第二十一話 やがて運命は交差する
え、マジで?
…………。
……マジで?
「悠久の時を白き世界の中で——」
「アリスストップ! もう降参されたから!」
降参宣言に構わずに詠唱してるアリスを大急ぎで止める。っていうか、何気に使おうとしてる魔法が半端ないんですけど!
「で、どういうことなんだ? 本気でもう終わりなのか?」
魔力溜めてたアリスに若干怯えてるギルマスに確認する。
正直拍子抜けどころの話じゃないんだけど。
「勿論、これでお前さんらは合格じゃ。そもそも、単独でSランクのモンスターを軽く倒せる人間相手に試験など無意味じゃろう」
「当然だ。我が主の力を貴様如きに測れるわけがない」
まあ、神だしな。
いや、もしかしたらそんな俺達と戦えるくらい強いんじゃないかって期待したんだけども。……もしそんな強かったら、そもそも緊急依頼なんて必要ないか。
何となく微妙な気分になってる俺に、ギルマスが畳みかける。
「今の試験はただのポーズじゃ。他のギルドを納得させるための、のう」
あー、うん、なるほどね。確かに、条件有るんならそれを無視するわけにはいかないもんね。
いや、良いと思うよ? そうしなきゃ不味かったんだろうし。
たださ。さっきの俺のワクワクした気持ちどうしてくれんの? 何? 返してくれんの?
「じゃあ、もう終わりで帰っていいのか?」
「ああ、今ランクを上げる手続きをやっておるから、五分くらいしたら帰っても良い」
五分ね。今まではそんなに時間かかんなかったけど、やっぱりSランクともなると色々と手続きが面倒になるのかな。
消化不良のまま一回に戻ると、大勢の冒険者たちが待ち伏せていて、質問攻めにあった。
「なあなあ、結果どうだったんだ? 合格したのか?」
「当然だ。我が主とレイ様に敗北などある訳がないだろう」
うん。勝手にハードル上げるの止めようね、アリス。
……もうなんか、アリスに超常的な信仰されるの慣れてきた感があるな。いいことなのか悪いことなのかはさておき、ある意味で親密度は上がった気がする。
「ギルマスってやっぱり強かったか?」
「んー? えーっとね、すぐにこ――」
「いやー、達人ではあったけど、アリスの魔法で拘束してからは楽に勝てたから、相性の問題もあるけど微妙かな。な、アリス?」
下手なことを口走りそうになったレイの口を塞いで、ギルマスのフォローをする。
あまりギルマスの評判を下げずに、それでいて試験がすぐに終わったことへの説明を付ける。完璧だな。
「……そうですね。あまり氷魔法への対策が練られていなかったように思えます。それを怠るようでは、強者であっても一流とは言えないでしょう」
お、アリスもしっかりと意を汲んで話に乗ってくれた。
やっぱり、アリスって俺に狂信捧げてくる以外はかなりの高スペックなんだよな。可愛いし、髪さらっさらだし、スタイルいいし、空気読むし、可愛いし、言うことは意外と素直に聞いてくれるし、母性溢れてるし、王女だし、可愛いし、色んなことに一生懸命だし、可愛いし。
「あははっ、氷魔法への対策って、伝説の魔法相手にそんなもの出来る訳ないじゃん」
「そりゃそうだろ。上位属性なんて使えるのは宮廷魔法士でも一握り、そして王級なんて使えるのはその中でも一人二人いるかどうかだ」
「そう考えると、いくら元Sランクだったとはいえ年取ったギルマスじゃ勝てるわけねえよな」
解説ありがとう。
でも、どうなんだろう。本当に防ぐ手段がなかったのか。
Sランクといえば、ギルドの切り札。将級上位の実力を持っていなければなることはできない。
その狭き門をくぐり抜けた選ばれし強者である人間が、極少数とはいえ使用できる人間がいる魔法に全く対策していないとは思えない。
ただ早く終わらせるために手を抜いただけなのかもな。まあ、こちらとしては、理由が何であれすぐに終わったのだから文句はないけど。
……でもやっぱ本気見たかったなぁ。
「神々之裁判様、手続きが完了しました。ギルドカードをお受け取りください」
受付嬢に呼ばれ、カードを返してもらった。
Sランクかぁ。自分のせいとはいえ、流石にこんなハイペースの昇格はやらかした感が尋常じゃない。
とりあえず用も済んだし、俺たちはギルドを後にした。
「貴方様、次はどこに向かうのでしょうか?」
「レストラン?」
キラキラした目でレイが見つめてくる。
っていうか、さっきも思ったけど、レイって食いしん坊キャラなんだな。レイは昨日生まれたばかりだし、まだ知らないことがたくさんある。これからもっと一緒にいて、見ていこう。
「レストランも行くけど、その前に教会に行こうと思ってな」
「教会、ですか? お知り合いが?」
「いや、知り合いってわけじゃないんだけど、フレデリックたちにボコボコにされた冒険者を治療しようかと思ってな」
この世界では、教会に病院が併設されているのである。
特にやることもないし、冒険者たちも、いくらなんでも少女にボコられたままじゃ可哀想だしな。
ただしグルタス、てめえはダメだ。
「じゃあ、着くまで昼に何食べるか考えよう」
「うんっ」
明るい跳ねるような声で、レイははしゃいでいる。っていうか、実際に跳ねてる。
「レイは何がいいんだ?」
「んー、レイは、おにくだったらなんでもいい!」
うん、アレだな。一番困るやつ。もうちょっと特定してくれると助かるんだけどなぁ。肉って範囲が広すぎるし。
いや、『今日の夕食は何がいい?』って聞いたら『何でもいい』と返された時の母親の気持ちを今初めて理解したよ。
「ママはなにたべたい〜?」
「私はレイ様と一緒に食べるなら何でも構いませんよ。例え残飯だとしても」
そう言いながら、アリスは繋いでいた手を離して、レイの頭を撫でた。レイはふにゅう〜とくすぐったそうにしながらも、抵抗はせずされるがままになっている。
その微笑ましい光景をじっと見つめていると、アリスは突然うろたえて慌てだした。
「い、いえ、その、レイ様だけでなく、当然貴方様と一緒でもこの上ない喜びでございます! むしろお二方となら生ゴミでも嬉しい所存です!」
「いや、普通のもの食べようぜ?」
時々思うんだけどさ、アリスが俺に従うのって、ただ単に力に怯えてるからとかじゃないよね? ね?
そんな他愛のない話をしながら、俺たちは病院に向かうのだった。
◆◆◆◆
——パンッ! パンッ!
窓も通気口もない密室の中で、乾いた音が響き渡っていた。
「うぅ〜、許して欲しいのじゃ……。主様ぁ……」
「だったら、いい加減に自分のやっていることを自覚して自制しろ。いいか、こうなっているのはお前のせいだぞ」
涙目で許しを乞う少女を、冷たく切り捨てる少年。
その部屋にいるのは二人だけであり、必然的に彼らがその音源ということになる。
「何度も! 言ったよな! 勝手な行動は許さない! しかもその上で暴力を振るう! いい加減許せる範囲を超えてるんだ!」
少年はその冷たい美貌に激情を露わにして、少女を威圧しながら叱責する。
——パンッ! パンッ!
彼が怒鳴り声をあげるたびに、一つ、また一つと音が響き、少女の悲鳴と共鳴する。
少女には、痛む臀部をさする余裕すら与えられず、ただただ泣きながら謝るのみ。
年端もいかない少女が瞳に涙をためている姿は、ある意味倒錯的ですらあったが、少年が手を緩めることはない。
その拷問のような時間が永遠に続くのかとすら思われたのだが、案外簡単に終わりは来た。
コンコン、というノックとともに、部屋の外から女性の声が入ってくる。
「マスター、入室してもよろしいでしょうか?」
「ああ、問題ない」
少年は、少女の尻を叩く手を一旦止めながら許可した。
「失礼します」
丁寧に内開きのドアを開け、恭しく礼をする女性。
「それで、何の用だ?」
少年——フレデリック・ウェストは、自らが生み出したホムンクルスの女性に問う。
「報告です。エバドンにて『四霊』が全滅しました」
「……そうか。分かった」
眉をひそめ、思考の海に落ちていくフレデリックを少女——シュミラはそっと窺うように見ている。
そんなシュミラの視線に気づき、フレデリックは溜息をついた。
「ハァ……、もういい。楽にしろ」
「本当か!? やったのじゃっ」
途端はしゃぎ出すシュミラ。余程今までの仕置が辛かったのだろう。
「シュミラ。貴方はもう少し自重しなさい。貴方の行動はマスターに迷惑をかけます」
ホムンクルスはシュミラを冷たい目で射抜いた。
シュミラは若干バツが悪そうにしながらも、口答えを始める。
「ぬぅ、良いではないか! 妾はただ、戦いを望んだ相手を倒しただけじゃぞ!」
「良い訳がないだろう。そもそもあの町で冒険者ギルドに行く予定はなかったんだ。それをわざわざ、お前が喧嘩を売りに行き、殆どの冒険者を再起不能にするなんて馬鹿をしたせいで、オレも出向かわなくてはいけなくなった」
思い出していくと先程の怒りが再燃したようで、フレデリックの顔はどんどんと歪んでいく。
「お前が誰にも何も言わずに勝手に抜け出した時点で、嫌な予感はしていたんだ。それを、流石にそろそろ学習しただろうと見逃してやったというのに、お前は……!」
段々ボルテージが上がっていくフレデリックの憤怒を感じ取り、シュミラは怯えながら縮こまった。
「大体マリアもマリアだ。何であんなことを許した。シュミラの管理はお前の仕事のはずだろう」
「マスター、あの時に監視はしなくて良いと言ったのは貴方です」
ホムンクルス——マリアが冷静に返すと、フレデリックは弱みを突かれたようで、舌打ちをしながら叱咤を止めた。
「とにかく、シュミラ。お前が勝手な行動をしたせいで俺が後始末をする羽目になったんだ。もう今後一切やらないと誓え」
「ぬぅ……分かったのじゃ……」
シュミラは落ち込み、うなだれる。
フレデリックは、そうまでして戦いたいのかと、若干戦慄した。
「しかし、マスター」
「何だ?」
戦闘狂の狂いっぷりに顔を引き攣らせていた彼に、マリアは疑問を投げかける。
「確かに立場上、貴方があそこで謝罪をすることは出来なかったのでしょうが、それにしてももう少しマシな解決法は無かったのですか?」
その話か、とフレデリックは頬を掻き一瞬悩む素振りを見せたが、思い切って口を開いた。
「オレに悪印象を持たれることを度外視すれば、最高の対処法だったと思うが」
怪訝な顔をしているマリアに、尚も説明を続ける。
「四霊を配置した四か所は、あの付近の主なモンスターの生息地。そこにあいつらを投入すれば、勝手にモンスターを全滅させてくれる。だから、上位の冒険者がいなくなったが、町への被害は零に等しく済んだ。四霊にはどれか一体が倒されるまで、それぞれのエリアを離れるな、と命令しておいたからな」
倒されたら倒されたで、そのレベルの冒険者がいるってことは町も安泰だろう、とフレデリックは続けた。
「それで、その四霊を倒した冒険者はどうだったんだ? 強かったのか?」
ようやく話の本題を思い出し、フレデリックはマリアに聞く。
その質問をずっと待っていたのか、彼女はあらかじめ用意していたような答えを言う。
「四霊討伐パーティ『神々之裁判』のリーダー相手に一度、難癖をこじつけて戦闘態勢に移行し、『電磁加速砲』を発射しましたが、無傷で受け止められました。肉体に当たる前に弾かれたので、結界系のスキルを使用した、と考えられます」
「結界……。アレを防げるなら、最低でも帝級か」
その人材、欲しいな。フレデリックは獰猛な笑みを浮かべ、引き入れるための方法を模索し始めた。
「そのリーダーの名前は何だ?」
「フェイト・ウィアートルです」
そのことを聞いた瞬間、今までの生き生きとした顔はなりをひそめ、彼は頭に手を当て溜息をついた。
「ウィアートル……公王家か……」
急に変化した態度にマリアは驚いたのか、首を傾げている。
「あー、マリア。そいつらはもう調べなくて良い」
「何故でしょうか?」
フレデリック眉間を揉み、口元を引きつらせながら、
「ウィアートル家、あの一族に関しては考えるだけ無駄だ。そういうものだと放置しておけ」
そして、今度はシュミラにも向けて忠告する。
「それと、絶対にそいつとその仲間には手を出すな。もし傷をつけでもしたら、いくらオレでも庇いきれなくなる」
「——ッ!? 了解しました」
主の珍しい、本気で何かに気を使う姿を見て驚愕しつつも、マリアは了承の意を示した。
「では、失礼します」
用は済んだらしく、マリアは『お仕置き部屋』と書かれた部屋から退室した。
フレデリックはそれを見送ってから、鋭い声を放った。
「シュミラ、何を勝手に帰ろうとしてるんだ?」
「っ! そ、それはじゃな……」
マリアに紛れて部屋を出ていこうとしていたシュミラは、その声にギギギと固まりながら振り返って止まった。
「も、もう『1週間毎日1時間尻叩きの刑』は終わったじゃろ!? ならば、帰っても良いではないか!」
「お前、マリアに忠告された時、反抗しただろ」
「うっ……」
その言葉にビクゥっと反応した。図星である。
「本当にもう終わらせてやろうと思ったのにな。お前が余計なことを言うから」
「い、いや、別にもう何もなしで良いのだぞ?」
再び瞳に涙を浮かべながらも、一縷の望みに賭けるシュミラ。
「駄目だ。罰を宣告する。お前は——今日から一カ月おやつ抜きだ」
「あ、あんまりなのじゃぁぁぁぁぁっ!!」




