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第一話「僕の部屋」

「ぐあああー、また負けたー!」

 

 僕の部屋。シャルロットはテレビ画面を睨みつつ、ゲームコントローラーを握りながら唸った。

 僕は慌てて、


「お、おい、あんま叫ばないでくれよ。下の階には僕の家族がいるんだから」

「だってさぁ、こいつ、卑怯な技使ってくるんだよー」

「いいから、とにかく黙ってくれって。親にバレたら、お互い困ることになるだろ?」


 僕がたしなめると、シャルロットは口を尖らせながら、


「けっ、分かったよ」


 と答えて、再びゲームに集中した。

 つい三十分前、僕の部屋のベランダから(僕の部屋は、一戸建て家屋の二階に位置している)侵入してきたこの迷惑女は、さっきからずっとテレビゲーム(なぜか、こいつは格闘ゲームにご執心なのである)にかまけているのである。何か用があってウチに来たのかと思ったのだが、こいつは僕への挨拶もそこそこに、いそいそとゲーム機の電源をオンにした。どうやら、ゲームをするためだけにここに来たようである。迷惑この上ない。

 僕は現在高校三年生であり、大学受験を半年後に控えていて、ようは受験勉強の真っ只中なのである。今だって、机に向かって物理の問題集をこなしていたところだ。そんな最中にこんな奴に部屋に押し入ってこられて、迷惑でないわけがない。折角の夜の静かな時間がぶち壊しである。できれば今すぐ帰ってもらいたい。

 しかし、


「……なあ、今夜は何で僕の部屋に来たんだ?」

「お前に会いたかったから」

「他には?」

「お前の顔を見たかったから」

「他には?」

「お前と話したかったから」

「他には?」

「ゲームしたかったから」


 二人の男が殴り合いを繰り広げているゲーム画面から視線を外すことなく、あっけらかんとシャルロットは答えた。

 僕は嘆息しながら、


「……ゲームならいつだってできるだろ? 別に、今日じゃなくてもいいじゃないか。だから、今日はお引取りを……」

「……何だ、アタシに命令すんのか?」


 ふと、ゲーム画面をポーズさせ、剣呑な表情で振り返ってくるシャルロット。

 僕は慌てて、


「え? いや、命令ってわけじゃなくて……」

「お前、いつからアタシに命令なんてできるようになったんだ?」

「いや、だから、命令じゃなく……」

「アタシのことが気に食わないってのか?」

「め、滅相も……」

「何だったら、今からお前のこと食ってもいいんだぜ?」

「いや、違う、違うって……」

「もしくは、下のお前の家族を食っても――」

「分かった、分かりました! どうぞごゆるりとお楽しみください!」


 僕が言うと、シャルロットはにんまりと笑い、ゲーム画面に顔を戻した。

 ……まったく、冗談で言ってるのか本気で言ってるのか分からない。冗談にしては笑えない。しかし、僕は一度こいつの〈食事〉の場面を見ただけに、無下にはできないのである。こいつが本気になれば、僕は次の瞬間に肉塊になるのだ。だから、こいつの要求にはできるだけ素直に答えなければならない状況なのである。

 僕はため息をつきながら、再度物理の問題集に意識を戻した。

 ――と、


「ぐあああー、また負けた〜!」


 再び唸りながら、シャルロットはコントローラーを放り投げた。そしてそのままバフッと、僕のベッドに仰向けに寝っ転がる。

 僕はそれを横目で眺めながら、


「……おい。ベッドに寝転がること自体は別に構わないけど、その服、きれいなのか?」

「服? 失礼だな。アタシだって女だぞ。身だしなみにはちゃんと気を使ってるよ」

「つったって、お前、根無し草なんだろ?」

「ちゃんと川で洗ってるっての。水浴びもしてるしな」

「ふ〜ん……」


 僕はシャープペンをカリカリ動かしながら、


「……つか、川で水浴びって、人に見つからないのか?」

「そんな覗き野郎はとっくにアタシの腹の中さ」


 言いながら、シャルロットはパンパンと腹を叩いた。得意のジョークを言い終えたかのように、くくくと笑っている。……しかし、やはり僕には笑えない。

 と、

 ――く〜、きゅるるる〜

 その腹が鳴った。

 シャルロットは、叩いていた腹を今度は丸く撫で回しながら、


「あ〜、腹減ったな〜」

「……そう」

「腹減ったな〜、腹減ったな〜」

「そうか」

「腹減ったな〜、腹減ったな〜、腹減ったな〜」

「分かったよ」

「腹減ったな〜、腹減ったな〜、腹減ったな〜、腹減ったな〜」

「分かったって」

「……何だよ、そのぞんざいな反応は? 何だったらこの際、お前のこと食っちゃおうかな〜?」


 シャルロットはむくりと上体を起こしながら、僕に視線を向けてきた。ぴくりと釣り上がり、一瞬にして『友人』ではなく『食物』を見る目つきに変わる紅の瞳。

 ぞくりと、僕の背筋に冷たいものが走る。

 しかし、シャルロットはすぐに目の色を戻し、すくっと立ち上がった。そして椅子に座ったままの僕を後ろから抱きかかえてきて、頬に頬をぺたりと密着させながら、


「うっふふん。……さて、今私が言った『食う』ってのは、どっちだと思う?」

「……どっち、とは?」

「あっははは。とぼけるなよ。分かってんだろ? もちろん、人間の三大欲のうちの、睡眠欲以外の二つさ」


 僕の肩に回した腕に力を入れてくるシャルロット。その紅の髪が僕の首筋に絡みつき、染み付いた血の匂いが鼻腔を刺激してくる。


「前も言った通り、アタシはここ数十年他人とコミュニケーション取ってなかったからさ。両方とも満たされてないんだよね、アタシのカラダ。疼いちゃってさあ。……んで、お前はどっちの方がいいんだ?」

「ど、どっちって、そりゃあ……」


 僕が言いよどんでると、


『ご飯よ〜』


 階下から母さんの声。

 僕は慌ててシャルロットの腕を振り払い、


「あ、はい。今行く」


 と返した。そして立ち上がり、部屋を出ようとドアノブに手をかけながら、


「じゃ、じゃあ、僕は夕飯だから」

「そうか。んじゃあ、アタシも出掛けるかな」


 そう言ってベランダのガラス戸を開け、部屋から出て行こうとするシャルロット。

 僕は振り返りながら、


「……出かけるって、どこへ」

「うわっはは。決まってるだろ――」


 シャルロットはにやりと僕に笑いかけてきて、


「――アタシも食事だよ」

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