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【116】隊長、説明会を無事乗り切る

「このモーデュソンの娘の一件は、結果そのものは成功しているのだが、ツェツィーリアが自分の完璧を追求したあまり大失敗となっている」


 成功なのに失敗? ―― 閣下の説明によると、シーグリッドは優秀な悪役令嬢だったため「人気の無い場所」で「婚約者含む攻略対象の目の前」で「ヒロインを突き落とした」のだそうだ。

 もちろんヒロインのことは突き落としてはいないけれど、攻略対象たちにはそう見えた。ヒロインは攻略対象たちにそう思わせるよう落下したのも分かる。

 この絵に描いたような見事な「階段つきおとし」なのだが、見事過ぎておかしい……というか、ある程度洞察力を所有している人からすると、非常に駄目なシチュエーションだったらしい。


前宰相(モーデュソン)は信じなかった。それは娘を信じていたからではなく、そこにいたのが利害関係のある者ばかりだったゆえ、証言は信用ならないと判断を下した。この判断に間違いはない」


 ロルバスはシーグリッドがヒロインを階段から突き落としたと、前宰相(モーデュソン)に報告した。

 それを聞いた前宰相(モーデュソン)は、知り合いでもある副理事長に事情を尋ねる。貴族の為に運営されている学習院ですから、役員はほぼ貴族。理事長は慣例で王族な箱庭の副理事長となれば、前宰相(モーデュソン)の知り合いじゃないほうが不自然だ。

 副理事長から簡単な報告を受けた前宰相(モーデュソン)は、娘のことは不問にするよう依頼し、副理事長は了承したという流れがあったらしい。

 ロルバスとシーグリッドの仲は悪くなったが、婚約破棄にまでは至らなかったわけだ。


「たとえ話だが、罪を犯したエクロースとわたし、フランシス、アンバードと憲兵大佐(マルムグレーン)が同室していた際、突如エクロースが倒れ死去した。ガイドリクス、この状況で病死との報告を受けて信じるか?」

「リリエンタールのことは信じているが、それは”病死ということで片を付ける”と解釈するな。たとえ本当の病死であったとしてもだ」


 わたしも閣下のことは信じておりますし、室長のこともオルフハード(マルムグレーン)少佐(大佐)のことも信頼していますけれど、その状況はちょっと……。


「普通はそう取るであろう。利害関係のある者ばかりでは、後々証拠にはならない。これを押し通すためには、第三者が必要になる。偽セシリアの善良な農婦(サーリヤルヴィ)のような存在がな」


 鈍いわたしでも理解しました。

 人気の無い場所で、階段つきおとし(偽装)でシーグリッドとロルバスの仲を裂こうとしたのだが、ヒロインたちの人払いが完璧過ぎて、役者が舞台で演じているのに、観客が一人もいなかったため、評判も批評もなにもなく ―― 舞台の上だけで話は終わってしまったというわけだ。


「全く第三者の目が存在しなかったのですか?」

「そうだ。これが人目を避けて生きている、もしくは目立たない生徒ならばまだしも、当時女王の婚約者であったセイクリッドや、大貴族の子弟であるロルバス、アルバンタインらが連れだって人気の無い場所などへと向かったら、何名かが興味を持ち付き従うことは容易に想像できる。だが見た者はいない。おそらくフロゲッセルが、セイクリッドたちをツェツィーリア落下のタイミングにあわせて誘導すると共に、人払いを徹底した結果であろう」


 たしかに取り巻きという存在がいますものね。攻略対象たちに取り巻きがいたかどうか……あっ! わたし攻略対象ガイドリクス王弟の取り巻きだったわ。副官ですけど、ポジション的に取り巻きですわ。


「たしかに落下と目撃、両方を完璧に合致させるとなれば、充分に話し合い、タイムスケジュールを綿密に練り、時計をしっかりと合わせた人員が、最低二人は必要ですな」


 実働部隊を率いたら我が国NO.1と呼び声高いヒースコート准将でも「それを一人でやるのは無理ですね」と ―― 二人で一人(ヒロイン・イーナ)説に納得したようだ。


「学園内にてイーナ・ヴァン・フロゲッセルの協力者は見付からなかった。だが協力者は必要」

「外部からの侵入者、もしくは業者などは?」

「侵入者に関してだが、それほど警備は緩くはない。なにせ貴族の子女が集められている学院だ。警備体制もまあまあ整っておる。エクロースの愛人の裸体撮影を敢行したのは間諜の(偽セシリア)端くれ(・プルック)。警備の虚を突くことくらいはできるであろう。ガイドリクス、プリンシラ(ウィルバシー)、学習院はそれほど警備が甘かったか?」


 陛下は首を振り否定された。

 わたしは寮は見ていないので分からないが、たしかに学舎の方は、まあまあ警備はされていたな。

 貴族の子女が集うところだから、当然だよなあ。

 スタルッカ(ウィルバシー)も陛下に続いて頷き、


「寮に忍び込ませる際、少しばかり協力いたしました」


 寮に忍びこむ手伝いをしたと証言した。


「脱衣所の一件で、二人いると思っていたが、念のために調査させた。外部にも内部にも協力者はいない。だが報告を聞く分には二人は必要だ。となれば”二人居る”と認めるべきであろう」


 おそらく閣下は全ては語っておらず、他にも色々とおかしい所を感じ取り、調査を命じられていたのだろう。

 凄いなー。


「最後に。我が国の男爵令嬢エリーゼとリリエンタール閣下の狗になりそびれたツェツィーリア。この二名は似ているのですかな?」

「ツェツィーリアがエリーゼの容姿に寄せているのだろう。かつて国家保安省にて”顔のない男”と言われたキリルが直々に育てた狗の一人だ。そのくらいのことは、できるであろうよ」


 ルース帝国国家保安省のキリルって誰だろう? 顔のない男とかいう異称から察するに、他人に化けるのが上手かったんだろうなあとは分かるけど。

 円卓についている方々の表情は「ああ、あのキリルか」になってますが、わたしには全然分かりません。


「陛下に接触したエリーゼと体型は似ているだろうね。ごく普通のどこにでもいるありふれた女だから、皇帝の狗になれなかった程度でも、上手くやれるだろうね」


 室長が辛辣です。

 他のことにはそれほど辛辣ではないのに。やはり間諜が相手だと点が辛くなるのかな。


「先ほどのフランシスの変装でも分かるように、さほど似ておらずとも、似ていると思わせることは可能だ。ましてやツェツィーリアとエリーゼは二十年近く共に生活しているのだ。その仕草はほぼ同じであろうよ。フランシス」


 閣下に声を掛けられた室長は、頬杖をついて笑いレイモンド・ヴァン・ヒースコートになった。顔つきや体付き、顔だちから瞳の色など、同じ所を捜すのが難しい筈なのに……室長はヒースコート准将に。


「納得できないのですが、瓜二つなのでしょう?」


 ヒースコート准将自身は、室長の表情が自分と同じだということは認められないようだ。いや顔は違うんだよ。全く違う。ヒースコート准将のほうが若々しくいい男だ。でもね、似ている。おそらく表情の動かし方がそっくりなんだろう。


「何度も見ているが……見た目が別人だと分かっていても、ヒースコートと見間違うな」


 陛下は室長と接することも多いから、この技能に触れることも多かったのだろう。本当に肩幅も首も顎も違うのに、ヒースコート准将に感じられる。


「よいぞ、フランシス」


 閣下に声を掛けられたら室長が室長に戻った。

 うわぁ、歴代旧諜報部(メッツァスタヤ)を従えてきたテサジーク侯、怖い。


 これで説明会は終わりかな……と思ったのですが、最後に陛下がどうしても閣下に尋ねたいことがあるそうです。


「リリエンタール」

「なにを聞きたいのだ、ガイドリクス」

「レオニード・ピヴォヴァロフは、なんのためにヴィクトリアを籠絡したのだ? ピヴォヴァロフがブリタニアスのグロリア女王を落とした……と聞けば”ようやるわ、共産連邦め”と思いつつも納得できるが、ヴィクトリアはあの男(ピヴォヴァロフ)が落とすほどの価値はなかったはずだ」

「価値なき人物が破滅に至った経緯を知りたいというのか? ガイドリクス。そんな無意味なことを知ってどうするつもりだ」


 なんだろう。閣下のお言葉はキツいのだが優しさを感じるというか……いや、わたしが勝手にそう思っているだけなんだろうけれど。


「国王としてではなく、王族としてでもなく、あの()の唯一の身内である叔父として知りたいのだ」

「お前たち(・・)の間違いによる結果だったとしてもか?」

「ああ」

「ガイドリクス、お前は聡い男だ。故にもう分かっているのであろう? それなのに、なぜわたしから聞こうとするのだ」


 結局説明会の場で、なぜレオニードが女王と関係を持ったのかについて、閣下が語られることはなかった ―― 閣下が「知らない」と語り、強制的に幕を下ろしてしまったのだ。

 思えばレオニード関連では謎がまだ多く残っている。

 例えばなぜツェツィーリアはレオニードの徽章を所持していたのか。

 そしてそれを、シーグリッドに盗ませようとしたのか。

 陛下が仰る通り、なぜレオニードは女王に近づいたのか。

「お前たち(・・)の間違い」それが指し示すものとは……わたしが知らなくていい世界なのだろう。


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