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【001】少尉、記憶を取り戻す

 身分の低い少女が持ち前の性格と努力と元気と美貌で、高位で優秀で格好良い男を捕まえて幸せになりました。その直前に断罪シーンが入るのは乙女ゲームのお約束。

 むしろ断罪シーンのない乙女ゲームなど、気の抜けた炭酸以下。ネットの評価は☆1確定だろう。


 お約束、いわゆる王道はいいよ。ざまぁだって構わないさ。自分の身に危害が及ばない限りという但し書きがつくけれど。


 わたし、イヴ・クローヴィスは生前プレイしたことのある、乙女ゲームの世界に転生したようだ――もちろんモブもモブ、一切登場しない、風景以下の存在。

 そんなモブでありながら、巻き添えでざまぁを食らうのが、この乙女ゲーム。


 このゲームの舞台はなんちゃって近代ヨーロッパ風。

 騎馬兵がいて蒸気機関車が走り、馬車の車体によく似た車とか、大砲とか鉄砲があって擲弾兵がいて、魔女とか怪僧とか吸血鬼なんて存在を人々は恐がり、楽しむ。

 もちろん貴族は存在し、断頭台に消えた国の王妃さまが着ていたようなドレスを身につけ、夜会やお茶会、サロンはいつも開かれている。


 わたしは一介の平民で、士官学校へと進み軍人となった。この世界では女性軍人は珍しいものではない。この辺りがなんちゃって近代ヨーロッパ風だと、わたしが判断したところ。

 わたしはガイドリクス大将の第三副官として、それなりな毎日を送っていたのだが――”いま”唐突に記憶が戻り、ここが乙女ゲームの世界だと気付いた。


 切欠はガイドリクス大将に同行し王立学習院へと足を運んだこと。先代王弟でもあるガイドリクス大将は、王立学習院の理事長をも務めている。

 軍の重鎮なので普段は副理事長に任せているが、たまに顔を出していた。

 わたしはその「たまたま」に同行することになり、王立学習院を初めて訪れる。王立学習院は貴族の子女の学舎で、平民には縁遠いところなのだ。

 ガイドリクス大将はよくご存じのようで、見学してきてもいいと言われたので、お言葉に甘えて学園を見て回った。

 そこでヒロインと遭遇する。

 自分から声をかけたわけでもない。平民なので貴族に声を掛けることはできないし、掛ける趣味もない。

 ふわりとした亜麻色のセミロング。オレンジ色の大きな瞳。小さく可愛らしい唇。軍人のわたしと比べてはいけないような華奢な体付き。それらを学習院の紺色の制服が包み込み、可愛らしい雰囲気を醸し出していた。


「わたし、イーナ・ヴァン・フロゲッセル。初めまして、軍人さん」

「クローヴィス少尉であります」

「イーナと呼んで下さい」

「畏まりました」


 誰が呼ぶか!

 貴族トラップを華麗に回避したわたし。自分を褒めたかったね。


「ガイドリクスさま、いらっしゃってるのかしら?」

「はい」

「教えてくれてありがとう、クローヴィス少尉」


 膝丈ほどのプリーツスカートを揺らし、駆け出していった彼女の後ろ姿を見送り――


「なんだろう、違和感というか、なんというか……」


 正体の分からぬ違和感を覚え、イーナ・ヴァン・フロゲッセルの姿が見えなくなった廊下をしばし眺めていた。


「気のせいか」


 理事長室前には衛兵がいるので、気にせずわたしは学内を見て回った。

 だがあまり遅くなっても駄目だろうと、途中で見学を切り上げて戻ると、ガイドリクス大将と先ほど見かけたイーナ・ヴァン・フロゲッセルが、理事長室から見える庭のガゼボでお茶をしていた。

 席には我が国の女王の婚約者である公爵子息や、宰相の甥、財務長官の息子、海軍長官の息子など、そうそうたるメンバーが一堂に会していた。

 解せぬ――一目見た時の感想はその一言。

 上官を含めどいつもこいつも、イーナ・ヴァン・フロゲッセルと非常に親しげ。その態度はやや度が過ぎているように見て取れた。

 女王の婚約者が取る態度ではないし、宰相の甥や財務長官の息子にだって、貴族令嬢の婚約者がいる。海軍長官の息子とガイドリクス大将にいたっては妻帯者。そんな男たちが一人の少女に侍る姿は異様。


「スチル……っ!」


 その状況を見ていると、無意識のうちにスチルと呟いてしまい、同時にわたしはここがプレイしたことのある乙女ゲームの世界だと気付き、一気に情報が脳内にわき出てきた。

 目の前にいる男たちは、ヒロインと恋に落ち、婚約破棄や離婚を経て幸せになる――ヒロインの名前を聞いた時に思い出せなかったのは、この乙女ゲームヒロインにはデフォルトネームがないため。



――ちょっと待て! これは逆ハールート確定スチル!



 あふれ出す記憶に頭痛を覚えていたわたしは、目の前の光景に絶望を覚えた。

 乙女ゲームらしく逆ハールートが存在するのだが、このルートに進まれると、我が国は隣国に攻められ、女王が殺害されてしまうのだ。


 恋愛とざまぁを極限まで突っ込んだら、こうなったんだろうが、我が国が攻められる理由は「ヒロインを虐めたから」…………ないないないない! あり得ないだろ! たしかに虐めは悪いが、ヒロインが虐められた理由は、女王の婚約者にちょっかい出したため。

 虐められたことで少しは自省しろや! と、ゲームをプレイしている時すら思った。

 もちろんヒロインは自省などせず、公爵子息の心を癒やし、呆れるほどの勢いで距離を縮めていき、ついに見方によっては「あついよる」を過ごしたというか「さくばんはおたのしみでしたね」と言いたくなるようなスチルとなる。


 女王陛下がお怒りになるのは、当然のことだし、貴族の子女がヒロインを虐めるのは当然というか……女王が指示を出したとしても、仕方ないことなんじゃないかな。むしろ処刑を命じなかっただけ優しいというか、その優しさが仇となったというか。


 問題は女王の婚約者である公爵子息セイクリッド、彼の母親は逆ハーエンドを迎えると我が国に攻めてくる隣国の王女。

 この血筋のため、セイクリッドは隣国の王位継承権を持ち、それを我が国に取り込むための政略結婚。

 隣国としてもセイクリッドの血が我が国に流れれば……という思惑がある。

 所謂ガチガチの政略結婚で、婚約破棄なんて通常ならば言い出せないレベルの婚約。


 逆ハールートは、隣国の王族が事故により死に絶えてしまったので、セイクリッドを王として迎える。

 セイクリッドはヒロインと攻略対象たちを連れ隣国へ。即位すると「女王がヒロインを虐めた罪(笑)」で我が国に攻め入る。

 これ本当だからな。

 ゲームだから許されるけど、攻められた方はこんな理由、泣くしかない。

 セイクリッドに従った逆ハーメンバーの陸軍総司令ガイドリクス大将と海軍長官の息子ウィルバシー中将。この二人は我が軍の二支柱。ゲーム内では戦況は特に語られなかったが、この二人が敵ともなれば、我が国があっけなく敗北したのは、簡単に予想できる。

 我が国は敗北し、女王はかつての婚約者セイクリッドにより処刑され、我が国は女王の叔父ガイドリクス大将を王として迎えることになる。

 ヒロインはどうなったのか?

 逆ハールートだから、幸せになったんじゃない? 

 覚えているエンディングは悪が滅んで、みんな幸せ! だった。

 そんなことより、ガイドリクス大将。

 平民にも分け隔てなく接してくれる、良い上官だと思っていたので、ショックだ。

 ショックを受けているとお茶会が終了し、ヒロイン・イーナが全員とハグ、そして唇へとキスをしている。この逆ハールート決定感。我が国は滅び……



 ふ ざ け ん な !



 公爵子息(セイクリッド)宰相の甥(ロルバス)財務長官の息子(アルバンタイン)はどうでもいい!

 ガイドリクス! ウィルバシー! 貴様等、軍人になった時、国と王に忠誠誓っただろうが!

 去年、若くして父王を亡くした女王を支えるって、宣言してたじゃないか、ガイドリクス!

 くっそー! 貴様等がそのつもりなら、このわたしが! ……全く勝てる気がしない。士官学校も普通の成績で卒業した平民であるわたしになにが出来るというのだ!

 いや、だが諦めない。

 わたしは王と国に忠誠を誓ったんだ。

 浮気性の裏切り者どもから、女王と故国を救うのは軍人の使命。王国陸軍少尉、イヴ・クローヴィス二十三歳。


 我が国の滅亡を、絶対に阻止してみせる!


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