【104】隊長、副官の事情を知る
「その時期、国を離れていたわたくしめが言っても説得力はありませんが、陛下は周囲に相談すべきでしたな」
海軍顧問のフィゴ元中将が、息子を慈しむような優しい眼差しで陛下にそう告げた。
「フィゴ閣下の仰る通りです。このオットーフィレンも打ち明けていただけたなら……当時の国の状況は覚えております。金の含有率を偽るようなことが起こっても、おかしくはない状況でございました」
立派な顎髭を蓄えているオットーフィレン准将も。
「主席宰相閣下に打ち明けられなかったのですか? 陛下」
キース中将は厳しい口調です。
「王家の恥なので、自力で片付けようと考えた。もちろん金を用立てることができたら、皆に打ち明けるつもりだった」
「金ですか?」
ヒースコート准将が不思議そうに声を上げる。
「そうだ。リリエンタールに差分となる30kgを返す際にな」
足りない分の金を閣下に渡すつもりだったんだ……30kgか。
我が国の金保有量は公表されていないのでわたしは知らないが、それほどの量は保有していないとおもうんだ。
嘘か本当か知らないけれど、ルース帝国は5000tの金を保有していたとか。相変わらず物量が桁違いで泣けてくる。
「差分の返還には賛成いたします、陛下」
キース中将が同意した。
「わたしに返却など必要ないが?」
「主席宰相閣下に純金30kgなど、必要ないことは分かっておりますが、偽装をそのままにしておくつもりはありません。幸い受取人がすぐ側にいて輸送料が掛からない」
「まあ、金については後日でよい。それで存在しない王女のインゴットだと分かってから、どうしたのだ? ガイドリクス」
「ヴェルナーにインゴットの調査を命じ、わたしはイーナ・ヴァン・フロゲッセルと接触し、情報を得ることにした」
そう言えばその頃、あんまりヴェルナー大佐見かけなかったなー。
偽(ただし純金)インゴットの刻印調査してたの……ん? まあ、普通に考えて偽造なんてことが可能なのって、国の中枢にいる人だよね。
それも軍部とかじゃなくて政治中枢。更に言えば財政とか担当している人の協力がないと無理だよね。
攻略対象に前財務長官の息子アルバンタインの野郎がいましたね! 見事にヒロインに攻略されて、行方不明になっていらっしゃいますね!
「それで?」
「イーナ・ヴァン・フロゲッセルは前財務長官の息子とも懇意であった」
「金の管理は財務省の管轄でしたな」
ヒースコート准将の仰る通り!
なに、この微妙につながっているようで、根本が全く見えない感じ。
陛下に親族だと名乗り近づくヒロイン。ヒロインは財務長官や陛下に近づくために、セイクリッドやアルバンタインに近づいた ―― 陛下に近づく理由は?
なんか室長の妹も協力しているような感じだったけど、どういうこと?
「イーナ・ヴァン・フロゲッセルはわたしや前財務長官、前宰相に近づくために学習院内で関係する男たちと交流を深めた。最終目標は、わたしだったようだがな」
みごとにたどり着いたのか。怖いわーヒロイン。
「ガイドリクス一旦終われ。スタルッカ、この場ではプリンシラと呼ぶ。その方が通りが良いのでな。プリンシラ、お前がイーナ・ヴァン・フロゲッセルに接触した経緯、それにまつわるエクロースの不倫について話せ」
閣下に命じられたスタルッカは口を開いた。くっ! その声を延々と聞かなくてはならないのか! いや、聞きますけれどね! 海軍長官である父親の浮気とヒロインは関係があるのですか。
「はい、リリエンタール閣下。わたしは犯罪者であるエクロースの一人息子です。父であるエクロースの長年に渡る浮気に関しては、皆さんご存じでしょう」
正直、貴族の浮気なんて、珍しいものではないけどねー。わたしは嫌ですけれど。そして喋っている声も嫌ですけれど。
「わたしは成人してから、父の愛人について調べ始めました」
「なぜ父親の愛人を調べたのだ?」
ヒースコート准将が、調べる必要性を感じないといったニュアンスを乗せて尋ねた。実際、貴族であれば父親の浮気相手など……。
「母親恋しさです」
「なるほど。続きをどうぞ」
母親恋しさってなんだろう?
たしかスタルッカの母親は、病気で長いこと療養しているはず。いまは無理だろうが、貴族の子弟だった頃は余裕もあるから療養先に会いに行けたんじゃないのかな?
でもヒースコート准将がすぐに納得したところをみると、なにかあるんだろうなあ。上層部にしか分からないなにかが。
「ただ、わたしが使える人間が極めて少なかった」
その頃は海軍長官の息子でしかないし、海軍中将といっても、親の七光りと揶揄され嫌われていたからなあ。調査を始めた頃は成人になったばかり……十八から二十歳くらいだから、今よりもっと協力者は少なかっただろう。
「思うように調査は進まなかった。その最大の理由は、愛人の姿がはっきりと分からないことにあった。この中に、父の愛人を見たことがある方はいらっしゃるかな?」
スタルッカの語りからすると、誰も知らない……とおもいきや、我らがキース中将が面白くなさそうに挙手した。
「五、六年前にエクロース家の夜会に招待された際、庭の片隅で遭遇したことがある」
「本当ですか?!」
スタルッカが驚いているよ。そしてなぜ庭の片隅などという、襲われやすいポイントにいたのですか? キース中将。
会場にいると、踊って欲しいと群がられて、大変だから逃げたのですか?
「向こうから話し掛けてきた。そしてしばらくして、エクロースがやってきて”あれはわたしの愛人です”と言った。エクロースの証言だけなので、本人かどうかは不明だが」
「髪や瞳の色を覚えていらっしゃいますか?」
「会場から漏れる明かりの下なので、はっきりとは分からんが、金髪や黒髪ではなかったな。瞳の色は分からない」
「プリンシラ、話を戻せ」
「失礼いたしました、リリエンタール閣下。父の愛人を捜していたわたしに、四年前協力者ができました。それが妻です」
ゴージャス過ぎるが別れる夫の軍服に刺繍をしてくれた奥さまと、それを撫でながら涙するスタルッカ……うん、仲悪いはずないね。
「妻との冷え切った関係は、協力しあっているのを誤魔化すためか」
「そうです、陛下」
演技だったのか。スタルッカルートじゃないから、奥さまが病死することはなさそうだけど……スタルッカルートの場合は、本当に病死だったのか? もしかして父親の愛人に毒を盛られた……おかしな想像力を働かせるのは止めよう!
「わたしに協力してくれていた妻はある日、教会への慈善で訪れた際、女記者に父の愛人について教えて欲しいと頼まれたそうだ。それを聞いたわたしは当初、その女記者に父と愛人の関係を面白おかしく記事にされては……と考えた。だが反面、女記者が父の愛人のことをどこまで掴んでいるか? 気になり直接会うことにした。そして話をした結果、追っているのが同じ人物らしいので手を結んだ。女記者の名はセシリア・プルックといった」
セシリアとスタルッカの追っている人物が同じ……。どういうことなんだ? いや、愛人だということは分かるのだが。
そしてセシリアの名を聞いたヤグディンが肩を震わせた。
「わたしが追っている父の愛人の名はイーナ・ヴァン・フロゲッセル。三年前に王立学習院に生徒として入学していた」
ウィルバシーの発言を聞き、室内がざわつく。
後ろに立っている部下たちは、驚く者もいれば、そうではない者もいる。
「室内にいる若手には分からぬであろうから、わたしが補足しておこう。エクロースの愛人は、わたしがこの国に来た前後に現れ、年の頃はエクロースの息子であるプリンシラとほぼ同じくらいと言われている。顔を見たものは少ないが、全くいない訳ではない。王立学習院の入学年齢は十五歳だ」
閣下の補足説明を聞いて意味を理解した部下が「え?」という表情になった。
ウィルバシーは今年二十九歳だから、愛人が十代ではないのに王立学習院に入学したことになる。
そう言えばイーナの姉……かどうかは不明だが、所在不明なエリーゼはスタルッカの四つくらい年上だから、エクロース長官の愛人の範疇内だな。
閣下がお話してくれないかな。スタルッカの声はどうも、生理的に……仕方のないことなんだけど。
「ある日わたしは父の愛人の写真を手に入れた。残念ながら顔は映っていないのだが、右脇腹のあたりに特徴的な傷があるのが、はっきりと見て取れた。そこで、わたしはセシリア・プルックにイーナ・ヴァン・フロゲッセルの裸の写真撮影を依頼した」
王立学習院の制服入手先はスタルッカ、お前だったのか!
「セシリア・プルックは写真撮影に成功し、わたしは愛人とイーナ・ヴァン・フロゲッセルが同一人物であることを確信し、なにが目的なのか問おうとしたのだが、それを知った父に追われてしまい、身を隠さなくてはならなくなった」
親子関係はさっぱり分かりませんが、父親は愛人に随分と尽くしていたようですね。
「身を隠している時にセシリア・プルックの同僚である、そこにいる記者のノア・オルソンと遭遇し、彼の協力を得て父の身辺を探り不正の証拠を手に入れた。それを知られ逃げ、首都にやっとの思いでたどり着いた」
頑張ったんだな、スタルッカ。そしてわたしも頑張ってる、嫌いな声に耳を傾け……。くっ! まだ話続くのか! いや、聞くけど。




