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第一話 入学式



「付き合ってください」


 大学の入学式のあと、初対面少女が僕の目をまっすぐに見つめてそう言った

 この状況だけを伝えれば、僕が入学初日に女の子を手玉に取ったいけ好かないモテ男のように見えるだろうが、実はそうではない。

 その証拠に、少女はもう一度念を押すように言い直した。


「お願いです。私の遺体探しに付き合ってください」


 そう懇願する少女の体を、入学式を終えたばかりのスーツの青年が通り抜けていった。

 彼女の姿は僕以外には見えていなかった。



 宮野琢磨。

僕は幼いころから、人には見えないものが見えてしまう質だった。

 そのせいで苦労もしてきた。

 母方の祖先に歴史的に有名な陰陽師だか霊媒師だかがいるという話で、同じようなものが見える人は親戚に何人かいた。

 十歳を過ぎるころにはどうしようもないことだと割り切れた。

 だから、柳の下に着物を着た青白い顔の女性を見ても、冬に蛍のように宙を舞う謎の光の玉を見ても、大して驚いた記憶がない。ちょうど、道端で野良犬とすれ違う時の感情と似ている。

 野良犬が道端を歩いていると、突然飛び掛かってくるのではないかという若干の恐怖心をもって目を向ける。犬の方も視線を感じるのか、けだるげにこちらを見やる。そして、ほとんどの場合はこちらには興味がないというようにそっぽを向くと明後日の方向へ歩いていく。

 人ならざるものにも同じことが言える。俗説のように、人に悪さをしようとするものはごく少数で大半はただそこにいるだけ。目的も無く佇んでいる。

 

 だから、今回もそうなんだと思っていた。


 地元を離れ、地方の公立大学へ進学したのは、知り合いのいない土地で人生をやり直したかったから。

 また、家族旅行のときに、人には見えないものが少ない土地だということが分かっていたから。

 見えないものが見えるがために損しかなかった人生だったので、そう言ったものを一回精算したいという思いで進学した。


 だから、入学式の会場で彼女を見つけたときも、いつものように悪気なく無視をするつもりでいた。

 それなのに。


「聞こえていないのですか?

 そんなはずはないですよね。あなたに私の姿が見えているのは分かっているんですからね」


 怒ったように、彼女は僕の顔を下からのぞき込む。

 といっても、中学生のような背丈のせいで下からのぞき込むことしかできないのだが。

 僕は返事を保留し、彼女の体をもう一度観察した。

 白のワンピースを身に纏い、他には何も身に付けていない。靴も履いておらず素足のまま。不自然に白い肌と、吸い込まれるような大きくて黒い瞳が印象的だ。髪の毛は、女の子にしては短く切りそろえられている。

 少し不健康だが半透明であること以外は生身の人間と大差ない。

 年齢は、四つ下の妹と同じか少し幼いぐらいの印象。

 これらの特徴から、成仏できなかった霊であることは十中八九間違いないだろう。

 現世に未練を残した霊と関わるとろくなことがない、と叔父さんが言っていた。

 触らぬ神に祟りなし、君主危うきに近寄らず、先人もそう言った言葉を残しているのだし、ここは無視するのが吉だろう。

 なんせ、今日は大学の入学式なのだ。

 今、キャンパスの至る所で部活やサークル、委員会の勧誘活動が行われている。

 ここでどのような人間関係を築くかが、今後の大学生活の豊かさを左右するといっても過言ではない。

 幽霊にかまっている時間は一秒たりともないのである。


「ちょっと、どこに行くんですか!

 話は終わってないですよ!待って、待ってくださいってば」


 彼女は慌てて僕の腕をつかもうとした。しかし、彼女は幽霊。実体を持たない存在。

 僕は二の腕のあたりに氷を押し付けられたような冷気を感じながら、ビラを配る在校生たちの列へと進んだ。



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