるそうだ。

 また海軍の強いブリタニアス語は、流暢なものだ。

 聞かせてもらったが「お前、ブリタニアス人なんじゃねーの?」と言いたくなるような滑らかさ。

 前世から引き継いだわたしのブリタニアス語より、滑らかです。ずっと国内にいたくせして! 悔しい! でもいいんだ! わたしはルース語を完璧にするから! 毎晩カリナと一緒に勉強してるんだ。


「はっ! 閣下」


 敬礼をして表情を引き締めた。頑張れスタルッカ(ウィルバシー)。声は生理的に嫌いだが、お前には期待している。

 さて最後に……


「あと最後に一つ。ヴェルナー大佐にお伝えするように言われたのですが」

「なんだ? クローヴィス」

「リリエンタール閣下はセシリア・プルックが偽者であることは、すぐに分かったのだそうです。それこそ室長がその名を告げた瞬間に」


 陛下(ガイドリクス)が拘禁された際、わたしは室長の主任補佐なる任を与えられ、インタバーグ地方の辺境、フロゲッセル領で行方不明になった子供たちについて調べたいので、調べ方を教えて下さいと室長に頼み ―― まずはその証言者であるセシリア・プルックについて調べてあげるよ……と、室長がご子息であるリドホルム(ロヴネル)男爵(准尉)に命じ、調査が開始されたのだ。

 その後、偽セシリアが学習院の寮に忍び込んでいることを突き止められ、室長から閣下へ「インタバーグの端、フロゲッセル領のセシリア・プルック」の名が伝わった。


「どういうことだ?」

「リリエンタール閣下は我が国に滞在することを決めた際に、我が国全土の聖職者の転出入を過去十年遡り調べたのだそうです。理由は国境を接しているので、共産連邦党員が隠れ蓑にしていないかどうかを確認するために行ったとのこと。それで父である神父を亡くした修道女セシリア・プルックの名があったことを、覚えていらっしゃったそうです」


 閣下が我が国へとやって来たのは十一年前。

 聖職者の転出入を十年遡り、詳細調査したのはその時なので、我が国の二十一年前から現在まで遡り聖職者の動きは網羅していらっしゃる。

 二十一年前 ―― 偽セシリアは生きていたら現在三十三歳と名乗っていたことからも分かるように、本物のセシリアさんも三十三歳で、彼女が国外に出たのは十三歳の時。そう今から二十年前のこと。

 よって閣下の手元にある資料にはセシリア・プルックの名があった。

 場所が場所なので、同姓同名更には同年代の娘がもう一人いるとは考え辛いと判断し ―― そこから、わたしなどには分からない綻びを次々に見つけ出されたらしい。

 閣下はこのように、聖職者関連でも情報を入手しているのだそうだ。そしてこれは、さすがの室長でも網羅していなかったとのこと。

 それで、閣下はご存じでしたよーということを告げたら、ヴェルナー大佐はソファーの背もたれに体を預け、額に手を当てて天を仰いだ。

 気持ちは分からないけれど分かります。

 わたし自身は閣下に勝とうなどとは思いませんが、ヴェルナー大佐はきっと閣下に対する複雑な心境と、できる軍人のプライドというものが相俟って、複雑な気持ちになられてもおかしくはありません。


「聖職者の情報網となれば、分かるはずもないな」

「聞けば答えてやるぞ……と仰っていました」

「それは常々言われているが、なにを聞けばいいのか分からぬ上に、気付いた時にはすでに主席宰相(リリエンタール)閣下が全て整えておいでだからな」


 閣下は情報を独占するつもりはないのだが、聞いてくる人もいないので、いつも閣下の独壇場になってしまうのだそうだ。室長が言ってた。


 こんな感じで報告会の補足を終えて、午後からは親衛隊員候補者の体力選定を行った。わたしも参加して、壁登りとか持久走とか、腹筋とか持久走とか、背筋とか持久走とか、懸垂とか持久走とかを繰り返し ―― 三百五十名ほど招集し、体力測定の途中で”さすが隊長さん。噂通り”と言い残し五十名ほど脱落した。

 何が噂通りなのか問いただしたかったがやめておいた。

 きっと「男にしか見えません」だろうからね!

 その後生き残りたちを体力測定上位から順々に選び、各部隊に「招集させてもらう」と通達を出す。その間にも色々と整えなくてはならないこともあるが、一週間後には親衛隊を始動させる。

 親衛隊隊員の体力選定には数名見知った顔がいた。

 懐かしかったり、単に顔見知りだったり、好きか嫌いかで聞かれたら「鬱陶しい」と答えたくなるようなヤツだったり。わたしの好き嫌いはともかく、体力はあるから大丈夫だろう。

 総司令官の親衛隊は、三日くらい不眠不休で走り続けることができるくらいの体力がないと困るんで。


「全員普通に体力がある程度だったのが残念です。もっと体力が有り余っているようなのはいないのか?」


 一回10kmの持久走、五回目になったら、ふらふらしているのが大勢いた。もちろん採用基準内なのだが、ちょっと情けない。


「お前は自分を基準にするな、クローヴィス。お前の三割くらいの体力を所有していれば、世間では体力が有り余っていると言われる」


 キース中将にそのように言われたが、なんか釈然としない。

 二十三歳(見えなくても)女性より、二十八歳男性のほうが体力あって然るべきだと思うのだが。


 そんな気持ちを胸に帰宅すると、家の空気が微妙だった。


「徴集か」


 食卓のテーブルに、デニス宛ての徴集書類が広げられていた。ただし住所は鉄道会社。会社宛に「お前のところの優秀な社員、徴集するよ。明日から慢性欠員で会社回すように」と通達が出されたのだ。

 自分の弟を優秀というのもなんだが、デニスは鉄道関連に関しては優秀なので……マニアだけど。引くほど知識持ってるけれど。いや、偶に引くけど。


「心配しなくて大丈夫だから、継父(とうさん)

「前線に送られないことは分かっているけどねえ」

「兵站総監部の輸送部門所属だから、大丈夫だって。ねえ? 姉さん」


 食事時の話題はデニスの招集先について。


「デニスが言っている通り、兵站総監部の輸送部門配属だから、前線に行くことはほぼないはずだよ。多分デニスは鉄道の運行表作成を担当するんじゃないかな」

「本当に兄ちゃん、銃を持って戦ったりしないの?」

「しないよーカリナ。この時期に徴集される人は、みんな後方支援の専門家たちだからね」

「後方支援って?」

「兵隊を戦場に運んだり、そこに物資、ご飯とか燃料とかを届けたり、さらにはそれを準備したりする人たち。人がいても武器とご飯と防寒具がないと戦えないからね」


 最悪、武器はなんとかなるが、食糧は必須。暖を取るための燃料がなくたって、軍用コートと高カロリー食でなんとか寒さを凌ぐことはできる。

 話を聞いて、カリナはミートボールを、いつもより少しゆっくりと食べながら、自分を納得させているようだった。


継母(かあさん)心配なのは分かるけど、デニスのように会社に徴集が届く人は、絶対前線に出ないから。そうはいっても心配だろうけれどね。兵站総監に就任したニールセン少佐は同僚だから、色々頼めるから。わたしも最大限、デニスの身が危険に晒されないよう注意するよ」

「大丈夫よ、イヴ。分かってるのよ。分かってるんだけどねえ」


 前夫を戦争で亡くしている継母(かあさん)の食事は、全く減っていない。

 前線に駆り出されないと知っていても、心配なのだろう。


「そうだね。でも無理して心配しないようにする必要はないよ。心配していいさ。でも少しは信用してね」


 危険のない部署に配置されたと分かっている職業軍人であるわたしと、息子を兵隊に取られる母親の感情。

 たとえ良好な家族関係であろうとも、両者の感情に差が出るのは当然だろう。


「姉さん、別に心配してくれなくていいよ。姉さんのほうが大変でしょ。親衛隊隊長とか神経使う激務じゃん。体力は問題ないだろうけれど」


 デニスとキース中将から体力は申し分なしと……まあ、体力はあるほうだからね!


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