第四話「体育」
今日の五時間目は体育だった。
男子は校庭でサッカー。クラスを二分にして、フルスペースで試合を行っている。
前述の通り僕は元陸上部で、走ること自体は苦手ではなかったが、だからといって運動神経が目を見張るほどいいわけではない。とかく、球技は苦手なのである。なので、この試合において僕は言うなれば足手まとい。ディフェンスを任されたのだが、その職務をほとんどまっとうできずに、さっきからずっとニワトリのようにボールを追いかけているだけである。
僕の方へドリブルしてくる、相手チームのサッカー部員。
僕は慌ててその行く手を阻んだが、簡単に横を抜かれてしまう。それでも必死に追いかけて、敵方のパスを何とか遮った。サッカー部相手にこれくらいなら、僕としては上出来だろう。
エリア外へポーンと弾かれ飛んでいくボール。
僕はそれをを取りにかけていった。
校舎の影まで飛んでいってしまい、一体どこまで飛んでいったのかときょろきょろ探していると、校舎脇の水のみ場へ迷い込んでいるのを発見。僕はそれをひょいと拾い上げ、そして――
――その横に体育座りしている生徒に気づいた。
壁に寄りかかっている、肩下まで伸びた黒髪を風に流している女子。上下ジャージ姿の夜ノ崎桐だった。
「あ、夜ノ崎さん、見学なの?」
「…………」
「具合悪いの? 風邪?」
「…………」
「そんなところに座って、暑くない?」
「…………」
何も答えない。どころか、僕を避けるように顔を背けている。
……確かに嫌いとは言われたが、何もしてないのにここまで無視されるとは。もう、どうしたらいいのか分からない。
と、
「お〜い、早くボールくれ!」
「あ、ゴメンゴメン」
コートの方から僕に手を振ってくるクラスメイト。
僕は慌ててボールを投げ返した。
ちらりと再度夜ノ崎さんの方を見ると、まだそっぽを向いている。もう、この人との会話は諦めよう――と、僕もコートの方へ駆け出そうとすると、
「あ、橘君」
軽快な女子の声が聞こえてきた。
振り返ると、体育館の窓から顔を出したメガネ娘。和束さんだった。
和束さんは口をにんまりとした笑顔を浮かべながら、
「どうしたの、橘君? こんなところで? サボり?」
「ち、違うよ。ボールを取りにきただけだよ」
「ボールないじゃん」
「投げ返した後なんだよ」
「ふ〜ん、ま、一応信じておくけど」
「……何でそんなに僕は信頼がないんだ?」
ふいに、僕と和束さんのやり取りの横で、夜ノ崎さんが立ち上がった。そして、この会話に辟易したかのように、すたすたと遠くへ歩き出す。
和束さんはそれを見やりながら、
「ま、桐はちょいと変わり者だからにゃあ。あんま気にしないで」
「う、うん……」
僕は声だけで答えた。
そんな僕を、和束さんはいぶかしむように眺めてきて、
「……う〜ん、前も思ったけど、橘君って感情を表に出さないよね?」
「……そう?」
「うん。桐に『嫌い』って言われた時も、あんまりリアクションとらなかったよね? ……もしかして、橘君って不感症? だとしたら、橘君の彼女になるのも考え物だにゃあ」
「いや、変なこと言うな。単に――――僕はそういう反射神経がないだけだよ。何も感じてないわけじゃない」
「そっか。……それでも、そういうのは気をつけた方がいいよ? 相手としたら、君が何を考えてるのか分からないんだから。こっちにしちゃあ、正直怖かったりもするもんだよ?」
「……へいへい。今後は気をつけます」
僕が肩をすくめながら答えてると、
「お〜い、早く戻れ〜!」
と、体育担当教師の声。
僕は肩をびくつかせつつ、
「じゃ、じゃあ、そういうことで」
と、いい気味だと言わんばかりに悪そうな笑顔を浮かべている和束さんに手を振りながら、グランドへ戻っていった。




