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【099】隊長、副官が配属される

 礼服の代金は品物と交換で ―― 

 採寸を終え注文書を手に、キース中将の執務室へと戻る。


「イヴ・クローヴィス戻りました」


 ドアをノックし、大きな声で戻ったことを告げる。入室許可が出るまでは、ドアを開けてはいけない。


「入れ」

「入室します」


 ドアを開けて一礼し顔を上げると、キース中将とヴェルナー大佐がいた……ヴェルナー大佐、どうなさったんですかその顔。

 左目の辺りにドーナツ状の痣。痣の色からいって、前日辺りに付けられたものですよね。

 もしかして血気盛んなロスカネフの(アーダルベルト)総司令官(・キース)の仕業でしょうか?


「クローヴィス。隊員候補の書類が集まった。第三会議室に運ばせた。選定作業に入るぞ」

「クローヴィス、第三会議室にはお前の副官もいる。精々こき使ってやれ」


 書類届くの速いなあ。


「キース閣下。書類をここに置かせていただきたいのですが」


 注文書を部屋の隅に置く許可を貰った。

 まあ注文書を見られ「サーベルの長さな……ああ……それはそうだろうな……」と二人に頭から足先まで二度見されましたけどね。


「クローヴィス、昨日の礼だ」


 キース中将の机に乗っている、大きめなダークレッドの紙袋をヴェルナー大佐から手渡された。

 箔押しの模様から、首都でもっとも高級なホテルのものだと分かりますが……なんでしょう?


「礼……ですか?」


 礼をされるようなことはしていないのですが、貰わないのは失礼ですので、ありがたく受け取ります。

 ちらりと紙袋の中をうかがうと、どうもお菓子のようです。


「菓子ですか?」


 高級ホテル内の喫茶室でだされる菓子は、注文すれば買える。もちろんお高いし、コネがないと無理ですけどね。コネも金もある大病院院長の息子エサイアスがそう言ってた。


「ああ。最近流行のマカロンだ。クローヴィスの口に合うかどうかは分からんが、評判の菓子らしい」

「マカロン!」


 マカロンがあるとは聞いてる。ホテルのアフタヌーンで提供されているらしいって、聞いたことある! この世界で初めて食べるマカロンだ!

 ヴェルナー大佐の痣の目立つ目元が少し緩んだ。


「好みのようだな」

「あ、はい! ありがとうございます!」

「買いに行った甲斐があったというものだ」

「え……」


 ヴェルナー大佐が足を運んで買ってきたんですか? 部下に任せれば……とは言いませんが、顔に痣のある大佐がマカロン大量購入とか、なんかこう……まあ、いいや!

 マカロンもキース中将の部屋に置かせてもらい、ヴェルナー大佐と共に第三会議室へと向かう。

 廊下でおもわず痣について尋ねたら、


アデル(キース)に殴られた。それは構わねえ」


 やっぱりー! 血気盛んなロスカネフの(アーダルベルト)総司令官(・キース)でした!


「あの……」

「全面的に俺が悪いから黙って殴られた。そうでなけりゃ今頃アデル(キース)の顔も半分は腫れ上がってる。俺が黙って殴られるような男に見えるか? クローヴィス」


 階級関係なしに殴りかかりそうな感じはします。実際はそんなことしないのでしょうが……でもしそう。なにこの矛盾した気持ち。


「いいえ」


 話をしながら歩いていると、廊下がちょっとざわついていた。

 各所のドアが開き、顔を出している者たちがいる。彼らは一様に第三会議室のほうを向いている。

 ん? なんだ?


「なにをしている。職務に戻れ! この給料泥棒どもが!」


 第三会議室を見ていた職員たちは、ヴェルナー大佐の怒鳴り声に驚き、一斉にドアを閉めて職務へと戻った。

 彼らの視線の先にいたのは、ヴェルナー大佐の副官と……あっ! これはみんなチラチラしますわ。興味を持つなというほうが無理ってもんです。


「準備は整っております大佐」

「当たり前だ」


 副官にそう言い、第三会議室へ。副官ともう一人も一緒に ――

 室内には山ほどとは言えない程度の紙の束。そして副官が施錠する。


「クローヴィス大尉。それ(・・)の辞令と、主席宰相(リリエンタール)からの補足説明だ」


 ヴェルナー大佐から手渡された辞令書に目を通し、百合と双頭の鷲が箔押しされ、R.V.Lのモノグラムで蝋封された封筒を開き補足説明を読む。

 閣下が仰ることはごもっともです。この職業軍人不足が叫ばれる昨今、使わない手はありません。

 ええ、閣下のご決断です。一分の隙も無駄もなければ、これ以上有用な使い道もありません。


「四日後の説明会(・・・)で大尉が持っているこの野郎(・・・・)への疑念は晴れるだろう。それまで色々と思う所はあるだろうが、我慢してくれ」


 ヴェルナー大佐もそう言うよね。うん、分かってます。こいつ(・・・)は無罪だったんだろう。そうでなければ、キース中将の親衛隊隊長の副官職になんて抜擢されないのは分かります。

 いや、皆さんのことは信じております。ええ! こいつ(・・・)が有能なのは前世(・・)から知っておりますとも!


「不肖の身ではありますが、クローヴィス大尉の副官を精一杯務めさせていただきます、ウィルバシー・スタルッカ軍曹であります。元の名はウィルバシー・ヴァン・エクロース。犯罪者エクロース伯爵の息子であります」


 …………ボイスOFF! ボイスをOFFにしてくれ! 嗚呼ここはゲームじゃなくて現実なのね……知ってますけどね! 知ってますけれど! ボイスOFF!

 生理的に我慢できない声が! 世界で一番嫌いな声の持ち主が副官に! よりによってウィルバシーがわたしの副官!


 閣下! あの……ああああああ! 閣下ぁぁぁぁ!


「ウィルバシー・スタルッカ……か」

「エクロース家が取り潰されましたので」


 父であるエクロース元海軍長官の不正発覚により、ウィルバシーは巻き添え食らって海軍を不名誉除隊(ちょうかいめんしょく)された。

 さらに故エクロース海軍長官はその立場を悪用し不正蓄財、さらには脱税も行っており、追徴課税と不正蓄財没収により財産は八割ちかく国に没収される。

 極めつけは国家を危険に晒したということで、貴族籍も剥奪されることに ―― その事件はアレですよ、故エクロース長官がセシリア(エミール)()プルックの弟(ヤグディン)と思しき人物に殺害された事件。

 裏はあるのでしょうが、拘置所から脱走し亡命先を求めて殺害された故エクロース長官。脱走亡命だけでも大問題ですが、国王の即位間近で、外交関係の人間が大勢いる迎賓館でもあるベルバリアス宮殿で、エヴゲーニー(レオニード)スヴィーニン(ピヴォヴァロフ)特務大使が身柄を引き取りにやって来た人物に殺害されるという、迷惑極まりない行動を取ったことも批判された。

 特務大使が身柄を引き取りにきたが「犯罪者なので返せません」と突っぱねなくてはならない我が国のぴりぴり感、分かる? 下手な交渉したら、開戦ですよ。

 じゃあ返せばいいじゃない? 我が国の人間だけなら何とか丸め込めますが、外国の要人がいる目の前での凶行ですよ。そこで「怖いから言いなりになります」するわけにいかないんですよ。

 国家としての矜持が掛かってるんで。

 おそらく閣下がエヴゲーニー(レオニード)スヴィーニン(ピヴォヴァロフ)と交渉し、身柄引き渡しを阻止することができたのでしょうが、危険極まりない状況でした。

 黙って拘置所にいろ! なんならそこで縊ってくれ! と思うのは、当然のことなのだ。そしてその危険をもたらした人物の息子にも怒りの矛先が向かうのは仕方のないこと。

 親の罪は子供には関係ないとかそういうレベルじゃないから。

 親の失態で国家存亡の危機になって「子供は無関係」とか、余程の脳内お花畑だ。

 それらの国民感情を抑えるために、ウィルバシーは貴族籍を剥奪されるという、重い処罰を下された。さらに周知するために、それは新聞に掲載された。


「妻はそれでも支えてくれると言ってくれましたが、貴族の姫として育った妻に使用人が一人もいない生活は無理です。そこで主席宰相(リリエンタール)閣下にお頼みし、離婚、そして実家に送り返してもらいました。本来ならば妻の実家にわたしが出向かなければならないのですが、国外に出る権利も失っておりますので」


 残った二割の財産は使用人に賃金を上乗せで支払い ―― 紹介状出せないし、紹介状書いたとしてもかえって不利になるしということで、その分金を積んだらしい。そして残りの半額は妻と閣下へ。

 妻へはもちろん慰謝料で、閣下に支払ったのは、妻を実家へと送り届けてもらう他、後片付けも手伝ってもらったからとのこと。


「家名を取り戻そうなどとは思っておりません。自らの名誉も必要ありません。ただ国家のために働かせていただきたいのであります。犯罪者の子であることは承知であります、クローヴィス大尉にご迷惑をおかけすることも分かっておりますが、なにとぞ!」


 親の不正を曝くために殺されかけたくらいには、まっすぐな男なんだもんな。攻略対象としてももう脱落しているし……なにより、辞令が交付されているのだから。


「キース中将閣下が直々に任命し、リリエンタール閣下からも罪人ではないという証明もいただいているのだから、副官を務めてもらわなければ、わたしが困る。頼むぞウィルバシー・スタルッカ」

「はい、隊長!」


 声さえなければ! 声が、声が! なんでお前はその声なんだよー!


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