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第九話「衝突」

 一応、和束さんの脳内で自然発生した誤解については、夜ノ崎さんが次の日に解いてくれた。迅速に解いてくれた。何のことはない、たった一言で済んだのである。

 曰く――


「――何で私が、こんなのと付き合わなきゃいけないの?」


 和束さん(と僕)の前で、肩についたゴミを払うかのように言い放ってくれた。

 ……うん、確かに、こう言ってしまうのが最も手っ取り早いのは分かるけど。でも、何と言うか――――もっと他に言い方はなかったのかな?

 まあ、これで解決するならそれでいいけど。

 この誤解がそこら中に伝播する方が大変だ。

 この、名の知れ渡った(学内限定)夜ノ崎嬢とのスキャンダルだなんて。

 月が出てない夜道を歩けなくなるかも知れないし。

 夜ノ崎さんは、僕が帰り際に数学の問題について質問してきて、それをわざわざ家にある分かりやすい参考書を参照しながら教えてあげた、という言い訳を用いた。

 元は言葉をかけても無視されるくらいの間柄だったのに、何がどう転がって夜ノ崎さんが僕に対して急にそんな懇意丁寧に対応してくれるようになったのか、だいぶ無理がある理由だと思ったが……。しかし、和束さんは一応納得してくれた。完全には信じてもらえてないだろうけど、その辺は後で私がフォローしとく――――と、夜ノ崎さんも言ってくれたし。とりあえずのところ、これで僕にかかる損害もなくなるだろう。

 めでたしめでたし。

 僕の心情についてはめでたくなかったが。

 ともかく、これにて受験勉強に集中するための障害になっていた悩みの一つは解決した。この一週間、夜ノ崎さんもあのキーホルダーについてあれ以上僕を追及しなくなった。残る悩みはたった一つだけである。もちろん、それは――


 ――シャルロットのこと。


 こいつは相変わらずだ。

 相変わらず、人が勉強してる最中に部屋に侵入してきてゲームに興じている。相変わらず、雨降りの前日には意気揚々と〈食事〉に出掛ける。相変わらず、「いつになったら出てくんだ?」と尋ねても「親友じゃん、もう少しいさせてくれよ。冷たいこと言うなよ」とすねながら返答してくる(いつの間にか友達→親友とランクアップしている部分については、僕は無視した)。

 そして、相変わらず――

 天気予報で明日の降水確率は七十パーセントだと言っていた日、塾の帰り道でバッタリと――実際に「バッタリ」なんて効果音が聞こえてきそうなくらい、バッタリと――頬に赤いペインティングがなされたシャルロットに出会った。


「おっす、羽樹」

「こんばんは。…………というか、塾の帰り道によくも頻繁にお前と出くわすな。三回に一回は会ってるんじゃないか? もしや、お前、狙ってたりするのか?」

「はっは。まっさかぁ。これは偶然――――というより、仕方ねえんだよ。この周辺で、人目につかない路地裏っていうのがこの辺りしかない。しかも、この路地裏を人が歩く時間は決まってる。そして、お前はその路地裏に沿って帰宅している。こんだけ条件が揃えば、三割くらい遭遇したって不思議じゃねえだろ。今年はありがたくも雨が多いし、な」

「……そんなもんかねえ」


 僕はポリポリと頭をかきながら、月明かりに照らされたシャルロットの今夜の姿をまじまじと見た。

 紅色のロングヘアーが何だかベダついている。これはともすればただ単に髪質が悪いだけのようにも見えてきそうだが、何のことはない、鮮血が降りかかっているのだ。色合いが近いせいで、暗闇の中では判別がつきにくいが。

 表情はホコホコ満足顔。人が好物を腹いっぱい食べた時のそれである。違いがあるとすれば、白くてすっとしたそのほっぺたが赤く汚れているくらい。口元も、口紅をつけてるんじゃないかと思うくらいに真っ赤に染まっている。

 シャルロットの化粧姿なんて見たこともないが(彼女が化粧なんてものをしたことがあるのかさえ疑問だ)、こいつがおめかしなんてしたら、僕もいくらかドギマギしてしまうかもしれない。ミテクレだけならば言うことはないんだが――――しかし彼女の行為は、それを覆して余りある。

 まあ、ないものねだりしてもしょうがない――――と思い直しながら、僕が自分の家へ再度足を向けようとすると、


「とにかく、いい加減寒いし、早く帰ろうぜ」

「帰ろうって、僕の部屋にか? あそこは僕の家であって、お前の家ではないと思うが」

「はっは、似たようなもんだろ」


 そんなことを言いながら、シャルロットはバンバンと僕の背中を叩いてきた。

 ……こいつ、今夜も僕の部屋でゲームする気か? それじゃ、今日も勉強に集中できない。まったく。最近僕の成績が下がってきて、ついさっき塾の先生にこっぴどく叱られてきたばっかりだってのに。いやはや。

 僕は嘆息しながら、しかし逆らうこともできずに、倣ってトボトボと歩き出した――――その瞬間、


 ――ドスッ


 そんな生々しい音と共に、隣のシャルロットが後方へ――つまり、路地裏の方へ――と突き飛ばされた。いや、突き飛ばされたのか、吹き飛ばされたのか、殴り飛ばされたのか、蹴り飛ばされたのか、分からない。とにかく、飛ばされたのである。

 驚いて振り返ると、シャルロットが靴と地面で摩擦を生みながら勢いを殺している。そしてその右肩には――――日本刀が深々と刺さっていた。

 ――な、なぜ日本刀?

 そんなもの、無許可で所持するのは違法だし、裸で街中を持ち歩くのも異様だし、さらに言えば、人に投げつけるのは殺人行為だ。すべからく問題行動だ。

 一体何事? ――――と僕がしばし動けないでいると、僕の横を人影が走り抜けた。僕の脇を素通りし、そしてシャルロットの方へ駆けていく。

 その後ろ姿は、ショートヘアーで、女性の体躯で、耳の後ろから眼鏡のフレームが見えている。その顔の輪郭や体型からこの人が誰なのか何となく分かり、それは――


 ――和束さんだ!


 満月に照らされたその服装は、白と赤の袴。あからさまな、日本の巫女さんの衣装だ。

 そんな和束さんがシャルロットの方へ走っていく。その右手には、もう一本の日本刀。


「……くっ」


 シャルロットは歯軋りしながら、肩から刃を抜き去った――そこからドボッと赤い血がこぼれる――シャルロットの血も赤かったのか――そしてシャルロットは、和束さんが振り下ろした刀を、肩から抜いたばかりのまだ血が滴っている日本刀でもって受け止めた。


 ――キンッ、キンッ、キンッ


 三度交錯する刀。

 ぎりぎりと二秒ほどツバぜり合いが生じた後――肩の傷のせいで、右腕に力が入らないのだろう――シャルロットが力負けし、


「……ぐあっ」


 さらに後方へ突き飛ばされた。

 それを和束さんが追いかけていく。

 完全に、二人の姿が闇に飲まれた。

 ……なぜ、和束さんが? 何で和束さんがシャルロットを襲う? そして何でまた、シャルロットと渡り合っている? わけが分からない。

 分からないが――――だからと言って、このまま放っておくこともできないだろう。無視して帰るわけにもいくまい。両方とも僕の関係者だ。

 僕も二人の後を追って、路地のさらに奥へと踏み出そうとした、

 その時、


 ――チャキリ


 そんな金属音がした。

 見ると、僕の顎の下で刃が輝いている。その刃が垂直に僕の首を向いている。

 そして――


「――動かないで」


 そんな涼やかな声が、僕の背後からした。

 最近やたらと聞く機会が多かった女の子の声――――夜ノ崎さんの声だ。えっと、つまり――――夜ノ崎さんが、僕の首に刀をつきつけている?

 ちらりと目線を横にもっていくと、僕の耳のすぐそばに、見慣れた黒長髪の仏頂面が見えた。舌を出せば僕の耳を舐めることができそうなほど、顔が近い。さも、僕に振り返る権限すら与えていないようだ。


「……や、夜ノ崎さん? な、何で?」

「あなたの後をつけさせてもらったわ」

「僕の後を……?」


 何で? ――――なんて考えるまでもないか。考えるまでもなく、分かりきったことだ。

 夜ノ崎さんは、僕への疑いを解いたわけじゃなかったんだ。むしろ夜ノ崎さんの家でのやりとりのせいで余計に深まったと、そういうことんなんだろう。

 僕が疑問を呈する前に、夜ノ崎さんが答えてくれた。


「あの時、あなたは『塾帰りの路地裏で数回血の海を見た』と言っていた。もちろん、それはそれで有力な情報だけど、もう一つ別の可能性も示唆している。つまり、あなたはやっぱり真実を隠していて、実際はその『塾帰りの路地裏』で『魔』との接点がある、というもの。だからここ三回、あなたの塾の帰路をつけさせてもらったわ。今回何もなければ、あなたへの疑惑は一応シロにしておこうと思ってたんだけど――――最後の最後で露呈したわね。あなたが『魔』と関わっていること。そしてあなたがそれを隠していたこと。……ふん、まあ、見たところ、あの赤い髪の女も相当なモンだっていうのは分かる。だから、あいつに怯えてあなたは能動的に動けなかったっていうのも、理解してあげないでもないわ。あなた自身をどうこうする気はない。だから、とりあえず今はおとなしく見ていてちょうだい」

「な、何で――」


 僕は刃が首筋に当たらないように注意しながら、口を動かした。


「――何で、和束さんがシャルロットに斬りかかっていったんだ? あれ、和束さんだったんだよね? いや、退魔師である君なら分かるけどさ。何で和束さんが……?」

「単純なことよ。真弥乃も退魔師だからよ」


 和束さん……も?


「ええ。夜ノ崎家は、この街を管轄している退魔師の家系。そして和束家は隣街の管轄。やぶさかではない事件が起きた時は、お互いに協力し合っているのよ。これは私達の家の暗黙のルールみたいなもの。今回は、こっちから向こうに協力を仰いだというわけよ」


 ……そ、そうだったのか。そういうことだったのか。だから、この排他的な夜ノ崎さんと人当たりのいい和束さんが、あんなに仲よかったのか。


「…………いや、しかし、和束さん、大丈夫なのか? 相手は人食い女なんだ。僕は、あいつが人間の骨を噛み砕いてる様を何度か見たことがある。あからさまな人外の力だ。そんな奴相手に、和束さん一人で大丈夫なのか?」

「ふん、だからこその退魔師なんじゃない。私達は小さい頃から、魔力の通った武器の使い方を習ってきたわ。それに、魔の者との戦闘もこれが初めてじゃないし。だから心配なんてする必要は――」


 ――ピチャ、ピチャッ


 夜ノ崎さんの言葉の途中で、水溜りを踏みつける音が聞こえてきた。

 顔を上げると、路地裏の暗闇から人影が一つ、ぬっと出て来る。

 建物の影からはみ出し、ようやく月明かりの元に現れたそのシルエットは、ショートヘアーの眼鏡少女の生首を小脇に抱えた――


 ――シャルロットだった。

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