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第二話「ファーストコンタクト」

 月曜日の放課後。

 一日のカリキュラムもつつがなく終了し、僕は帰り支度をしていた。

 あんな人食い女と知り合い、馴れ合っているにも関わらず、つつがなく高校生活を続けているのは自分でもどうかと思うが、しかし…………しょうがない。選択肢がない。僕にはどうしようもない話なのである。

 ――なぜなら、あいつが〈人食い女〉だから。

 逆らおうものなら、一瞬で僕はあいつの腹の中だろう。抵抗できるとも思ってないし、逃げ出したところで食われるのは時間の問題だ。この数十年間、世間の話題になることも指名手配になることもなく彼女がこの国で生活していることから考えて、それは明白である。一体全体、これまでに報告された行方不明者のうち何人が彼女の栄養源となっていることか。そんな存在を相手に、僕に抗う術はない。

 ――一体いつまで、僕はこんな状態なんだろうか。

 ――いつまで、僕はあいつにひれ伏していればいいのだろうか。

 ――いつになれば僕は救われるのだろうか。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、僕は帰宅準備を継続している。

 自分の机の上、学校に置いておくテキストと持ち帰るノート類を選別しながら、後者をカバンにせっせと詰め込んでいる。と、ふいに――

 ――カツンッ

 軽妙な音が鳴った。

 その音の方へ視線を向けると、床に落ちた僕のシャープペンシル。僕は、それが自分の筆箱からこぼれ落ちたことに思い至り、


「……おっと」


 慌てて、それを拾おうと手を伸ばした。

 ――その時、

 急に目の前に現れた白い足とシューズ。

 僕は危うく手を踏まれそうになった。

 手を引っ込めつつ顔を上げると、スカート姿の女子生徒がじとりと僕を見下ろしている。まっさらな黒髪ロングヘアーに、長いまつげのせいで余計に釣り上がっているように見える目つき。気に食わない者共を言葉でばっさりと切りつけることから「居合抜き委員長」の名で親しまれて(恐れられて)いるクラスメイト、夜ノ崎桐やのさききりである。

 夜ノ崎さんは、水素をも凍らせそうなほどの冷たい視線で僕を貫いた後、ぽつりと、


「……悪いけど、下、スパッツはいてるから、見えないわよ?」

「ち、違うよ!」


 僕は手を横にブンブンと振りながら、慌てて立ち上がった。

 ……そう言えば、僕は今まで夜ノ崎さんと話したことは一度もなかったはず。夜ノ崎さんは学年屈指の有名人で、その噂を耳にすることは多々あったが、僕とは席が近くになることもなく、言葉を交わす機会が今までなかったのである。だから、今のがお互いのお互いへの第一声。まさか、こんな会話がファーストコンタクトになるとは……。

 まあ、物好きな男達(主にマゾ気質な方々)に年がら年中追い掛け回されている委員長様だ、彼女の方からすれば、僕との初会話など気にするべくもないだろう――と思いながら、シャーペンを拾い上げつつ立ち上がると、目の前の夜ノ崎さんが急に伏し目になった。

 両手を前で握り、何やら言いにくそうに、言葉を探すかのように、もじもじとしている。

 一体どうしたのかと僕がその仕草を眺めていると、夜ノ崎さんはふっと顔を上げて、


「……あの、悪いんだけど、私、橘君のこと嫌いだから、近づかないでくれる?」

「……へ?」


 しかし、僕にそれ以上何も言う暇を与えてくれないまま、夜ノ崎さんはくるりとターンした。そしてタッタッタと教室から出て行ってしまう。

 シャープペンを握ったまま、呆然と立ち尽くす僕。

 ……な、何で? 何で僕はいきなり、そんなことを言われにゃあかんのだ? 僕と夜ノ崎さんは今まで話したことはない。行動を共にしたこともない。だから、嫌われるような機会すらなかったはずだが……。もしかして、生理的に嫌とかそういう話なんだろうか?

 果たして僕はどこら辺にショックを受けるべきなのか――と呆けていると、


「むっふっふ。災難だったにゃー」


 と、猫のように笑いながら僕の方に近づいてくる、別の女子生徒。

 いつも夜ノ崎さんと一緒に行動している、ショートヘアーのメガネ少女。和束真弥乃わづかまやのだった。

 和束さんは、うっすらネコミミが見えてきそうなほどににゃごにゃご笑いながら、


「むっふふ。いやあ、橘君っておとなしいし、桐に斬られるような要素はないと思ってたんだけどねえ。いやいや、桐も侮れないねえ」

「……う、うん」

「でも……どうだろ? 橘君も橘君で、ちょっと変わってるからにゃあ。桐は、そこが気に食わなかったのかな? まあ、私は全然気になんにゃいけど」

「……え? 僕って、変わってるの?」

「うん。そこはかとなく、ね。……ま。桐と関わらずとも生きていくには問題ないから、気を落とさにゃいでくりゃれ」


 そう言いながら、和束さんは猫を撫でるように僕の頭をナデナデしてくる。……もはや、どっちが猫か分かりゃしない。


「じゃ、そういうことで、またね〜」


 そう言って、和束さんはカバンを小脇に抱えつつ、手を振り振り教室から出て行った。そして廊下をタッタカとかけていく。恐らく、いつも通り夜ノ崎さんと下校するつもりなんだろう。


 僕はまだ自失から立ち直れないまま、和束さんの背中を見送った。

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