【101】隊長、副官と出向く
スタルッカ軍曹の扱いはかなり面倒だ。
犯罪と外交に関わるような死に方をした貴族の息子 ―― 感情部分は貴族籍を排除したことで、国側としては充分国民に配慮しているのだが、そう簡単に収まらないのも事実。
父親の罪のせいで、針のむしろ状態ながら、どこかに隠棲させるわけにもいかないのがスタルッカ軍曹。
何せ彼は元伯爵家の嫡男にして海軍中将。国家上層部の情報を多数所有している。
それでいながら現在は庶民で孤立無援気味。
こんなヤツ、人里離れたところにおいてたら、他国の諜報員に誘拐されてしまう。
情報を所有していながら落ちぶれているというのは、すごい狙い目だからね。
では監禁して誘拐されないように厳重な警備体制を整える……そんな余剰人員など我が国には存在しない!
敵の手に落ちたら、もしくは落ちそうになったら、処分命令が下される。敵に情報を吐く前に殺害しろということだ。
そんな恐れがあるのなら、殺害したほうがいいのでは? ……ほら、我が国軍人が足りていないので。処分と能力を天秤にかけた結果、能力が上回ったのでこうして陸軍に所属することになった ―― さすが攻略対象、優秀だ。
こういう訳ありの人員を回されるのは、個人的にはなかなかやり甲斐があるので嫌ではない。
声が生理的に嫌いでさえなければ
嫌なので話し掛けないなんてことはしない。むしろ積極的にコミュニケーションを取って、業務を円滑に進めなくてはならない。
教えることもいっぱいあるしねー。
ほらスタルッカって、二十八歳で中将だったので、下積み経験がないの。尉官スタートが下積み言うな! 言いたくなるのは分かる。士官候補生から少尉スタートしたわたしたちは、世間でいうところの下積みは経験していない立場だが、一応それでも基本的な仕事はしているのですよ。
例えば副官職。
スケジュール調整したり、手紙を代書したり、会議室借りたり、会議の議事録まとめたり、馬車を手配したり、ホテルや官舎、鉄道客室の予約……色々と雑務をこなすのですよ。
わたしも配属されたばかりの時は、当然右も左も分からず、同僚の副官が時間を割いて教えてくれました……シュテルンからはなにも習わなかったが。
そうやって業務の流れについては、あらかた理解できるようになった。
……が、当然スタルッカ軍曹はそんな経験などしていない。
ガイドリクス陛下なみの出世速度で出世してたからなー。
軍に在籍して三年くらいで大佐に昇進ですからねー。意味分からんよ。いや王族は名誉職的な面もあるから分かるが、伯爵じゃないか。
もちろん伯爵なんてわたしたち庶民からしたら雲の上の人ですが、でも伯爵ですからね。王族とは全く違うからね。
王族よりは当然劣るが、銀の匙をくわえて生まれてきた伯爵家の嫡男が、会議室を借りるためには申請しなくてはならないとか、書類を複製する場合、手書き複製かそれとも輪転印刷機にかけるのか……なんてことは分からないだろう。
今回の親衛隊員書類選考のために第三会議室を借りたが、この手はずを整えてくれたのはヴェルナー大佐の副官オクサラ中尉。
当初はスタルッカ軍曹が命じられたのだが、どの会議室が空いているのか? それを確認する術すら知らなかったので、オクサラ中尉が整えてくれた。
会議に出席していても、会議準備の流れは知らないよね。あと後片付けも。
書類選考は明日の午前で終わり、親衛隊員候補たちに招集をかけ、一週間後には試験を行う。それらの手配 ―― 各地から集めるので、通達から交通手段の確保、宿も用意しなくてはならないし、さらには試験会場の手配に試験官の用意も。
細々したことは総務に任せるのだが、指示を出さなくてはならない。
それらをスタルッカ軍曹に教えながらこなす。
彼は攻略対象だったんだ。高スペックで有能だろうから、一度で覚えてくれるだろう。知らないことは覚えればいいさ。やる気がある人は大歓迎だ。
わたしも教えるのは吝かではない。
声が生理的に嫌いでさえなければ
声さえ! 声さえ! 音声OFFが許されないのであれば、副音声でもいい。いやテキストでいいんだ! ……現実逃避しても仕方ないのは分かっているんですけれど。
そんなことを思いながらスタルッカ軍曹に教えながら、諸々の手はずを整え「説明会」というものの前日 ―― なんの説明会なのか全く分からないのですが、キース中将は出席なさるので、わたしも同行することになっています。
その説明会の前日、キース中将から閣下の所へ出向くよう言い付かり、内心浮かれながら閣下がいらっしゃるベルバリアス宮殿へ。
あ、もちろんスタルッカ軍曹も一緒です。
キース中将からは「慣れないだろうが、とにかく連れて歩いて慣れろ。俺も最初は鬱陶しかった」なる含蓄に富んだお言葉を。
閣下の執務室までの長い道のり ―― 「キース中将より命じられて参りました」と衛兵に三回ほど告げ、通してもらい、やっとのことで執務室へ。
秘書官四名に衛兵八名が、全然ひしめいていない、大きな執務室へと足を踏み入れた。
「自由時間とする。クローヴィス大尉、副官を連れ付いてくるがいい」
執務室の隣の部屋へと連れていかれた。
ちなみに自由時間と言われた彼らだが、仕事の手を休めるような素振りはなかった。さすが閣下の秘書官。職務に忠実だ。
ここは宮殿なので廊下がなく、部屋から部屋へという作りもままある。執務室から続く部屋もその作りで、三部屋ほど続いている。
その部屋は廊下に面している作り。
執務室のすぐ隣りの部屋には、美味しそうな匂いが漂っていた。
「スタルッカはここで料理を完食しソファーで睡眠を取れ」
閣下にそのように命じられたスタルッカ軍曹は、無言で頭を下げて従った。
わたしは一部屋越えて廊下に続く三部屋目に。
ソファーに腰を下ろすと、執事のベルナルドさんがやってきて、丁寧な挨拶をしてくれ、お茶を淹れケーキを置いて去っていった。
「しばらくわたしがここに滞在するので、あれも来ているのだ」
「なるほど。そうなのですね」
閣下に忠実な御方なのだろうなあ。
「別に忠実なわけではない。わたしの側にいたほうが面白いからというのもあるが、城の家令が厳しいので逃げてきた」
さすが閣下。わたしの心などお見通しである。
「家令の方、厳しいのですか」
家令は大体執事が兼任しているものらしいが、閣下のお屋敷には家令もいるのか。
「王子であり聖職者であるベルナルドを、簡単に見破ることができない程の執事に仕立てあげたのだから、厳しいのであろうな」
……王子で司祭さまな御方ですら手加減してもらえなかったのか。
「大尉。謝らなくてはならないことがある」
閣下の前なのでちょっと行儀よく、ナイフとフォークでフィナンシェを口へと運んでいたら、唐突に閣下が謝罪……?
「はい?」
なにかされた覚えなど、ないのですが。
「ウィルバシー・スタルッカのことだ」
「あ……いえ」
個人的にはボイスOFF切望な副官ですが、それ以外は文句の付けようがない優秀な人です。実家のせいで扱いは少々厄介なものの、それを補い上回るほど使い道がありますので。
「大尉、あの男は嫌いであろう?」
「ぶっ……」
バレてる! 閣下の執務室に入った時から、気取られないように振る舞ったつもりなのに!
「あ、あの……」
「わたしは、大尉がウィルバシー・スタルッカを嫌っていると聞いていながら配置したのだ」
「え、あの……」
な、な、なんでバレてるの! そんな露骨に態度に出てた? だとしたら、社会人として失格過ぎるだろ!
「大尉がウィルバシー・スタルッカを嫌っていることを、ウィルバシー・スタルッカ本人は気付いていない。むしろ大尉が部下として扱ってくれることを、神に感謝しているほどだ」
「え?」
ちょっ! 閣下! 会話中「ボイスOFF! ボイスOFF!」と内心で絶叫している身としては、それはそれで心が痛むのですが!
「修道院内にもわたしの手の者がいるのでな。ウィルバシー・スタルッカに話し掛け、職場のことをうまく聞き出している。その中で、大尉に対して良い感情を持っていることが分かったのだ」
「そうでしたか」
スタルッカにバレていないのは良かったのですが、閣下に知られているのは恥ずかしい!
「大尉。わたしは狭量な男なので、大尉が絶対に好意をいだかない男しか、側に近づけたくないのだ。大尉が少しでも好意をいだくような男を副官になど任じたくはない」
「……!」
「大雑把な分類だが、嫌いにも二種類ある。好意に転じる類いの嫌いと、決して好意に転じぬ嫌い。大尉にとってウィルバシー・スタルッカは後者……と聞いた」
ん? そう言えば先ほどから閣下は「聞いた」って仰ってる。
誰から聞かれたのかな?
「あの、誰からお聞きに?」
「フランシス・ヴァン・テサジーク。史料編纂室室長だ」
「……」
「大尉が初めてウィルバシー・スタルッカと会話を交わしたのは、冬のクーデター未遂、厳戒態勢下時のことであったな。中央駅でエクロースの不正の証拠を渡され、ノア・オルソンとウィルバシー・スタルッカの身柄を保護し中央司令部へと連れ帰り、証拠をフランシスに手渡したであろう。あの時フランシスが気付いた」
ああああ! あの時、誤魔化そうなんて思ってなかったし! 気を付けて行動していたとしても、きっとバレてたにちがいない。しつちょぉぉぉぉ! しーつーちょー!




