【012】少尉、アレクセイルート突入を確認する
「ブルーノ。少しだけ見合いっぽく、庭で二人きりで話そう」
「いいのか?」
アールグレーンの薔薇クリームをズボンのポケットに突っ込み、ワインが注がれたグラスを持ち、会場に面している窓から、手入れの行き届いている庭に出る。
顔見知りたちが、ガラス窓の向こう側から、エールを送っている……なんのエールだ。
緯度の高いところに存在する我が国は、秋ともなれば日中でも結構寒い。
少し建物から離れて、周囲に人がいないかを確認してから……
「ブルーノ。アールグレーン商会と提携しているのか?」
「イヴ?」
いきなり過ぎるのは分かっているが、前置きやらそれとない話題の流れなんて、している暇はない。
「いいか、ブルーノ。アールグレーンと提携しては駄目だ」
「どういうことだ? イヴ」
「これ以上は言えない。軍事機密なんだ」
機密じゃなくて記憶ですけどね。
「機密って……漏らしたら駄目だろ!」
多分大丈夫……でもないか。逮捕に向けて着々と調査が進められているかもしれないしな。
「あとはブルーノに任せるが、時間がない。このパーティーが終わったら、すぐ提携を切る手はずを整えるんだ。急げ! 今日中に切れ!」
「……」
「もしかしたら、アールグレーンに関すること、明るみにでないかもしれないけれど、それはそういう事だ」
なにがそういう事なのか、言っている自分もよく分からないが、含みをもたせることで、ブルーノが勝手に解釈してくれるだろう。
アールグレーン商会が、悪事に手を染めているのは間違いない。なにせこの世界、アルバンタインルートは絶対に存在しなくてはならない。となれば、悪事に手を染めていないアールグレーン商会というのは存在しない。
「分かった、提携はまだ本決まりじゃないからなんとかできる。あ、ああ。そうだ、ポールおじさん、アールグレーンから仕事を頼まれているはずだ」
わたしの実家もやや危険に巻き込まれてる。
「今日中に父さんとも話し合って、すぐに手を切れ。いいか、躊躇うな。このことを話していいのは、コンラッドおじさんと父さんだけだ。最悪、商会は潰してもいい。いざとなったら全てを捨てて、命を守れ」
ブルーノは目を見開き、怖々と頷いた。
だってアールグレーン一族全員死刑だからな。
それに巻き込まれたら、どんな罪状がつくことか。ならばまずは、生き延びるんだ。生きていればなんとかなる。
わたしが出来るのは、このくらいだなあ。いまからアールグレーンの裏帳簿を奪いに行くとか、商品として監禁されている子供たちを助け出すとかできないから。
アールグレーンの裏帳簿は、頑張ればなんとかなるかも知れないが、監禁されている子供たちって、ヒロインのドジっ子属性行動により切っ掛けが掴めるのだが、どこに監禁されているのか、はっきり分からないんだよね。
そもそもわたしは犯罪捜査権を持つ部署に所属していないので、捜査しただけで憲兵に捕まる。
「分かったよ、イヴ」
「ああ、そうそう。見合いだが、お断りな。ブルーノのことが嫌いなわけじゃないぞ」
「断られるのは分かっていたよ。そして俺のこと、嫌いじゃないのも。嫌いだったら、いまのこと教えてくれないだろ」
「まあね……冷えてきたから、室内に戻ろうか」
「ああ。見合いしてくれてありがとう」
「いや、こちらこそ。このタイミングで見合いに誘ってもらえたおかげで、教えることができた」
良かったのか、悪かったのか分からないけれど、二人でグラスに残ったワインを飲み干し、握手をかわして会場へと戻った。
ブルーノはさきほどエールを送っていた同級生男子たちに「振られてきた!」と爽やかに宣言し、「だろうな!」「飲めよ!」「相手イヴだぜ」と言われている。
飲めよもなにも、この酒、全部ブルーノのものだろ。
「イヴ」
「父さん」
「その顔の傷は」
嫁入り前の娘の額の傷、気になりますか。
「任務中に負った、名誉の負傷だね。近々サファイア勲章を授与される。授勲式には是非みんなで来てね」
「そうか……」
あんま、しょんぼりしないでくれよ、父さん。
「イヴは、良い人はいないのか?」
しんみりと言われても、いないという答えしかない。
「いないね」
「そうか。仕事が恋人か。父さんも若いころ、そうだったな。イヴは父さんに似たのかな」
別にそこまで仕事好きってわけじゃないよ、父さん。
いま一番気になる人は、閣下……じゃなくてヒロイン。
ちょっと待て、閣下ってなに? いやいやいや。閣下がどうした、自分。
いま一番気に掛けなくてはならないのは、ヒロインのイーナであって!
閣下思っていたのと違って、可愛かった。あの、その! おっさん可愛いって思うことあるだろ! それ。なんかこう……いや、格好も良いのですがね。あと優しかったし。たまにからかってくれたけど。
ん? 廊下が騒がしいな。と思ったら、勢いよくドアが開かれ、小銃背負った憲兵が! アルバンタインルートじゃなくても、アールグレーン家が没落して、その巻き添えか!
「イヴ・クローヴィス少尉はおられますか!」
……わたしか。
楽しいパーティー中に済みませんね。
「なんだ」
わたしの姿を見た憲兵が敬礼する。
捕らえにきたのではないようだ。
「少尉。リリエンタール大将閣下より、火急の命が下されました」
憲兵が胸元から封書を取り出す。
蝋封はたしかにリリエンタール閣下のものだが……あの、わたしの上官はガイドリクス大将なんですけど。
「ガイドリクス大将閣下から命令書は?」
「リリエンタール大将閣下の命令書に同封されております」
フォークの持ち手をペーパーナイフ代わりにして封を開け、中を確認――遅かった!
ヒロイン、イーナ・ヴァン・フロゲッセルが行方不明! さらにセイクリッドも、アルバンタインも、ウィルバシーも!
ガイドリクス大将とロルバスが行方不明になっていないところを見ると、これはアレクセイルートに入ったと見て間違いない。
アレクセイルートは、逆ハー状態から、ヒロインがアレクセイと接触。
好感度の低い二名が脱落し、アレクセイルート確定となる。
「コンラッドおじさん、アリシアおばさん、ブルーノ。火急の命が下ったので、失礼させていただきます」
「気にせず早く行きなさい」
「……あ、ちょっと話を聞きたいので、皆さんはご歓談を」
リリエンタール閣下からの命令は、ヒロインの実家へ向かい居るかどうか確認してこいとのこと。もしも行方不明になっている貴公子たちがいたら、捕らえて連れ帰ってくるようにも書かれている。
命令書に同封されていた書類に、ヒロインがいなくなったのは昨日と書かれており、さらにこのヒロインの実家、レニーグラス地方の最北、共産連邦との国境近くのインタバーグだと書かれている。
実家を目指すとなれば、まずは鉄道を使うだろう。
「曹長。隊は何名だ」
「小官を含めて十名であります」
小隊最少編成か……少尉であるわたしが率いる最低数。補佐がこの曹長ってことだな。
「曹長含めた十名の中に、鉄道に関して詳しい者はいるか」
「詳しいとは?」
「発車、停車時間、乗り換えポイント、駅の数、路線そのもの全てだ」
「おりません!」
「そうか。義理弟頼みがある。そうだ、ブルーノ。メモ帳とペンをくれないか」
「待っててくれ」
小走りで部屋を出ていったブルーノ。
「義理姉さん?」
「本官はレニーグラス地方へと向かわなくてはならない。レニーグラス行きの発車時刻を教えて欲しい」
「は、はい。少尉。他にはなにか」
「昨日か一昨日、レニーグラス行きの機関車に、人目を引く貴族令嬢が乗車したかどうか。件の整備士に聞きたいので名前を教えて欲しい」
「はい少尉。件の整備士はスコットと言います。あとは、女を目で追うことが大好きな整備士と駅員を、何人か挙げておきます」
仕事しろ、駅員。男としては仕方ないのかも知れないが。
ブルーノからメモ帳と万年筆を受け取った義理弟が、時刻などを白い紙に書きつけてゆく。
「ところで曹長、名前は?」
「カール・アレリード曹長であります」
義理弟が書いてくれたメモ帳を受け取る。
「新しいものを買って返しますので」
「いや、要らないよ」
そういう訳にもいかない。この世界、百均とかないから、メモ帳も高い。
「それでは失礼いたします」
アレリード曹長と部屋を出ようとしたら、アリシアおばさんが大きいバスケットを持ってきた。
「イヴ、お料理詰めたから、持っていきなさい」
「ありがとうございます」
わたしはメモ帳とバスケットを手に、ブルーノの自宅を出て、停車している三台の軍用車のうち、運転手しか座っていない車に飛び乗った。
車にはわたしの出張用の鞄が……。これ自宅に置いてる方の鞄なんだが。
「アレリード曹長、これは?」
「はっ! オルフハード少佐より持って行くよう命じられたものであります!」
勝手に持ち出された! わたしのプライベートが!
これもすべてヒロインが悪いんだ!




