【122】隊長、男心が分からず首を傾げる
昨日の怒濤の説明会から、女子力欠如暴露大会としかいいようのない結婚式に関する話し合い。さらには懐刀中佐の旅立ち報告……と、なかなか大変な一日でした。
誕生日前日から当日の深夜の外出に関して、父さんから閣下への返信はない。
あのね、父さんに「返信は?」尋ねたところ「許可するわけないだろう。手紙だって破いて焼いた」と ―― 駄目なのかーと思ったが「父さんは知らないふりをしているから好きにしなさい。ただし時間には帰ってきなさい。そこはイヴを信用しているさ」って、知らぬ素振りをしてくれるらしい。
多分父親の複雑な心境というものなのだろう。
わたしには分からないが。そして本当に返信しなくていいものなのか?
「クローヴィスの父上は本当に理知的な男性だな。俺だったら娘からそんな手紙渡されたら、そいつぶん殴りに家まで押しかけるぞ」
登庁し「父さんの年代に近い」と常々言っている、立派な執務机に付いているキース中将に尋ねたところ、相変わらず儚い詐欺な答えが返ってきた。
「そうですか。あの返信に関しては」
「主席宰相閣下だって、返信は期待していないから気にするな」
そういうもんなんですか。
「未婚の娘を深夜に連れ出す宣言を受けて”どうぞ”なんて返信するような馬鹿親父だったら、返信した日にぶっ殺されてるだろうな。まあ、そんな馬鹿親父がいるような家の娘に手を出すような人じゃないが」
「父の”返信なし”は最善だったと」
「そうだな。だが娘が相手のことを好きな気持ちを尊重するあたり、優しい父上だな」
「そうですか」
「俺だったら、話を聞いてそんな手紙持って帰ってきた娘も殴ってる所だが」
わりと気性の荒いことを喋っているのですが、その表情は長い睫に彩られた目蓋を少し下ろし憂いた表情で、色気があるとされる唇がその憂いになんか儚さを……さすが儚い詐欺。
でも深夜に逢い引きしてきますって親に言ったら、時代的に鉄拳から監禁、そのまま見合い、もしくは即日親が決めた相手と結婚コースが普通だよなあ。わたしは父さんに殴られたことはないけれど。
「というわけで、その時期に夏期休暇を取得したいのですが、よろしいでしょうか?」
閣下が手を回して下さると言っていたが、夏期休暇くらい自分で取ります。
「分かった。もっともクローヴィスには、その時期に休暇を取らせるつもりだったがな」
「え、何故?」
「主席宰相閣下が既にその時期に夏期休暇を取得しているからだ」
うーわー。わたしの夏期休暇、上層部で既に決まってました。
キース中将は少し椅子を動かし机と距離を取り、執務机を間に挟み立っているわたしに、先ほど以上にしっかりと視線を合わせてきた。
「深夜の逢い引きで性交渉まで至ったら、報告するように」
ふあい? あ、はい……もうね、前世ならセクハラ・パワハラじゃ済まない台詞ですが、この世界にそういうものはないし、なによりキース中将の言わんとしていることは分かる。
妊娠している可能性がある者に護衛は務まらないということだ。
それに関しては同意する。前世を含め妊娠したことはないが、人によってはかなり体調が悪くなるらしい。つわりなどの体調不良で護衛対象を危険に晒すような真似はできない。
こういうのは隠して任務に就くなんてしてはいけないものだ。ましてや護衛、だから ――
「閣下。小官は閣下の身辺警護の任を解かれるその日まで、閣下の身辺を離れるようなことは一切致しません。小官の第一はアーダルベルト・キース中将閣下、あなたです。その程度のことは理解していると考えて、小官を閣下の身辺護衛に付けたのではないのですか? 閣下、小官を見くびらないでいただきたい」
キース中将の護衛任務を解かれるその日まではない。
「生意気な口をきいてくれるな、クローヴィス大尉」
軍という階級社会において、生意気過ぎることを言っていることは重々承知しております。一階級上の人にだってこんな口はきけないさ! それを六階級も上であり、軍のトップに対してこの口のききよう。戒告以上の処分を受けても仕方ないレベルだが ――
「お褒めに与り光栄です」
心配していってくれていることは分かるのだ。
多分わたしが浮かれて、ふらふらと閣下に付いていきそうだなと……思われても仕方ないのも分かる。
そして何よりキース中将の過去の噂からすると、妊娠しているかもしれない女に守られるなんてのは、御免被るどころじゃないだろう。
「その不貞不貞しくて堂々としているところ、若い頃の俺に似ている」
キース中将は腕を組み、軽く何度か頷いた。
「閣下ほどではないと思いますが」
「勝手に言ってろ。分かった、クローヴィスは親衛隊長の任を解かれるまで、主席宰相閣下と寝るつもりはないのだな」
がすがす突っ込んで聞いてきますねー。プライベートもなにもあったものではありませんが、任務上仕方のないことだとも分かっております。
「ありません。小官は任を全うする所存であります」
「そうか。では俺はクローヴィスを信頼する。だが本当にあった場合は言えよ。すぐに任を解いたりはしない。経過を見る、その間は……史料編纂室に仕事でも作って通わせるから、経歴に関しては心配はするな」
「お心遣い、ありがとうございます」
きっとキース中将が心配するような言動がそこかしこに見られたのだろう。そうだ、過去に「お前恋愛に関してはなあ……」みたいなこと言われてましたわー。
キース中将に余計な心配をおかけしないように、こいつは注意して監視しなくても問題ないと思われるよう、しっかりとした態度で隊長職に臨まねば。
「閣下の親衛隊隊長の任を誇りに思っております。隊長としての任を果たすために、午後の隊員選定の前に髪を刈ってこようと思いますので、時間をいただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「駄目に決まってるだろ。何処の世界に、嫁入り一年弱前の娘が短髪にするのを許可するやつがいる」
「髪が長めで纏まっていないと、閣下の親衛隊長として」
ぴしっとオールバックにしていないと、格好が付かないと思うのですが。
「伸ばせ。切るな。大体髪を刈るとは、どういう意味だ?」
実働部隊は髪を刈り上げているのが普通ですよ? ご存じでしょう?
「両サイドをざっと刈り上げようかと」
理容師が”女の髪をこれ以上刈るのはいや”という所まで刈ろうかなって。え? 理容師、客の注文を断るの? うん、断るよ。
まだ女の髪を短く切ることに抵抗がある時代なので……わたしが女だと知らない理容室に駆け込めば、丸刈りのチャンス? でもさすがに丸刈りしたら継母泣くわ。士官学校に入学するとき、腰まであった髪を切った時も泣いたからなあ。
「ふざけるな! 髪は伸ばせ。揃える以外で髪を切ったら、解任するからな! 覚えておけ、クローヴィス」
「御意……」
非常に不本意なのですが、親衛隊長の任を解かれるのは嫌なので、黙って髪を伸ばすことにします。
でもなんで短髪駄目なんだ?
「閣下。ヴェルナー大佐がお越しになりました」
髪型どうしようかな? と悩んでいると、エサイアスがヴェルナー大佐の来訪を告げた。……閣下の仰る通り、ヴェルナー大佐いらっしゃいましたねー。
昨日の晩餐の席で『説明会で話さなかったことを聞きに、ヴェルナーがやってくるであろう』と ――
キース中将の執務室のドアを開け、廊下と部屋の境にスタルッカを立たせ、副官二名は廊下を通行止めにするために立つ。
盗聴に対する最大限の警戒を払ったところで、テーブルを挟み向かい合う形でソファーに腰を下ろしたキース中将とヴェルナー大佐、そして人に警戒を払っているスタルッカに聞こえるよう、後ろ手で直立不動のまま話を始めた。
「まず第一に、昨日の説明会にて不確定とされた”アブスブルゴル帝国の皇位継承に関する事件が起こる可能性”について。これはお二方が理解していらっしゃる場合は、語る必要はないと命じられました」
閣下と室長から話を聞くまで、わたしは何のことか分からなかったのだが、上層部の二人なら話を聞かなくても分かっているかも知れない。
「後継者問題に端を発することか?」
さすがヴェルナー大佐、よくご存じで。
「はい。説明は不要なれば次に進みますが」
「いや、聞く。主席宰相閣下は、なんと?」
キース中将から説明を求められたので、昨晩閣下から聞いた話を間違わぬよう細心の注意を払い二人へと伝えることに。緊張するね!




