【123】隊長、血縁関係を語る
アブスブルゴル帝国はノーセロート帝国、グリュンヴァルター公王国などと国境を接する帝国である。
領地だとか植民地などは、ごく一般的な帝国なわけだが、特筆すべきはその婚姻形態。異常なほどに貴賤結婚を嫌い、親族同士で婚姻を繰り返している。
叔父と姪の間に生まれた息子が、叔母と甥の間に生まれた娘と結婚して娘をもうけた……などということもあるそうだ。
ちなみにこの娘は閣下の祖母にあたる ―― 神聖皇帝リヒャルト六世の皇后だった訳だ。
更に言うと、上記の叔父も姪も叔母も甥も、みんなアブスブルゴル帝国帝王と帝妃の間に生まれた子。要するに皇子と皇女。
閣下の一例だけで、アブスブルゴル帝室がいかに近親婚を繰り返しているのかが分かる。……で、近親婚と言えば遺伝子の関係で、体の弱い子が生まれることが多く、現アブスブルゴル帝室もご多分に漏れずみな体が弱いのだそうだ。
閣下からその話を聞いた時「そりゃそうでしょうねー」と思いました。
特に男児、要するに皇子に顕著に問題が表れているらしく ――
「現帝王レオポルト五世の嫡子たる三名の皇子は、いずれも男性不妊のため継承権は国外の親戚に移ることが決まっているそうです」
アブスブルゴル帝国には三人の成人した皇子と、四人の成人した皇女がいるのだが、継承権は男児にしかなく、さらにその継承権を持っている三名の皇子は皆不妊とのこと。
この時代に男性不妊ってなんで分かるんだろう? と思うが、そこは突っ込んで聞かなかった。なんかお食事時に相応しくないじゃないですか!
「三人とも、外的刺激を与えようが勃起しないという噂だったが」
「三人そろって勃たねぇとは聞いてたが、本当だったのか。そりゃあ終わりだな」
……ああ、そういうことなんですか! 顕微鏡的な世界を想像したんですが、そうじゃなかったんですね。そして国外にまで男性不妊という名目で勃起不全と知れ渡っている皇子たち。悲惨過ぎる。
女のわたしにはよく分からないが、男にとってこれは致命傷だと思われる。
「現時点でアブスブルゴル帝国を継げる健康な男子は三名。濃い帝室の血を引く大公女を祖母に持つリリエンタール閣下。現帝王レオポルト五世の妹を母に持つエジテージュ二世、そして帝王の弟を父とするカール殿下。ただ帝室の認識では、エジテージュ二世の父は皇帝をかすめ取った下級貴族でしかないので除外されております。次にパレ王女を母に持つカール殿下は、血筋は問題ありませんが国際的な取り決めにより、無理強いはできず。よって現時点でアブスブルゴル帝国の後継者はリリエンタール閣下が最有力なのだそうです。閣下ご自身は、血の濃い異母兄たちが継げば良いと仰っておりましたが、さすがに血の濃さに帝室でも危機を感じたらしく、閣下の異母兄は除外されたそうです」
閣下の異母兄たち ―― 前妻と閣下の父ゲオルグ皇子の息子たちは、閣下よりも帝室の血が濃い。
なにせ前妻も帝室の皇女。
閣下の異母兄は祖母も母も帝室の皇女なのだ。
わたしは不勉強で知らなかったのだが……婚約者の縁戚関係くらい覚えておけよ! 不勉強過ぎるだろ! との謗りは甘んじて受けるが、隊長職が忙しいのでそこは許して欲しい。
誰に許しを得ようとしているのかは、わたし自身知らないが。
話を戻すが濃い帝室の血を所有する大公女を母に持つ閣下のお父さんこと、神聖帝国皇帝第三子ゲオルグ皇子。彼の前妻は、これまた帝室の皇女だったとのこと。
大陸縦断貿易鉄道計画についてデニスに尋ねた時、前妻は触れもしなかったからな。
ほら、大陸縦断貿易鉄道計画はゲオルグ皇子とルース帝国のエリザヴェータ皇女の結婚が重要なのであって、前妻の皇女は関係ないので、デニスの記憶の宮殿には「前妻がいる」しか ―― デニスなので「前妻がいる」と覚えていただけでも、充分なのかも知れないが。
というわけで、閣下の異母兄は血が濃すぎ、さらに健康状態に色々と問題があるらしくて、閣下がもっとも相応しいとされているのだそうだ。
来年にはそんな話はなくなるんですけどね。ほら閣下、貴賤結婚を良しとしない帝室において、決して受け入れられない相手と結婚するので。
ちなみに言われた通りに話しているが、聞いている二人はこれといって驚いたような素振りはない。知ってるんだろうなー。
「リリエンタール閣下は五年以内にアブスブルゴル帝国を廃するお考えとのこと」
さすが国家の重鎮。アブスブルゴル帝国がなくなると聞いても、全く驚く気配がない。やっぱり中枢の人たちって色々なこと知ってるんだねー。
「その閣下が問題とされているのは、現皇太子ヨーゼフの暗殺による戦争の勃発の可能性です」
大陸社交界にて勃起不全と知れ渡っているらしい第一皇子ヨーゼフ殿下は、立太子されており、皇太子妃も存在する。……わたしなんかは、皇太子妃がいるので勃起不全だなんて思いもしませんでした。
「暗殺か。たしかに皇太子が暗殺された場合、国は乱れるだろうが……真犯人が身を守るために仕立て上げる”犯人”が問題なのだな?」
さすがキース中将。
分かっていらっしゃるのですね。
「はい。暗殺は身内で間違いないと。それが判明すると死を賜ることになりますので、共産連邦、異教を奉じる国家などが犯人として仕立て上げられる可能性が高いのですが、犯人にされたほうが黙っているはずもなく、それどころか嘘を誠にすべく、戦争へとなだれ込む可能性が高いそうです」
普通は王族内ですと、もみ消して赤の他人が罪を背負わされて ―― となりそうなのだが、現アブスブルゴル帝室の皇子三名は、跡取りには不適とされているので、兄の殺害がバレたら弟は罪を見逃されることなく、むしろこれ幸いと処刑されてしまうそうだ。
そのことを知りながらも、兄を弑し地位を欲しているとは、業が深いというかなんというか。
ただ、タイミングさえ遭えば ――
「我が国が共産連邦と戦うことになりますと、閣下が我が国で差配を取ることになります。これはどの国の者でも分かることです。閣下が共産連邦との戦いで釘付けにされている間に、兄ヨーゼフから皇太子の座を奪いたいと常々考えている弟シュテファンが、行動にうつしてもおかしくはないとのこと。不確定要素なのは兄ヨーゼフが暗殺を阻止することも、充分考えられるからです」
通常の状態で兄ヨーゼフを殺害すると、閣下に即位要請を出せるが、小国を背負って戦争中は簡単に要請は出せない。
ほら、下手に要請出すと「じゃあこっちに軍を送れ」と交換条件を出される可能性があるので、それはアブスブルゴル帝国としては避けたいそうです。
だから空白が生じている間に、シュテファンが立太子されてしまえば……というわけです。
帝妃は自分が産んだ子が可愛いので、協力するだろうとのこと。
あのー帝妃さま、殺害される可能性があるヨーゼフ皇子もあなたのお子様ではないのですか?
いやまあ……なんか、帝妃が一番可愛がっているのはシュテファンなんだってさー。ヨーゼフはあんまり可愛がってないんだってー。
帝王はどうなの?
帝王は子供を作れない三人の息子のことは、既に見限ってるんだってー。なにそれ、ヨーゼフ皇太子だって別に好きで……なわけじゃないのに。と、憤りを感じたが「五年以内にヨーゼフたちを自由にしてやる。その際には援助もしてやろうと思っている」と閣下が仰ったので……暗殺されないで生き延びて下さいね。
そんな皇太子の味方じゃない帝王は、娘たちに期待をかけている。―― どういう意味か? さっさと後継者に相応しい二名の子を身籠もれ。二人の子を身籠もった娘を帝妃に添えると ―― 血の濃さを問題視してたんじゃないんですかー! と思ったのだが、帝室としては母親が外国の王女である閣下と執事さんは、充分血が離れているらしい。
それはまあ、甥と叔母と……以下省略するが、そういう結婚が尊ばれている王家からしたら、薄いんでしょうね。
「アディフィンの王宮にて、実はこのようなことがありまして……」
懐刀中佐がマリーチェさまに攫われた際、わたしはアディフィンの王宮で執事さんと勘違いされて、変な冤罪一人芝居を扉越しに聞くことになった訳だが、あれはなんとアブスブルゴル皇女さまが、執事さんに無理強いをされたと偽装しようとしていた場面だったのだ。
彼女の計画では、あの後は喚き散らし、妊娠したと言い張り執事さんに責任を取ってもらい結婚し ―― アブスブルゴル帝妃に収まろうと画策していたのだとか。
この辺りの話を聞いている、キース中将の嫌そうな表情といったら。
きっと過去に既成事実から結婚というのを、狙われたことが多々あるんだろうな。
「アデルの日常じゃねえか」
「言うな」
閣下と室長も”キースほどでないがな”とか”彼の日常だよねえ”とか言ってらっしゃいました。わたしも昨年末風邪で倒れた際の病院での出来事を思い出して、納得してしまいました。済みません……でもハーレム体質な儚い詐欺閣下なのは事実なので……。
「他国の王宮にて、肉体関係を偽装工作なあ……王妃とは従姉妹だから、いいの……か? まあ王族は知ったことじゃないが」
なんでアディフィンの王宮でアブスブルゴル皇女さまが、恥ずかしすぎる自演痴態を晒すことができたのか? それは皇女と王妃が親戚ということもあり、わりと簡単に王宮を訪れることができるのだそうだ。
執事さんがアディフィン王国に来ていると聞いたアブスブルゴル帝国が、皇女を送り込んだものなんだって。
話を聞いて、上官の貞操はもちろん、執事さんの貞操をも守らねば! と決意を新たにしましたね!




