【115】隊長、完遂していたことを知る
よくよく見たら、ヴェルナー大佐まで笑ってた ―― それで笑った理由なのですが「当たり前過ぎて、笑うしかなかった」とのこと。
ああ、そういうことですか。
たしかに閣下以外に共産連邦を討てる指揮官は存在しませんものね。
「ツェツィーリアとやらは、主席宰相閣下に近づくことなく、主席宰相閣下を引きずり出さなくてはならなかったのですか」
「そうだ。その手段として、ガイドリクス殺害を選び、セイクリッドに近づき距離を縮めていった」
「アディフィンからの帰国途中、憲兵大佐が海に落ちた理由の大元というわけですか」
キース中将は全容が見えたっぽい。
わたし? 分かるわけないじゃないですかー! その場にいたのに、全く分かりませんよ。
悲しいことに円卓についていた、説明会に参加している将校の方々は、皆さん分かったらしく、そこの説明は無情にもカットされました。
「ところでリリエンタール閣下」
「どうした? レイモンド」
「イーナ・ヴァン・フロゲッセルなる存在が、二名の女が演じているものだと分かった経緯をお教え下さい」
「分からんのか?」
「分からないから聞いているのですが」
「そうか。皆はモーデュソンの娘の一件については知っているな?」
「令嬢がよりによってリリエンタール閣下の狗の徽章を所持していた事件でしたな」
シーグリッドのお話になった。
シーグリッド、なにか重要なことを握っていたのかな? 悪役令嬢だから、深く関係していてもおかしくないもんなー。
「フランシスにモーデュソンの娘の証言を集めさせた結果、イーナ・ヴァン・フロゲッセルが同時に二名存在しているとしか思えない証言が集まった」
わたしと悪役令嬢はお茶を飲んだり刺繍を刺したり、散歩をしていただけだけど、室長は重要な証言を集めていたのですね。さすが室長。
もっとも室長にかかったら、あんな年端もいかない悪役令嬢なんて、情報奪われまくりでしょう。いい年をしたわたしだって、室長の前では……。
「その証言を知りたいのですが」
「プリンシラが偽プルックに、フロゲッセルの裸体撮影を依頼し、それを遂行中にモーデュソンの娘がフロゲッセルの遺品を盗むために共同浴場へと足を運び鉢合わせした」
「確かにそうでしたな」
それはわたしも覚えています。
さすが悪役令嬢、色々な人と絡めるんだなーって。わたしのようなモブは……いや、ただ今絶賛攻略対象と関係構築中ですがね。
「プリンシラの手元に父親の愛人の写真が渡るよう仕組んだのは愛人本人だ」
「それに関しては否定いたしません」
ボイスOFF……じゃなくてスタルッカも、特に異論はないようだ。そうだよね。ずっとその姿を知らなかったのに、唐突に写真が手に入るんだから。
きっとスタルッカも警戒しただろうが、藁にも縋る思いだったに違いない。
「モーデュソンの娘に4104の徽章が渡るよう仕組んだのはツェツィーリア。共産連邦幹部の徽章など、普通は持ち歩かないものだ。誰かに盗ませるために持ち出すというのが、もっとも説得力がある」
「それも否定できませんなあ」
そうですね。脱衣所にわざわざ持って行く必要ないですもんね。
形見……とか言っていたようですが、その徽章番号所有者、元気と迷惑が極まりない状態で生きていますもの。
「偽プルックとモーデュソンの娘が共同浴場の脱衣所で鉢合わせをした。どちらかが一歩踏み出せば、イーナたちは窮地に陥る状況だ。この時モーデュソンの娘は自らに後ろ暗い事情があったため、警備に不審者の存在を伝えず偽プルックは事なきを得たが、もしも直ちに報告していたらどうなった?」
「逮捕されたでしょうな」
三十過ぎ……本当の年齢は分からないけど、三十過ぎと名乗っている記者が、学習院の制服を着用し、貴族しかいない寮で女生徒の裸体を撮影とか大問題だ。
「わざと鉢合わせするよう時間調整したのでは? リリエンタール閣下の狗候補にまで選ばれた者ならば、令嬢の性格を熟知し、またある程度ならば誘導できたでしょう」
わたしはルース帝国国家保安省の狗というものが、どれほどかは知りませんが、フィゴ元海軍長官がそのように仰るところからするに、相当な手練れなのでしょう。
「フィゴが言いたいこともわかるが、遭遇後この二人が関係を築くなりなんなりし、イーナという存在にとって役立ったのであればその可能性もあったが、偽プルックとモーデュソンの娘が協力し合うことはなかった。また、どちらかがどちらかを排除でもしたならば、鉢合わせさせた意味もあるが、それもなかった。二人の遭遇は危険を孕んでおり、余程の効果が得られない限りは行う意味がない。要するに、この遭遇は不必要なものであり、両者に要らぬ情報を与えてしまった失敗だ」
女間諜と悪役令嬢の間に何事も生じなかった ―― それが失敗の証なのか。
「他にもいくつかイーナたちが二名で動いているようなことを、モーデュソンの娘が証言した。もちろんモーデュソンの娘には自覚はなかったが。あれは性根が素直だったこともあり、証言としては信頼できる」
シーグリッドありがとう! あなたの証言のおかげで、イーナがユニット名だと分かったよ。そして閣下は分かって下さっていたよ、あなたが純粋な悪役令嬢だったことを。
きっと根が素直だから、国外退去で済んだのだろう。
「鉢合わせ以外のことで、もっとも分かりやすかったのは、階段突き落とし」
「ああ。令嬢がイーナを突き落とした一件ですか」
シーグリッド、悪役令嬢四点セット、最難関「階段つきおとし」ミッション完遂してたのか! お茶や刺繍の時に教えて欲しかったよ。仲良くしていたつもりなんだけどなあ。
「モーデュソンの娘の婚約者であったロルバスが、セイクリッドとアルバンタインと共にその現場を見ており、モーデュソンの娘も見られたことを自覚していた」
「調書にありましたな」
「背中を押したところイーナは階段を転げ落ち、そこに三名が現れたとモーデュソンの娘は証言した。これはフランシスが角度を変え、何度も聞き取り確認したので間違いはない。そしてヴェルナーが生かして連れかえってくれたセイクリッドからも、聞き取りし証明されている」
生きてたんだ! セイクリッド。生きたまま捕らえられたとは聞いていたが、人知れず毒杯かなにかで処分されていると思った……あれ? 証言したからもう処分されちゃったのかな? ……考えないでおこう。
「しっかりと調書を読んでいなかったのですが、階段から転がり落ちたのですか?」
ヒースコート准将が食いついた。
分かります。階段を転がり落ちるっておかしいもん。
「そうだ。階段に対し平行に、寝そべるような形で回転しての落下だ」
「令嬢はフロゲッセルを殴り倒してから、転がしたのですかな?」
「お前でもあるまいし、できるわけなかろう。モーデュソンの娘の証言では、歩き去ろうとしたツェツィーリア・マチュヒナの背中を、階段側で強く押したそうだ」
シーグリッド、背中を強く押して落下させた人間が、寝転がってごろごろ……状態にはならないよ。絶対にならないとは言えないが、足が追いつかなくて前のめりに落下か、膝を折った状態での落下。
踏ん張ろうと頑張って背中とかお尻、あるいは後頭部などを打ちながら仰向けでが一般的だよ。どの落ち方にも共通するのは滑り落ちる。回転しながら……は結構難しいよ。とくに背中を押されてその落下は難しいなあ。
「人を階段から突き落とすですか。通常であれば不意を突かれたら、あり得ますと言いますが、相手が間諜となれば話は別です。そもそも、貴族令嬢が冷静な状態で、人を突き落とせるとは思えませんな。激情に駆られて、気付いたら……が一番しっくりしますが、その激情すらリリエンタール閣下の狗になりそびれた女が、コントロールしていたということですか」
「その通りだレイモンド。そしてモーデュソンの娘は突き落としてはいない」
閣下が仰るには、階段から少し離れたところでヒロインの一人と悪役令嬢が話をし ―― ヒロインの一人が離れ階段へと向かう。会話の内容から怒った悪役令嬢は追いかけ手を伸ばした。
「手を伸ばしたところ、ツェツィーリアが落下した。そのため、モーデュソンの娘は自分が突き落としたのだと思った。感情として”突き落とそう”という気持ちがあったため、ツェツィーリアが落下したことで、自らが実行したと思い込んだ」
「怒りに我を忘れていれば、そのようなこともありましょう」
シーグリッドは婚約者の浮気に怒って色々としでかしたが、もともとはお菓子とお茶、そしてレースや刺繍が大好きな普通の貴族令嬢。対する相手は、話を聞いている分には、もの凄い怖い間諜の域を超えた存在だ。シーグリッドが手玉に取られるのも当然だろう。
シーグリッドを手玉に取り、陛下をも悩ませたツェツィーリア以上の存在がレオニードかあ……閣下の選定眼を信じているけれど、こればかりは外れて欲しいような、でもきっとレオニードのほうが優れているんだろうなあ。




