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第十話「惨劇」

 結果は、あっけなかった。

 あっけなく、僕の目の前に示された。

 シャルロットの脇の下、和束さんの首から下方が存在しなくなっている。肉が途切れてしまっている。固体がすべからく消え去ってしまっている。ただただ、ポツポツと赤い血が滴っている。ただ、それだけだった。

 ――そんな状態で、人間が生きていられるわけもないだろう。

 和束さんは眼鏡をかけたまま、眠るように目を閉じている。いくらか髪が乱れているが、しかしそれ以外はいつもの彼女だ。首から上だけは、いつも僕が学校で見ている、猫のように笑う少女、和束真弥乃である。だが――――その下は、これ以上ないくらい変わり果てていた。

 そうか。そうなのか。こんなあっけなく、彼女は十八年間の生涯を閉じてしまったのか。もはや彼女は、これ以上猫のように笑うこともできなくなってしまったのか。眼鏡をかける必要もなくなってしまったのか。なんて…………なんてあっけない。

 ふと僕は、コンクリートの血溜まりが、シャルロットの足元に三つできているのに気づいた。

 落下する赤い水滴を逆にたどっていくと、シャルロットの右足と、和束さんの生首を抱えているのと逆の腕――つまりは右腕――に行き着いた。

 シャルロットの右の太ももが、黒い革ズボンの上からざっくりと斬られている。

 そしてシャルロットの右腕が、二の腕の中ほどから消え去っている。

 切断箇所の検証なんて僕にできるわけもないが、しかし何となく、その二ヶ所は刀で切られた痕のように見えた――――まあ、疑いようもなく、和束さんが斬ったんだろう。あからさまに、殺すこともやむなかったような攻撃の痕跡だ。

 しかし、シャルロットは平然と立っている。

 直立で、右の頬にしわを寄せながら笑みを浮かべている。

 人間ならとっくに貧血で倒れているほどの血を垂らしているが、シャルロットはしっかりと地に足を――そして、血に足を――つけていた。足が震えている様子もない。余裕そうに、姿勢をまっすぐに保っている。


「…………あ、あ、ああ、あ、」


 ふと、僕の背後から、そんなうめくような声が聞こえてきた。

 視線を下に送ると、さっきまで首筋に当たっていた刃がいつのまにか離れている。重力に負けたように、その切っ先は地面に届いていた。


「…………あああ、あ、ああ、あああ」


 なおも喉から声を出しながら、夜ノ崎さんが僕の背後から離れる。そして地面が揺れているかのような足取りで、フラフラと横に揺れながら、シャルロットの方へ近づいていった。

 横目でその顔を見ると、口を開け放し、目を見開き、黒髪を逆立てて、放心したような表情。心ここにあらず、という表現が一番妥当だろう。


「あ、あ、あ……………………よ、よくも」


 なおもシャルロットの方へ歩を進める夜ノ崎さん。腕を震わせながら、握っていた日本刀をゆっくり持ち上げ始めた。


「よくも、よくもよくも、よくもよくもよくもよくもよくもよくも、マヤノを、マヤノを、ま、やの、を」


 月光を反射させるその刃が頭の上の高さにまで達し、そして――


「――よくも真弥乃をををををををおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 叫びながら、前に屈み、地面を蹴った。

 おおよそ体育見学の常連とは思えないほどのスピードで、シャルロットの方へ駆けていく。刀が風をきる音がここにまで聞こえてくる。

 夜ノ崎さんの叫び声なんて初めて聞いた、というか夜ノ崎さんにも叫ぶという能力があったのか――――なんて思考に到達する間もなく、夜ノ崎さんはシャルロットの眼前にたどり着いた。

 そして真っ直ぐに刀を振り下ろす。

 しかしシャルロットは、抱えていた和束さんの首をぞんざいに投げ捨てると、右に飛びながらその攻撃をかわした。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 夜ノ崎さんはなおも叫びながら、シャルロットの着地点へと横なぎに刀を振るう。

 シャルロットは再度飛び上がり、この刃の軌跡をかわす。――――その瞬間、プシュルッという音が聞こえて、シャルロットの左足から鮮血が飛び散った。剣筋をかわしきれてなかったのか。

 しかしシャルロットはスタンッと静かに着地。一瞬顔を歪めたような気がしたが、それだけで、バランスを崩すような素振はない。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


 夜ノ崎さんの三度目の攻撃。シャルロットの額目掛けて、刀の先端を突き出していく。

 これもまたシャルロットはかわす――――と思ったが、しかしシャルロットはその攻撃に対して左手を前に出した。そして、素手で向かってくる刃を握る。

 ざくりと、刃が肉に食い込む音が聞こえた。

 次いで、刃の動きがぴたりと止まる。


「……くっ」


 歯軋りしながら、夜ノ崎さんが体を前後に揺らす。足と腕に力を入れ直し、刀でのそまま貫くか、あるいは引き抜くかしようとしているのだろう――――しかし、刀は微動だにしない。


「くっはは。あめーぜ」


 刃を握っている手の平から血が滴っているが、しかしシャルロットはあくまで嘲笑気味な笑顔を浮かべたままで、夜ノ崎さんの行動を眺めている。

 ――と、


「ふんっ」


 シャルロットは、おもむろに刀を引っ張った。


「きゃっ」


 勢いに負け、なすがまま、夜ノ崎さんの体が前へ倒れる。

 シャルロットは夜ノ崎さんから引き抜いた刀を後方へ投げ捨てると、倒れてくる夜ノ崎さんの体を腕一本で抱きしめた。背中に手を回し、体を完全に密着させている。


「は、はなせ!」


 夜ノ崎さんはわめきながら、両手両足でシャルロットの脇腹や足を殴り蹴る。

 だが、シャルロットは動じる様子はない。ぎっちりと夜ノ崎さんの体を固定している。

 そしてそのまま――


「――いっただきます」


 ――そんな意気揚々とした声を上げながら、

 ――あんぐりと口を開け、

 ――真っ赤な口をのぞかせ、

 ――犬歯を月に照らしながら、

 ――ご馳走を目の前にした子供のような嬉しそうな顔で、

 ――じゅるりと舌なめずりをしつつも、

 ――夜ノ崎さんの白い首筋に、

 ――勢いよく

 ――ざっくりと


 ――カブリツイタ


「ぎゃああああああぐああがががあああああがあああああああああああはあああああああああああ!」


 夜ノ崎さんの悲鳴が夜道に響き渡る。

 しかし、周囲から他人が駆けつけてくる様子はない。………そりゃそうだ。この路地裏は、シャルロットが何度も食事場として使ってきた場所だ。この時間、この周辺に人がいないことはすでに確認済み、そして実証済みなんだろう。

 暗闇の中、目の前の二人のみが行動を継続している。

 シャルロットの腕の中、じたばたともがく夜ノ崎さん。痛々しいほど必死にもがき続けている――――しかし、シャルロットは口の動きを止めず、何度も夜ノ崎さんの首に歯を立てる。ザクリ、ザクリ、ザクリ、ザクリと。


「ぎゃ、ぎゃ、が、あ、ぐ、が、あ、あ…………」


 シャルロットのアゴが動くたびに漏れる夜ノ崎さんの声。

 刈り取られる血肉。

 飛散する鮮血。


 ――僕はもう、何が何だか分からなくなった。

 ――眼前の事象に現実感はなかった。


 クラスメイトであるはずの夜ノ崎さんも、シャルロットの腕の中では、もはやただのモノにしか見えない。見えなくなっている。見えなくなってきている。この光景が異質なのか、それとも僕自身が異質なのか。


「ぎゃ、あ……ああ……あああ……あ……あ……」


 今まで三回ほど見たことがある、シャルロットの食事風景。

 これが四回目。

 今回は、そのメニューが夜ノ崎さんだったというだけだ。

 ただ、それだけだ。


「……あ……あ……くぁ……あ……」


 シャルロットの肩の上、痛みを精一杯訴えるように強張っていた夜ノ崎さんの表情が、だんだん力のないものになっていく。


「……あ…………あ……」


 声量も落ちていく。


「……あ………………………………」


 かくんと、力なくシャルロットの肩の上に落ちる夜ノ崎さんの頭部。

 そして、静寂。


 ――こうして、夜ノ崎さんの声は、永遠に失われた。

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