【113】隊長、ブリタニアス側の事情を知る
「フォルズベーグの歴史を鑑みれば、ノーセロートのエジテージュ二世をすんなりと受け入れるとはいかないであろう」
「ただ若い世代になると、ノーセロート帝国の皇帝に対する嫌悪感は減るんだよねえ。ロスカネフとルースもそうじゃないか」
そうですね陛下、室長。
どちらの意見にも同意いたします。隣国の王女セシルは十八歳ということもあり、あんまりそこら辺について詳しくなかったか、もしくは国民の感情を軽く見ているか。
「ルース帝国はもう存在せず、我が国は主席宰相閣下なくしては立ちゆかぬ状態ですので」
「だがお前はわたしのこと、嫌いであろう? アーダルベルト」
「主席宰相閣下は尊敬しておりますよ。ツェサレーヴィチ・アントン・シャフラノフと名乗られると複雑ですが」
これはもう、どうしようもないんだろうね。
「国民感情からすると、易々とエジテージュ二世には負けない……と考えてよろしいのですかな?」
ヴァン・イェルム大佐の質問に閣下は頷かれた。
「ですが……」
「どうした? ミルヴェーデン」
「わたくしの分析予想では、新生ルース帝国は、どう考えても二週間持たないかと」
ミルヴェーデン大佐はもちろん指揮を執るのも上手いが、それ以上に情報分析が得意らしい。同じく情報分析を担当している、キース中将の参謀シヒヴォネン少佐がそう言ってた。
その情報分析の専門家の見解ではノーセロート帝国に二週間で討たれる新生ルース帝国か……その新生ルース帝国に一週間で破れたフォルズベーグ王国。
情けないといってはいけない。小国ってそういうもんだ。一箇所でも敗れると、ぼこぼこになるんだ。うん、知ってる。
「ミルヴェーデンの予想は正しいな。だが是非とも新生ルース帝国には頑張ってもらわねばならぬ」
「頑張る……ですか?」
頑張って勝てたら負ける国はいないような。でも閣下がそう仰るということは、なにかあるのでしょうね。
「後ろで糸を引いている共産連邦が、なんとかしてくれるであろうよ」
「そのなんとかについてお尋ねしたいのですが」
ヒースコート准将が教えてくださいと ―― 気持ち分かるわー。きっと閣下は、考えればすぐに分かるだろう? 程度なんでしょうが、わたしには無理。
「ん? わたしの狗が、長引かせることに協力する可能性がある。まあ、確約しているわけではないので、新生ルースには援軍が来ず、簡単に二週間で敗北するかもしれないがな」
レオニードですか……レオニードはなんかこう、愉快犯じみていて「ツァーリ・アントンならこのくらい上手く処理しますよね」なんて呟いて、逆にノーセロートを支援しそう。
いや、わたしレオニードのこと詳しく知らないから、全く見当違いなこと言ってるかもしれませんが。なんだろう、信頼感が明後日の方向を向いているというか、忠誠心の軸がズレているというか。
閣下に対する絶対の信頼はあるんだろうけれど、愉快犯っていうか、はしゃぎすぎる感じが……言葉にできないわー。
「その場合はどのようになさるおつもりで?」
「わたしの狗は当初計画に入ってはいなかった。たまたま特務大使として現れたので構ってやっただけのこと。本来この役割は共産連邦海軍に与えるつもりであった」
そう言えばさっき閣下、バルニャー王国が共産連邦海軍の襲撃を受けるって仰ってたなあ。
こっちは確定なんだ。
「凍海もこの時期は航行自由ですものな」
「海軍を南下させ、アレクセイを支援させる予定であったが、それはわたしの狗が現れたので……まあ、どちらが支援してもよい」
「両者が支援した場合はどうしますか?」
「困ることなどなにもないぞ、レイモンド」
「普通は困ります。なにせ我が国は周辺をぐるりと共産連邦に囲まれてしまった状態。現在我が国の輸出入は船に頼り切り。ですが閣下が仰るには、ドネウセス半島のバルニャー王国にまで、共産連邦の手が伸びる。となれば、我が国の輸出入は大打撃です」
「バルニャーが共産連邦に攻められたとなれば、我が国からも援軍を出さねばならぬが……援軍を出すとしても戦艦の数が足りぬぞ、リリエンタールよ」
陛下、触れちゃだめ! いや、触れなくてはならないことなのは分かるのですが、数には触れちゃだめー! 共産連邦の海軍とか大艦隊! 我が国? 聞くなよ。
「海については問題ない。ブリタニアスの女王グロリアに艦隊を出すよう指示を出しておる故、海の治安に関しては心配しなくてよい。国の海軍は今まで通り輸出入を堅守せよ」
「先ほどそのように語られましたな」
そうだ。共産連邦海軍と君主国の最強艦隊が激突するって閣下言ってた。あまりにずらずらと言われたので、すっぽりと抜けてたわ。
「ブリタニアスからは、随時物資が届くよう整えている。民間人が食糧不足に悩まされることはないので安心せよ」
閣下、ありがとうございます!
戦争中は兵士のほうに物資が流れるので、非戦闘員はちょっとひもじい思いをすることになるんですよね。わたしは、ばりばり戦闘員なので、ひもじさとは無縁になりますが、カリナとか継母とか父さんが心配で、配給された料理、懐に入れて持ち帰ろうかと思ってたんですが、閣下ありがとうございます!
わたしの子供時代のひもじい思いをカリナにさせなくて済むのは嬉しい。
ほら十六年前、連合軍と共産連邦が正面衝突した時、物流が寸断して、結構お腹空かせることになったんですよ。
それに関して文句はないよ。兵隊さん頑張ってー状態だったし、頑張って貰わないことには、共産連邦に飲み込まれてしまうので。でもお腹空いたんだ。
「十六年前は随分と民間人に空腹を強いたからな。二度も同じことをするほど、わたしも愚かではない」
閣下ー! 本当にありがとうございますー! カリナ、お腹空かせなくて済むよ!
「十六年前も、あなたは見事でいらっしゃいましたよ、主席宰相閣下。副官として証言させていただきます」
キース中将が認め……いつも認めてるか。ちょっとルース皇太子なところが嫌いなだけで。でもその部分を嫌わないキース中将は、儚い詐欺じゃない気がしますしね。
「空腹にはさせましたが、リリエンタール閣下のご指示で、餓死者が出る程物資が滞った国はありませんでしたしな」
「上層部が馬鹿で、餓死者が出た国はあったけどね」
あったのか……餓死した人いるのか。そして閣下、十五倍もの兵力相手に連合軍を率いて戦って、更に最低限の物資を庶民に配布できるよう指示してくださったのか。
大陸の隅っこ、弱小国だった我が国でわたしが飢え死にしなかったのは、亡き先々代国王と閣下、そして父さんに祖父母たちのおかげなんだねえ。
あ……その頃の閣下って、今のわたしより若いんだよね。凡人と天才の差というヤツだ!
「聞いても後学にもならないでしょうが、なぜブリタニアスの女王陛下が我が国の支援を?」
キース中将! 閣下にそれを聞くのですか。
聞いてしまわれるのですか! 閣下と女王陛下の関係と言いますか……。
「ブリタニアスの全面支援についてだが、かの国が大植民地を所有しているのは、皆も知っているだろう。その一つアジールのマルゴン帝国があるのだが、そのマルゴン帝国に共産連邦が南下し、国境付近では競り合いが続きブリタニアスのほうが劣勢気味なのだ。ブリタニアスは援軍を送りたいのだが、ブリタニアスからマルゴンへ軍を送るのは大仕事だ。なにせ大艦隊を編成し海軍を派遣し、内陸へと進軍させなくてはならない。共産連邦が展開しているのは、海から約一万キロ離れた高地で、すでにブリタニアスの駐留部隊は敗北しておる。だがここへの出兵はそれほど苦労はしない。南方民族で構成された、ブリタニアスから見て侵略者である共産連邦軍の一角を担う共産連邦党員幹部番号8522を落とせば、向こうが少しばかり楽になるというわけだ。ブリタニアスの植民地への攻撃を軽減してやるのだ。全面協力は当然であろう?」
「南方の軍をこちらへ呼び寄せるのは、ブリタニアスにとってもうま味があるというわけですか」
「そうだ。鉄道の発達で兵士の異動は楽になっている故、ブリタニアス植民地侵略部隊の一員である共産連邦党員幹部番号8522は、こちらに配置換えされるであろうよ。それに関しては、わたしの狗が煽り、当人も引くに引けなくなるようにする」
「我々にとって都合が良い共産連邦党員幹部番号8522を、我らが母国に呼び寄せるには、共産連邦党員幹部番号4104がノーセロート皇帝を討つのがもっとも効果的というわけですか」
閣下はキース中将の言葉に頷かれた後、
「まあ、グロリアの植民地マルゴン帝国の安堵は、他にやりようは幾らでもある。むしろこれは下策に近いが、それはブリタニアスにとってのこと。この国のために、精々金とご自慢の海軍を使ってもらおうではないか」
めちゃくちゃ楽しそうな笑みを浮かべられ、キース中将が小声で「そうでしょうな……」と呟いた。閣下その笑みの理由は……やはりババア陛下さまへの……。




