【105】隊長、インタバーグでの出来事を証言する
「その女、年齢を詐称しているらしいとは聞いておりましたが、随分な詐称ですな」
ヒースコート准将がとても面白いといった口調で語る。
まあ余裕で十歳以上詐称してるもんね。
「プリンシラは下がれ。次はノア・オルソン。クローヴィス大尉に出会い別れるまでを話せ」
閣下がそのように命じて下さった。
ふう、これで一息つける。それでオルソンだが、セシリアが殺害されたこと、調査をしていたら、わたしと会い無理矢理インタバーグまで連れて行かれたこと、そしてベッキーさんからセシリアの暗号めいた手紙を手に入れたことを語った。
その場にいたわたしには、重要性が全く分からない。
ヒースコート准将やヴェルナー大佐も「これ重要なのか?」といった表情になっている。
うん、当事者であるわたしも重要性を全く感じないのですが、閣下が証言せよと仰るのですから、重要なことなのだろう。
「リドホルム、あの手紙の写しを」
リドホルム男爵が、封筒と手紙そして写真を陛下の前に置いた。
「その手紙は写しで、写真は同じものを用意した。目を通したら先ほどのインゴットと同じように回せ」
陛下が目を通し、ヴェルナー大佐が回してきたセットだが、ベッキーさんからわたしが預かった手紙と、若い頃の閣下の写真だった。
なんでベッキーさんとセシリアの手紙の写しを、ここで回覧するんだろ?
「クローヴィス大尉。この手紙を預かった経緯を、以前わたしとテサジークに説明した通りに語れ」
「はっ!」
閣下よりそのように命じられたので、年齢詐称確定が行方不明になり、フロゲッセル男爵家に向かった帰りに、ベッキーさんから手紙を出して欲しいと頼まれたことを、閣下や室長に詳しく質問され答えたことも交えて説明をした。
二十分ほどで説明は終わり、聞きながら回覧されていた手紙と写真は閣下の手元へと戻った。
「ノア・オルソン。クローヴィス大尉の証言に間違いはないな」
「ございません」
「……というわけだ」
閣下が背もたれに体を預けて腕を組み、円卓に座っている面々に問いかけた。閣下、もの凄く高圧的です。上品なのですが。
「リリエンタール閣下、これは必要なことなのですかな?」
立派な顎髭をお持ちのオットーフィレン准将が、怪訝そうに尋ねる。オットーフィレン准将が、そう尋ねたくなるのも分かる。
だってこの手紙、無名に近い出版社の女性記者と、その幼馴染みの農婦の間でやり取りされていた手紙の一部。なにか暗号めいたものが隠されてはいるが、それが国家に関係することなのか? と考えるのは当然だろうな。
それも同じような証言を二人にさせているわけだし。
「わたしが不必要なものを、会議に持ち込んだことがあったか? オットーフィレン」
「ございません」
「リリエンタール閣下、もう一度手紙を見せてもらえますか?」
「構わぬぞ」
女遊びの激しい色男准将は、なにかに気付いたらしい。
気付いたら早く教えてください。わたしも知りたいです。原本を読んだわたしが、なにも気付かないってのも問題ですが。
「ふむ。たしかに、リリエンタール閣下が言う通り、おかしいですな」
その手紙”間違って送ってしまった写真を取りにいくよ”という、ありふれた内容だと思うのですが。
「なにがおかしいのだ? ヒースコート」
「セシリアという女記者は、写真を誤送したことを自覚しており、取りに行くと言っているが、それほど必要ならば、この封筒に返信用封筒を同封し、送り返してもらえば良かっただけだ」
いやそれは、セシリアの身に危険が迫っていたので……。
「たしかに蒸気機関車でイルガへ。そこから馬車を乗り継ぎインタバーグまで向かうより、返信してもらったほうが早いな」
陛下もヒースコート准将の意見に同意した。
客観的に考えるとそうですが、それは身の危険が……あ、でも、返信用封筒の住所をオルソンの住所にしておけばいいのか。
あれ?
「そもそも、文章がおかしい」
目を閉じて考えていたキース中将が、手紙そのものがおかしいと言いだした。
え……ええー。なんかおかしなこと書かれたか?
「文章がおかしいとはどういうことだ? キース」
ヒースコート准将が、キース中将に質問した陛下に手紙を渡すよう部下に指示を出す。手紙を受け取った陛下は再び読むが、どうも分からないらしい。
そしてわたしも分からない。
「陛下、その手紙は幼馴染みである女性記者と農婦の間で交わされていたものです」
「そうだな、キース」
閣下の写真にはなにかヒントが隠されており、それを同僚のケビン・ウィッカーに託した……じゃないのかな?
「陛下、なぜこの女性記者は、第三者に読まれることを警戒した文章を認めているのでしょう」
「それは、この女性記者がなにか危険に巻き込まれ……手紙を読まれることを警戒したのか!」
手紙を読まれる? えっと、セシリアは随分と前から手紙を見られていて、それに気付いてベッキーさん宛ての手紙にも注意を払っていた?
「そう考えるのが、妥当だと思います。そうなのですよね、主席宰相閣下」
「まあ、そういうことだな」
「リリエンタール閣下。知っていることを、全て教えてください」
フィゴ元海軍長官が、閣下に早く全貌を教えてほしいと ―― わたしも知りたいです、閣下。
「他になにか気付いたものはおらぬか?」
円卓についている将官が、背後に立つ部下たちと話したり、手紙の元へと走っていったり。
「わたしが見落としているものがあるかもしれない。是非とも意見を述べて欲しい」
キース中将が「主席宰相閣下が見逃すはずねぇだろ」と呟いた。うん、まあそうだとは思います。
それで結局特に何も意見は出てこなかった。
その場にいたわたしや、オルソンもなにも思い浮かばないのだから、当然かもしれない。
「クローヴィス大尉の報告なのだが……」
え? わたし、なにかおかしな報告でもしました? 閣下。
「クローヴィス大尉はこの写真……わたしの若い頃の写真なのだが、この写真を持ち主に届けたいが、ポストはなく郵便配達人もなかなか来ないので、送ってくれないかと頼まれた」
はい、ベッキーさんに頼まれました。
簡単なお仕事だと思ったので引き受けました。
「それのなにが問題なのですか? リリエンタール閣下」
南方司令部のミルヴェーデン大佐が、本当に分からないという感情そのままに、閣下に尋ねる。
「クローヴィス大尉たちは、声を掛けられ家に招かれ写真を手渡された」
「たしかに、クローヴィス大尉はそのように証言しましたな」
ミルヴェーデン大佐、やっぱり分からないようだ。
わたし? わたしも、まったく分からないよ!
「インタバーグには郵便ポストはなく、郵便配達人が不定期の配達の際に郵便物を回収する」
「地方では珍しくもないことですが」
「なぜいつ来るかも分からない郵便配達人を、レベッカ・サーリヤルヴィは待っていたのだ?」
「手紙の配達の依頼を……」
「クローヴィス大尉は、剥き出しの写真を一枚渡された。この意味が分からぬか?」
ん?
閣下の仰ってることが、分かるような……分からないような。
「クローヴィス大尉」
「はい、キース中将閣下」
「確認するが、大尉は最初この写真だけ受け取ったのだな?」
「はい」
「たしかにお前は、そう証言していたな」
キース中将は得心がいったとばかりに、閣下のほうを見て頷いた。
「なにに気付いたのだ? キース」
「気付けば簡単なことでございますよ、陛下」
気付かないからこうして聞いているんですよー! キース中将!
キース中将は封筒を手にし、宛先を指さした。
「郵便ポストのない田舎で、領主宛の手紙以外は、すべて教会に届く。これは皆知っているな」
はい、それはわたしも知っています。
なんで? それは単に、個別の住所がないからだよ。
ほら、ベッキーさんも手紙読めないから、代読してもらってるって言ってたじゃない。文字を読めない人に住所って無意味なんだよ。
住所がある番地に住めるのは、識字者であることが条件なのだ。
実際ベッキーさん宛ての手紙の住所は、識字者の神父がいる教会になってる。
これは常識だから、とくにわたしも違和感はなかったんだが……。
「郵便配達人は教会と男爵邸に郵便物を届ける。ということは、集配もこの二箇所のみ。庶民が男爵邸に手紙を預けるということはない。ほとんどの手紙は教会に集まる。レベッカ・サーリヤルヴィは、セシリア・プルックに送り返す写真を、本来であれば教会に預けているべきなのだ。なにせ郵便配達人はいつやってくるのか分からないのだから。だが農婦サーリヤルヴィは返信すべき写真を手元に置いていた。ということは、郵便配達人は農婦サーリヤルヴィの元を何度か訪れ手紙を受け取っていたとしか考えられない」
…………あっ!




