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第三話 除霊

昼食後、空きコマだった僕は授業がある健太郎と別れて、第三講義棟の四階にある空き教室にいた。

 誰にも話を聞かれないよう、教室に入ってすぐに扉に鍵をかける。


「やっと私の相手をしてくれる気になったんですか」


 僕以外に誰も居ない教室から女の子の声が響いた。

 正確には、僕以外に生身の人間が誰も居ない教室。

 そこにいたのは、半透明の幽霊少女だった。


「ほんとは飽きるまで無視するつもりだったんだけどね。このまま僕の大学生活を邪魔されたんじゃ溜まったものじゃないからさ」


「じゃあ、付き合ってくれるのね。私の遺体探しに」


 幽霊の少女は笑顔を咲かせて嬉しそうにそう言った。

 初めて会った時もそうなのだが、この幽霊は遺体を探すということに相当な執着があるようだ。

 そんなめんどくさい事情を抱えた幽霊に関わる気は、僕には一切なかった。


「いや、強引で悪いけど、君には成仏してもらう」


 僕はそう言ってカバンに忍ばせていた日本酒の二合瓶を取り出しできるだけ広く教室に撒いた。一瞬にして幽霊少女の顔が曇る。


「これは一体」


「この教室を清めた」


「何のためにですか?」


 幽霊の問いには答えず僕はカバンからさらに水の入ったペットボトルと裁縫用の針、一枚の半紙を取り出した。半紙には筆で宮野琢磨と書いている。


「このペットボトルには塩水が入っている。塩に清めの効果が秘められているのは知ってるか?

 昔から、塩水で洗ったものは清められ、悪しきものと切りはなされるとされている。とても簡単な除霊の方法さ。

 親戚に除霊を生業にしている人がいてね、僕には才能があるって言って小さい頃からいろいろと仕込まれたんだ」


 塩水の入ったペットボトルを開け、机に置く。

 そして手早く針で左手の親指の腹を吐いた。

 ぷく、と指に開いた穴から血があふれ出てくる。

 その血を右手の親指に塗り、さっき取り出した半紙の名前の下に押し付ける。

必要なのは、清められた空間。除霊対象の名前と新鮮な血液、海よりも濃い濃度の塩水。

 準備は整った。


「強引な方法だから少し苦しいかも。でも大丈夫、すぐに終わる」


 僕は名前と血判のついた半紙を丸め幽霊の彼女めがけて放った。

 半紙は、他の物体と同じように彼女の半透明な体に当たることなく通り過ぎた。そして、彼女の体のちょうど中心を通る瞬間、半紙は突然青白い光を上げて燃え上がった。

 幽霊の顔が少し驚きの色を帯びる。


「せめて安らかに」


 僕は最後の仕上げに塩水が入ったペットボトルを燃え上がる半紙めがけて掛けた。

 これで除霊の儀式は終了だ。

 彼女の体が、さらに薄くなっていく。


「やっぱり、ただ私のことを見えるだけじゃないんですね。

 でも、まさか除霊されてしまうなんて予想外でした」


 幽霊はこの状況に置かれても大しておびえた様子も憤っている様子もなかった。ただ純粋に除霊の儀式を珍しそうに眺めていた。そこには、この数日間僕に迫ってきた時の様子はみじんも感じない。

 あまりにも違和感のあるその態度に、僕は思わず問いかけていた。


「君は、その、怒らないの。僕に勝手に成仏させられているのに」


 すると彼女はおかしそうに笑った。


「少しびっくりはしました。けれど、あなたがただ者ではないと知れた喜びの方が大きいです。これまで、霊感のある人が私のことを見つけてくれたことは何度かありました。けれど、ただ霊感のある人には私の願いは叶えられません。あなたのような特別な力を持った人を待っていたんです」


 そういう彼女の表情はとても今から成仏する幽霊のものとは思えない。

 そして、彼女が消える前、最後に残した言葉に僕の心拍数が急上昇した。


「私の名前、まだ教えていませんでしたね。私はミコといいます。

 ちゃんと覚えておいてくださいね。またすぐに会うことになりますから」




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