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【117】隊長、深夜デートの約束をする

 説明会終了後、キース中将は中央司令部へと戻ることになっている。

 戦争がひたひたと近づいているこの時期、司令官が一堂に会して話をするのは、かなり危険なことなので、ことが終わるとすぐに分散しなくてはならないのだ。

 それを分かっていながら敢えてこの場を設置したのは、説明会が重要だったから……重要でしたよね。

 戦費とか敵司令官とか、戦争の全容とか。

 円卓についていた司令官の方々が立ち上がり、帰途に就こうとしていた。


「クローヴィス隊長」


 室長がまだ席に付き、ヴェルナー大佐から渡された書類に目を通していたキース中将の側にいるわたしに声を掛けてきた。


「なんでしょうか? テサジーク閣下」


 室長なのですが、この場で室長と呼んで良いものか。かといって局長と呼ぶのも……ということで。初めてテサジーク閣下って呼んだよ。


「いつも通り室長でいいよ、クローヴィス隊長」


 安定の内心ダダ漏れだよ! もう気にしないけど! そう言いながら、気にしているけれど。


「クローヴィス隊長に伝えておきたいことがあってね」

「なんでしょう」


 いまこの場で話さなくてはならないことがあるのですね。


「修道女ビビアナ君、元モーデュソン家の令嬢シーグリッドのことだけどね、彼女とクローヴィス隊長、一時期仲良くしてたでしょう」

「交流させていただきました」

ビビアナ君(シーグリッド)さあ、階段つきおとしに関して証言した時”あの格好良い少尉(イヴ)さんには、絶対に言わないで”という条件付きで証言してくれたんだ。仲良くなったクローヴィス隊長に、自分がしでかした愚行を知られて嫌われたくないってね。所謂乙女心ってやつかなあ」

「そうでしたか……」


 他の人が階段つきおとしを実行したら「うわああ、距離置こう」と思いますが、シーグリッドから告白されたら「さすが悪役令嬢。やったんだ!」と感動すら覚えたことでしょう。もちろん告白を聞かされたら、感動の後に注意しましたし、事情が事情ですので嫌いにもなりませんけれどね。


「ただ約束はわたしが伝えないであって、他の人に関しては約束していなかったから、リヒャルトに語ってもらったんだ」


 室長はシーグリッドとの約束を守ったのですね……きっと最初から、こういう形で暴露することを念頭に、ご自身限定契約を結ばれたのでしょうけれど。


ビビアナ君(シーグリッド)と再会することがあったら、わたしとしては知らないを通して欲しいんだけど。いいかな?」

「はい」


 実際シーグリッドは、ヒロインを突き落としてはいませんし。


「良かった。やっぱり若い娘さんに嫌われるのって、この年になると辛いしさあ。やっぱり若い娘さんとは仲良くしたいじゃないか」


 室長。わたしはなんと答えればよろしいのでしょうか?


「というわけで、キース中将。若い娘さんことクローヴィス隊長を、これから晩餐にご招待したいんだけど、いいかな?」


 あの、わたし、キース中将の身辺警護を担当する親衛隊隊長でして、今日はこれからキース中将を仮住まいの中央司令部に送り届け、そして不寝番につく予定なのですが。


「クローヴィス」

「はい、閣下(キース)

「テサジークに奢られてこい」

「はい」


 本日の不寝番はどうするんですかー。


スタルッカ(ウィルバシー)、クローヴィスの代わりに不寝番を務めろ。ただし、なにか異変を感じたらすぐに俺を起こせ。お前は経験不足ゆえ処理できない。分かったなスタルッカ(ウィルバシー)

「はい、キース閣下」


 わたしの副官スタルッカ(ウィルバシー)が代わりを務めるようですが……すげー心配なんですけど。

 まだ社会情勢はそんなに緊迫した状況じゃありませんが戦争は確実。

 となれば、総指揮官の身の安全の確保は最重要。攻略対象だったスタルッカ(ウィルバシー)が高スペックなのは分かりますが、あくまでも伯爵嫡男だからな。

 指揮能力とか政治的なもの、また個人の武勇などはわたしより上でしょうが、見張りなど支配者階級がするものではない任務に関しては不安が。

 ……と思ったところで、上官がそう決めたからには従うしかない。


「リヒャルトも来たかったら来ていいよ。じゃあ行こうか、クローヴィス隊長」


 軽快に歩き出した室長に従い、わたしは部屋を後にした。

 そのまま馬車に乗り込み、


「絶対リヒャルト来るよ。お邪魔だったらわたし席外すよ。やっぱり二人きりがいい?」


 ……と提案された。


「いいえ」

「あれ? 二人きりじゃなくていいの?」

「はい」


 閣下と二人きりで夕食というのもいいが、室長とお話するのも楽しみ……というか、折角誘って下さったのに断るという考えにはならない。きっとわたしの知らないことを、いろいろと教えて下さるだろうし。


「君は本当に良い子だね、クローヴィス隊長」

「良い子……ですか?」


 室長、わたし来月には二十四歳になるのですが。とても良い子という年齢ではないのですが。室長からみたら子供みたいなもんでしょうけれど。こんな大柄な子供もどうかと思いま……わたし、子供の頃から大柄だったわー。


「うん、良い子。ところでクローヴィス隊長わたしのこと、怖くない?」

「怖いか怖くないかで答えろと言われたら怖いでしょう。ですが、正餐を共にしたくないというほど怖くはありません。それに……小官は室長に全て見透かされても、特に困ることなどない小市民ですので」


 探られたら困ることがある人は怖いだろうが、わたしは特に。精々ここが乙女ゲームの世界だと「思っている」くらいのもので。それだって探られたところで「既視感です」でなんとでもなる。


「そっか。じゃあ、晩餐を一緒に楽しもうね」

「はい」


 室長は以前一緒に昼食を取った完全会員制のお店へ連れていってくれた。


「リヒャルトが来るまでは、軽くお酒を飲んで待ってようね」


 白ワインで室長とお話……というか、議場で度肝を抜かれたあの変身術を見せてくれた。


「……」

「そんなに驚いてくれると、見せた甲斐があるね」


 心底「凄い」としか言えない。

 室長って、あの円卓についていた、閣下とキース中将以外の将校に成り代わることができる。もちろん姿形は変わってないよ。でも全く別人。


「リヒャルトとキース中将は苦手だね。リヒャルトはつかみ所がないという理由が分かるんだけど。キース中将は、どうしたら黙っていてあんなに女性にモテるのか、さっぱり分からないんだ。表情や仕草を真似しても、彼にはなれないんだ」


 さすがの室長でも、キース中将のハーレム体質までは真似できませんでしたか。あれはきっと、他者が再現してはいけない禁断のなにか(・・・)なのではないかと。


「テサジーク閣下。リリエンタール閣下がお越しになりました」


 室長の変化を見せてもらっていると、閣下がいらっしゃった。席を立ち出迎える。


「お前もいるのか、フランシス」

「うん。クローヴィス隊長がいいって言ってくれたから。さ、食事を楽しもう」

「まあ、良かろう」


 閣下が席に着かれ料理が運ばれてきた。

 話をしてもよい空気なので、


「閣下。お疲れではありませんか?」


 ずっとお話をしていた閣下の喉、大丈夫かなあと思い尋ねたところ、平気だそうです。


「会議の時は、もっと喋るんだよ。ま、全く喋らない会議もあるけれどね」

「そうなんですか」


 閣下は交渉が多いから、喉が強いらしい。


「イヴ」

「はい、閣下」


 室長の忍び笑いっぽいものが聞こえてきた。

 高官の方々の笑いのポイントが分からないよ。


来月(八月)の八日は、イヴの誕生日だな」

「はい」


 二十四歳になります。……二十四歳かあ。


「今年の誕生日祝いはイヴの家族や友人に譲るが、来年はわたしに祝わせて欲しい」

「ぷっ……今から予定押さえるとか……」


 室長楽しそう。そして閣下も楽しそう。


「あ、はい!」

「だが今年も祝いたい。それも誰よりも早くに」

「はい」


 室長のあんまり忍んでない忍び笑いが、BGM状態になってます。


「そこで日付が変わったら、すぐに会いたい。イヴ、八月七日の23:00から翌日八日の1:00まで、わたしと会ってくれないか?」

「は、はい、喜んで、閣下」


 八月のその時期は夏期休暇シーズンで、わたしは誕生日も重なることもあり、周囲からも勧められ休暇を取得している。今年は各国の動向もあるので休暇を取れるかどうか分からないけれど……キース中将の不寝番を回避するくらいなら出来る筈。


「休暇は取れるようにしておく」

「え……あ、はい」

「そして当日、イヴの家まで迎えに行く」

「はい?」

「あまり格好は良くないが、梯子を掛けてイヴの部屋の窓をノックする。そして窓から外へと出よう」

「ふあ?」


 閣下がなにを仰っているのか分からない……。もちろん内容は分かるんですけど、意図するところが。


「クローヴィス隊長なら二階の自室にジャンプで届くだろうけれど、わたしとかリヒャルトは年でね。道具の助けを借りないと」

「お前ほど年ではないが、フランシス。それでイヴ」

「はい、閣下。なんでしょう」

「夜中にご令嬢(イヴ)を窓から連れ出すことを、家長であるクローヴィス卿に許可していただきたい……という旨の手紙を認めた。帰宅後、クローヴィス卿に渡してくれないか?」

「は、はぁ……」


 わたしが深夜窓から抜け出しても、別に父さん怒らないというか、父さんに気付かれないようにすることくらいは可能ですが。


「イヴのご両親に内緒で連れ出すというのも楽しそうなのだが、わたしは貴種とされているが、実際は権力で婦女子の性を略取することを長年行ってきた権力者側の人間だ。そんな人間が無断で連れ出したと知ったら、ご両親はきっとそちらを心配するであろう。イヴのご両親に余計な心配を掛けるのもな……ならば、夜中に連れ出さねばいいのだが、それは譲れない。イヴ、わたしの我が儘、聞いてくれないかな?」

「婚約者だろうがなんだろうが、深夜に未婚の娘を連れ出そうとする男なんて、まっとうな父親からしたら、撲殺の対象だと思うよ。って言うか、殴打されて簀巻きにされ、重し付けられたのち川に投棄されて然るべきだよ」


 オルフハード少佐が「強い」と言っていた閣下。その閣下になにかするのは、肉体派ではない父さんには無理かと ―― いや、そういう意味じゃないことは、重々承知しておりますが。


「深夜にデートですか…………!」


 声に出したら一気に恥ずかしさ襲ってきた! くっ……顔が赤く……。


「相変わらずお嫁さん可愛いね、リヒャルト」

「あまりの可愛らしさに、わたしの身が持たぬ」


 お二人とも、なにを言っていらっしゃるんですかー!


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