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最終話「帰路」

 肉を食いちぎる音だけが五分程響いた後、シャルロットはようやく口の動きを止めた。そして、握っていた真っ赤な肉片をぼとりと地面に投げ捨てながら、


「あっはははははは。……ま、こんなもんだ」


 高らかに笑った。


「……正直、今回は今までで一番やばかったかもしれないがな。なんせ、腕を一本持っていかれちまったしなあ。ガキのくせに。さすが、魔具を扱うだけのことはある。あと十年くらい経てば、相当な使い手になってただろうに。……だが、世の中そんな甘くねぇ。アタシに歯向かった代償は高くつく。これが現実ってもんだ。あっはははははは」


 そう言いながら、シャルロットは右肩をさする。

 つい十分前にはまだその下にあったシャルロットの右腕は、キレイに切り取られていた。そしてそれだけじゃなく、他の三肢からもボタボタと血が垂れている。足元の赤い湖の源泉としての割合は、シャルロットと夜ノ崎さん、どっちの方が多いのか、僕にはもう分からない。


「あっはははははは。…………ん? どうした、羽樹? そんな、黙り込んで。強張った顔して。せっかくアタシが勝ったってのに。……あっはは、安心しろよ。お前のことは疑っちゃいないさ。お前がアタシの情報をリークしたなんて思っちゃいない。こいつら、キュウリ出さなかったしな。確かに、こいつらにあとをつけられたのはお前の失態だが、責めるつもりはねえさ。だから安心し――」


 ――言葉の途中、シャルロットの体がガクリと右に傾いた。膝が砕けたように、バランスを崩す。


「……おっと、何だ、魔力がつきちまったか。今日は三食食えたってのに。……やっぱ、消化にゃまだ時間がかかるか」


 シャルロットはそのまま脱力するように、どさりと膝から地面に倒れてしまった。


「……く、血ぃ流しすぎてっかな。回復に回す魔力が足りてねえ。あーくそ。……悪い、羽樹。ちょっとアタシをお前の部屋まで担いでってくんねぇか?」


 シャルロットはコンクリートにうつぶせのまま、首だけ持ち上げて言ってくる。


「……ああ、ああ、心配すんな。こんなの一晩で治る。一晩ベッド貸してくれるだけでいい。頼む。親友だろ? ……うふふ。それに、ベッドに寝かした後は、アタシの体、お前の好きにしていいから。ちょっとしたサービスだ」


 いつもの屈託のない笑顔で僕に言ってくるシャルロット。

 僕は静かにシャルロットの傍らに近寄り、胸ポケットに手を入れると――


 ――そこから取り出したナイフを、シャルロットの背中に、ドスリと突き立てた。


 もちろんこれは、数週間前にシャルロットから貰ったクロスナイフ、魔力をまとった魔具のナイフである――――僕に唯一可能な、シャルロットにダメージを与えることができる術だ。

 シャルロットの心臓が人間と同様に左胸にあるのか――そもそも、シャルロットに心臓なんてものがあるのかどうかすら――疑問だが、しかし僕はそこに深々とナイフを突き刺した。


「ぐ、あ…………な、は、羽樹?」


 シャルロットがうめき声を上げる――――どうやら、ダメージは十分あるらしい。

 僕はナイフを引き抜き、今の所の数センチ横に再度突き刺す。


「が…………お、お前……」


 ドスリ、ドスリ、ドスリ――――と、僕は何度も突き刺す。顔面に向かって血が吹き上がってくるが、気にしない。僕はただ無心で、腕だけを動かす。


「お、お前、親友、なの、に……」


 シャルロットは声を上げるが、しかしそれ以上のことは何もしてこない。ナイフが刺さるたびに体が震えるが、それだけである。もう、体を動かす余力はないんだろう。


「が、は、は…………あ、はは、あっはははは。……なんだよ、くそ……やっぱお前は……ほんと……たいした…………もん………………だ………………………………」


 そんなうれしくない褒め言葉を吐いたかと思うと、シャルロットの体がぐったりと動かなくなった。

 もう一度ナイフを振り降ろしても、何の反応もない。

 保険としてさらに二十回ほど刃を振り降ろした後、僕は腕の動きを止めた。そして僕は立ち上がり、月に照らされたシャルロットの姿を見下ろす――――地面にうつぶせになり、右腕が切り取られている。残りの腕脚からも血を流している。さらには、背中に無数の穴。纏っているレザーの上着とズボンの九十パーセントが赤く汚れていた。

 そして、動かない。

 動かない。動かない。

 まったく動かない。

 見る限り、純然たる死体である――

 ――これは、僕が初めて殺した体……

 ……僕のこの行為は、果たして「殺人」なんだろうか? こいつは、見た目はただの若い女性だが、その実はマンイーターなんだ。人間じゃないんだ。人間を食らう存在なんだ。僕の今の行動は、「人を殺す」ということと同義なんだろうか?

 ――この行為は罪なのか?

 僕は罪に問われるのだろうか? 罰せられるのだろうか? これが警察に見つかったら、僕はどうなるんだろうか?

 僕は握っていたクロスナイフの柄を、シャルロットの上着でゴシゴシと拭った。そして、シャルロットの死体の脇にカランと転がす。

 ……この現場が見つかったとして、警察はまずシャルロットの身上について迷うことになるだろう。次いで、シャルロットの身体の性質について惑うことになるだろう。そしてシャルロットの胃の中を見て驚くことになるだろう。

 和束さんと夜ノ崎さんの死因については、取りあえず解明されることになる。シャルロットが食ったことは明かされる。

 じゃあその後は?

 シャルロットの死については?

 シャルロットを殺した僕については?

 僕は突き止められるのか?

 僕は罪に問われるのか?

 ……分からない

 よく分からない。

 しかし取りあえず、このクロスナイフから僕の情報は出てこないはずだ。元がシャルロットの持ち物だから、出所を探っても僕には関係ない。シャルロットと夜ノ崎さんと和束さんが亡き者となった今、僕がこのナイフを所持していたという事実を知る者は、僕以外には皆無のはずだ。

 それに、シャルロットと僕の関係について知っている人もいないはず。今夜以外、こいつと二人でいるところを見られた記憶もないし、何かに映った覚えもない。シャルロットの行動について調べたところで、僕にたどり着くことはないだろう。

 この死体から――シャルロットの存在から――僕が導きだされるはずはない。

 僕が捜査対象になるはずもない。

 だから、僕は大丈夫。

 ……いや、僕の想像よりも、日本警察の科学捜査ってのは優秀なんだろうか? 僕が和束さんと夜ノ崎さんのクラスメイトだということから簡単に僕に結びついて、何らかの証拠を掴まれるだろうか? 僕は捕まるだろうか?

 ……いやいや、そうだとしても、さっきまでの僕の状況を説明すれば、罪になることもないんじゃないか? マンイーターという存在の恐ろしさ、そんな奴に見初められた不幸をかんがみれば、僕が刃を振るったことはしょうがないという見解にたどり着くんじゃないだろうか? 罪は問われないんじゃないか?

 ……分からない。

 よく分からない。

 どう考えればいいのか分からない。

 ……いや、分からないなら分からないでしょうがないか。どうしようもないか。捕まったらしょうがない――――だから、捕まらないという前提で伸び伸びと生活をした方が、今の僕にとって吉なんだろう。

 そんな結論にたどり着き、僕は一つ、大きく嘆息した。

 そしてぐるりと、シャルロットの死体と和束さんと夜ノ崎さんの首を眺める――――惨憺たる情景だが、しかし罪悪感はなかった。……そりゃそうだ、元々僕は「悪意」に沿ってこの行為をしたわけじゃない。ただ、願望に沿って行動しただけだ。シャルロットから放たれたかった。放たれて、元の生活に戻りたかった。受験に集中したかった。それだけのために、僕はこの行動をしたんだ。

 人間の行動に善も悪もありゃしないんだ。

 ただ、願望が指針を示すだけなんだ。

 シャルロットの「親友」という言葉に、何も感傷はなかった。

 クラスメイトを二人殺されたことへの怨嗟もなかった。

 元の生活とシャルロットを天秤にかけたら、生活の方が重かった。

 受験の方が、僕にとって重要だった。

 僕の未来にとって大切だった。

 だから、僕はこういう選択をした。

 それだけだ。

 それだけのことだ。

 僕はふっと夜空を見上げる。

 星は見えない。

 しかし、月は雲の隙間から辛うじて見える。

 曇った夜空。

 明日は雨だ。

 そんな空を見上げて、ふと――――他人を何百人も殺したシャルロットと、一人の「親友」を殺した僕、一体どっちの方が「非道」だろうか、とかそんなことを考えながら、冷たい風が吹く紅色の満月の下、僕はトボトボと――


 ――帰路を歩みだした。



〈紅色の風月下 END〉

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