12話「既成事実」
ついにヤッてしまった。一番ヤッてはいけないことに手を出してしまった。完全に教師として、失格だ。しかも場所も学園の寮って……見つかりでもしたら大変なのに。
一応、こいうことに配慮したのかわからないけど、防音設備が整っていて助かった。これなかったら確実にお隣にバレていたことだろう。
「はぁ……」
快楽の後にやってくるのは罪悪感。隣で眠っている小鳥遊さんを見て、それがこの上なく心の中を支配していく。
というかどうでもいいけど、本来なら私が蝶で、彼女が無垢花のはず。なのにどうして私の方が蜜を吸われてしまっているのだろう。むしろ私の方が花だった……?
「おはよーせんせぇ……」
そんなことを考えいていると、目が覚めたのかいつもの甘ったるい声でベッドの中で挨拶をしてくる小鳥遊さん。
「お、おはよ……」
そして同じベッドにいる私。さらに罪悪感が増していく。
酔った勢いでやらかしてしまった時、いやそれ以上の過ちかも。何かの間違いだったらどれほどいいことか。スイッチの入ってしまった私を止める者などもはや誰もいなかった。
「にゃふふ、昨日は楽しかったねっ!」
対する小鳥遊さんは呑気に笑顔を振りまいてそんなことを言ってくる。
「それ、言わない……」
たしかに楽しかったのは事実だけれど……面と向かって言われるのは色々とこの心の罪悪感が私を苦しめる。
でも、
「スイッチ入ったせんせぇちょおーエロかったぁー! とくに手マ――」
小鳥遊さんは話を止めるどころか、その内容まで振り返ろうとしたので、
「アアッ、それ以上恥ずかしいこと言わないっ!」
「んんッー!」
どうしようもなく口で塞ぐことにした。
わざわざ口じゃなくて手でもよかったけど、手に命令を出すより口の方が先に前に出ていたのだ。
ホントにこの子は。もしかするとこの子、クラスメイトとかにも平気で言いふらすんじゃないだろうか。そんな不安が頭をよぎって、心配事の種がまた増えていき、憂鬱になる。
「いいー? この事はぜっったいに誰にもいっちゃダメだからねっ! ねッ!?」
念には念を入れて、釘を刺しておく。
完全に自分のせいなんだけど、これで職を失うのは嫌だもの。
「わかってるよぉーそこまでアタシ、バカじゃないし」
「大丈夫かなぁー……」
猫のように気まぐれな彼女が、ポロッと友達に言ってしまいそうなのは容易に想像できる。ものすごく不安でしかない。
「で、どう? 信じられそう?」
そんな折、アレのせいで有耶無耶になった昨日の事を小鳥遊さんは訊いてくる。
「んー……ごめん、なにも考えてなかった」
でも結局は、何も変わらなかった。というより、あんな中で何も考えられるはずがなかった。
ただひたすらに、小鳥遊さんだけを求めていた。今思い返すと、すごく恥ずかしい。あんなにも無我夢中になったことなんて、人生で初めてなんじゃないかと思うぐらいだから。
「あぁーまぁそうだよねぇー……今はどう? 信じられそう?」
「ダメ……みたい……」
「ねえ、もしかしてだけど、せんせぇって信じられないんじゃなくて、『信じよう』としてないんじゃない?」
「信じようと……?」
「信じるための一歩、それを踏み出す勇気がないんだよ。勇気が出せないほどのトラウマが、たぶんそうさせてる」
「そっか……信じるのに臆病になってたのね」
たしかに小鳥遊さんに言われて、納得する。
アレだけのことがあって、私は人を信じられなくなっていた、と思っていた。でも、そもそも『信じる』という行為は自分から行う能動的なもの。つまり、私自身の問題でもあるのだ。
私が殻に閉じこもってその言葉を信じようとしなければ、いつまで経っても信じることはできない。
「そう。だから付き合おうよ! いっぱいいーっぱい、愛してあげれば安心して信じられるようになれるって!」
「あー……でも……」
「また『教師と生徒』って言うんでしょ? もうそれ飽きたぁー! 私の『スキ』信じられなくていいの?」
「はい……嫌です。付き合う! 付き合いますー!」
私はもうヤケクソ気味になって、小鳥遊さんの告白を受け入れる。
でも、立場が足かせになっていることを除けば、私は本気で彼女と付き合いたいと思っている。だって私が好きな人だもの。付き合って、恋人になって、色々なことを共有して、思い出を作りたい。そう思っている。付き合う前にあんなことしているなんて、おもいっきし順序は間違えているとは思うけど。
「やったぁ! じゃあーアタシのこと、『れな』って呼んでっ?」
それに、小鳥遊さんは子供のように喜んで、甘えるような上目遣いで、そんなお願いをしてくる。
「れっ!? そ、それは、公私混同――」
さすがに私の理性も朝になって復活していた。公私の区別ができるようになっていた。なので、断ろうとすると、
「プライベートだけでいいからぁー!!」
そう言って、私に甘えてくる。
「わ、わかった……れ、れな?」
そんなふうに甘えられると、自制心が弱くなる自分がいた。
で、でも、プレイベートだけだし、学校では『小鳥遊さん』って呼ぶから……
心の中でそんな感じで自分を騙しながら、私は彼女の名前を呼ぶ。なんだか、こうして面と向かって呼ぶのはなんか照れくささがあって、彼女から少し目を逸らしてしまう。
「にゃふふー! かわいいー! ぎゅーっ!」
抱きしめてくる。
「ちょっ、くっつかないっ!」
正直、まだ裸と裸なこともあって、体が密着すると変な気分になってしまう。だから、すぐに麗奈を引き離す。
「――ね、ねぇ、じゃあ、私のことも『静香』って呼んで? プライベートのときだけ」
そして、自然と私は口からそんな言葉が出ていた。もう完全に恋人のやりとりだ。
あくまでもプレイベートだけだから。麗奈だって学校で呼ぶほどバカな子じゃないってわかっているから。
「うん、静香!」
それに、彼女は満面の笑顔で、私の名前を呼んでくれた。
それが嬉しくて、愛おしくて――こんな感覚、ホントあの時以来だ。懐かしい感覚、私が忘れていた感覚だ。
不思議だ。昔の、あの頃の事を思い出すのに、嫌な気分じゃない。この今感じている温かい気持ちが勝っている。ちょっとずつでも、あの事をしっかりと『過去』にできたということなのだろうか。
たぶん私はまだ引きずっていたんだと思う。でも麗奈に出会って、私は少しずつ変われていると思う。一歩ずつ前に踏み出していると思う。だからこそ、今度は彼女の『好き』を信じるために頑張りたい。




