表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/335

【102】隊長、正直に打ち明ける

 ロスカネフ王国を裏から支えて続けてきた旧諜報部(メッツァスタヤ)トップ(しつちょう)は違うわー。


「あの、その……はい……そうです」


 否定するだけ無駄ってもんだ。


「フランシスがそのように言ったので、それを信用し大尉の副官に任じたのだが、不安になってな」

「不安ですか?」

「フランシスの見立てに間違いない。それは知っているのだが、この件だけは信用しきれなくてな。だから大尉とウィルバシー・スタルッカを呼び、この目で確かめることにした」

「……」

「いつもはフランシスのことは信じているが、本当に今回だけはまったく信用できなかった。やはり自分が愛する女の側に置く者は、自分の目でしっかりと確かめなくては安心できない」

「閣下のお見立ては?」

「大尉はウィルバシー・スタルッカを苦手としている。それも好意に転じぬ”嫌い”だ」


 ここまで気付かれているのなら、はっきりと取り繕わずに言葉で伝えるべきだろう。


「正解です。正直に申しますと、わたしはスタルッカ(ウィルバシー)軍曹の声が生理的に苦手なのです」


 本人は嫌いじゃな……奥さんいるのに年齢詐称疑惑(ヒロイン・イーナ)と浮気するような男なので好きではありませんが、それは私生活なので我慢…………まあ当時は貴族だったのでそれもあり(・・)として、ぐっと飲み込みます! でも浮気性は嫌いです!


「声か……仕事をする上で差し支えは?」

「ありません。スタルッカ(ウィルバシー)軍曹本人には、なんの落ち度もありませんし、優秀であります」


 優秀ですとか評価してるけど、実際はスタルッカ(ウィルバシー)のほうが、ずっとスペック高いからね……浮気者だけど! 浮気者ですけど! 浮気者だけどさ!


「そうか」


 スタルッカ(ウィルバシー)関連の話はそれで終わり、あとは最近どのように過ごしているか? について、菓子と共に語り合った。

 山も落ちもないような、取り留めない話ばかりだが、話せば閣下は笑って下さるし、閣下の話を聞くのも楽しい。

 家族との団らんに似ているけれど、どこか違う不思議な感じだ。


「閣下、お時間です」


 会話を楽しみ二時間ほど ―― 廊下側のドアがノックされ、刻限を告げられた。


「もうそのような時間か。大尉と話をしていると、時が過ぎるのが早いな」

「わたしもです、閣下」


 名残惜しいですねとキスをし閣下をお見送りしてから、クッションを抱きしめソファーで身もだえる。キスくらい色々な人としていますけれど、閣下とのキスは軽いものでもなんか照れるんだよ!


「……」


 個人的には一時間くらい身もだえしていられるが、仕事があるので戻らなくては。深呼吸して気持ちを落ち着かせ、スタルッカ(ウィルバシー)軍曹を迎えにいく。

 スタルッカ(ウィルバシー)軍曹のいる部屋のドアを軽くノックして開ける。

 返事がないのに開けるの? ええ、なにせわたしは上官ですので。部下の許可など必要ありませんので。どこの社会でも必要ないと思いますけどね。

 スタルッカ(ウィルバシー)軍曹は上着を、ソファーの背もたれにかけて眠っていた。

 料理 ―― ステーキやクロワッサンなど、みごとに完食してる。

 久しぶりの慣れた食事、良かったなあ。

 貴族といったら白くてふわふわしたパンが主食だろうに、現在は黒パン一筋。いや黒パンも悪くないですよ。

 わたしは大好きですけれど、食べ慣れていない人に「美味いよな!」と強要する味でもない。

 修道院に寝泊まりしているスタルッカ(ウィルバシー)は朝晩はそこで取っているのだろうが、生まれた時から美食三昧だった、驕った舌にはさぞ苦しかろう。もちろん当人の責任じゃないんだけどさ。

 むしろ金持ち伯爵家の嫡男が黒パン食って育ちましたって、栄養面はともかく虐待にしか思えないし、勝手にライ麦食わないで欲しい。庶民の食糧ライ麦食べるとか困る。貴族は小麦食ってりゃあいいんですよ!

 庶民食が貴族階級で流行ったら、庶民の麦の値が高騰してしまう! ……それはいいとして、修道院は巡礼者の宿をも兼ねているので、街の宿の十分の一ほどの金額で、寝泊まりできて食事も取ることができる。

 このとき出される食事は、成人男性の握り拳くらいの大きさの黒パン、ワイン若しくはビール一杯。

 さすが修道院、良心的過ぎる金額である。

 もちろん修道院ではウィンナーやベーコン、バターや焼き菓子などを作っているが、それらはバザーで外貨を稼ぐもの。

 貧乏巡礼客ではない人たちの食事として出され ―― もちろん料金をいただく。

 取れるところから取り、取れないところからは取らない。当たり前のことだけどね!

 スタルッカ(ウィルバシー)軍曹は貧乏な部類なので、追加食事代は払えず、日々の宿泊代に付いてくる黒パンセットオンリー。


 心中で「ボイスOFF」叫びながら、時間を取り近況を聞いているのだが、宿泊代の他に洗濯代も支払い生活はかつかつなのだそうだ。

 当初は自分で洗濯をしたらしいのだが、貴族のぼんぼん初めての手洗い ―― 汚れなど落ちるはずもなかった。軍服に石鹸が残っているのに汚れが落ちておらず、生乾きで匂って散々。そこで寄付をし修道士に洗濯を依頼しているのだそうだ。もちろん洗濯を外注するよりは、余程安いけれどね。

 この修道院だが、定宿にする人はいない。

 巡礼者でなければ余程ではないかぎり泊めてくれないのもあるが、宿泊中は修道士と同じ生活を送る必要がある。朝早く起きて二時間祈りを捧げ……という生活な。

 修道士は時間の区切りが一般社会と違い、わたしたちにとって二時間で一区切り。その区切りで行動するので、お祈りの時間がめちゃくちゃ長い。

 それ以外にも奉仕とか中世レベルの道具で農作業とか掃除とか……修道士の生活って普通の人には無理だし、できたら修道士になるべき! という厳しい生活。

 一日二日なら頑張れるだろうが、長居できるような環境じゃない。

 お祈りや奉仕に関しては、閣下が特別の配慮をしてくださり免除となっているそうだ ―― さすが教皇庁にも影響力をお持ちの閣下。凄いわー。

 あとは清貧を旨としているので寝床は板。

 うん。板張りの寝台にマットもなければ、布一枚もなくそのまま。

 貴族だった青年には厳しい環境だろうなあ。

 ソファーで爆睡しているスタルッカ(ウィルバシー)軍曹をもう少し寝かせてやりたい気持ちはあるが、色々と予定があるので。


スタルッカ(ウィルバシー)軍曹」

「……申し訳ございません! 隊長」


 目を開き焦点があうと飛び起きた。そこまでいきなり起きなくてもいい。上着を足で蹴り飛ばしちゃったじゃないか。

 落ちた上着を拾い上げると、軍曹服にこれ? と言いたくなるような、光沢ある銀の絹糸により刺された飾り文字で、スタルッカ(ウィルバシー)の名前が縫い付けられているのが見えた。

 軍服の内側なので今まで知らなかったが。


「凄い刺繍だな」


 貴族の所持品、もしくは将官の軍服ならこの刺繍もアリだろうが、軍曹の軍服にこれは凄い。


「妻が」

「奥方が?」


 軍服を受け取ったスタルッカ(ウィルバシー)は、刺繍を親指でなぞる。その表情は愛おしげだ。


「妻が最後に折れて離婚となりましたが、その条件の一つに、あらたな軍服に名前を刺繍させて欲しいというものがありまして」


 それ、奥さまの刺繍だったのか。そりゃあ貴族の所持品刺繍になるよな。


「そうか」

「……こんな刺繍を刺した軍曹の制服を着用しているのは、小官だけでしょう」

「そうだろうな」


 アレリード軍曹の「A」を糸三本だけで表現していた、棒人間刺繍のほうが目立たんだろうよ。


「本当にわたしも妻も世間知らずでした。これがおかしいなんて、思わなかったんです。ほんと、世間知らずです……小官も妻も」


 スタルッカ(ウィルバシー)の目は潤み、いまにも泣き出しそうだった。

 攻略対象可愛いわんこ系なら泣いても許されるだろうが、


スタルッカ(ウィルバシー)軍曹。職務中に泣くな」


 お前はもう可愛い系攻略対象じゃない。可愛い顔に似合わぬ角刈りをした軍曹だ。


「……申し訳ございません、隊長」

「男が人目を憚らずに泣いていいのは、財布をなくしたときだけだ。そして財布を紛失したらわたしに言え。少しは用立ててやる」


 財布紛失はギャグか落語の類いなんだが、それ以外の真面目というか当たり前の項目は、親が死んだ時とか、最愛の人が死んだ時、あるいは娘が結婚した時など、いまのスタルッカ(ウィルバシー)には言えない状況ばかり。


「ははは……はい、隊長」


 無理矢理笑顔を作りスタルッカ(ウィルバシー)が答えた。


「行くぞ」


 それでいい、スタルッカ(ウィルバシー)

 泣くのは自由だ。だが職場では泣くな。生理的に無理な声で更に泣き声とか、わたしの精神が削れる。

 精神崩壊しちゃうわ!

 いいか! 泣くなスタルッカ(ウィルバシー)! 本当はお前の笑い声だって嫌なんだ。だが泣き声と笑い声なら後者のほうがマシだ!

 わたしだって耐えてるんだ! だから泣くな! ボイスOFF!

 そして刺繍を指でなぞっていた時の態度からすると、奥さまのこと好きだよね? きっと今でも好きだよね。

 好きなのにどうして浮気したの? 妻は妻、浮気相手は浮気相手だから違うとかいうタイプなの? 妻を大事にしすぎて浮気とかいう、常人にはまったく同意できない思考回路の持ち主なの?


 小一時間、問い詰めたい気もするが、声を聞きたくないので聞かない。筆談だったらいけるかもしれないが、それ問い詰めた感ないしね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ