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おもいあい。  作者: 瑠璃ヶ崎由芽
第8章『れなしず』
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11話「痛みを分かち合うふたり」

 夜。約束通り、小鳥遊たかなしさんは私の部屋に来てくれた。

 お互いテーブルを挟んで床に座り、しばし沈黙の時が訪れる。どう話していいか、うまい言葉が出ず、2人の間には重い空気が流れていた。


「あのね……えと、うまく言えないんだけど……」


 その重い空気を破るために、とりあえず喋ってみるものの、結局続く言葉が出ない。

 同性愛、それをバラされることの辛さはこの子にはわからない。根本的に、私と彼女では住んできた世界が違う。

 だから、それらをしっかりと頭に入れて話さないと、しっかり伝わらず、話がスムーズにいかない。


「うん、ゆっくりでいいから、せんせぇのペースでいいよ」


「……私、昔好きな人がいたの。その人とお付き合いしていたんだけど、ある日突然その子が私のこと裏切って」


「裏切った?」


「ええと……私の事好きじゃなかったみたい。それで……酷いことされて……あれ?」


 言葉を選びながら過去をことを打ち明けていると、不思議と自然に涙が溢れていた。

 今までに憎しみや怒りしか湧いてこなかったのに、どうしてだろう。

 彼女に聞いてもらっていると思うと、自然と込み上げてくるものがあった。胸がキューッと苦しくなって、心が痛む。


「せんせぇッ!」


 そんな姿を見た小鳥遊さんは、すぐさま私に近づいて抱きしめてくれた。優しく、柔らかく、包みこまれるように。

 それがキーとなり、せき止めていたものが一気に滝のように溢れ出してきてしまう。


「大丈夫、大丈夫だよ……私がいるからね。辛かったよね、私にはその痛みは分からないけど、先生がどれだけ辛い思いをしたのかは分かるよ」


 優しく頭を撫でてくれる小鳥遊さん。それが今の私にはそれが堪らなく効いた。涙が止まらない。感情がぐちゃぐちゃになって、私も彼女に抱きついて声を上げて泣く。


「小鳥遊さん……! 小鳥遊さんッ……!」


 彼女の名前を何度も呼び、私も彼女を強く強く抱きしめる。

 私の受けた傷はあまりにも深すぎたみたいだ。未だに癒えていなかった。あの時だって、大泣きして、もうとうに涙は枯れたと思っていたのに、まだまだ足りなかったみたいだ。

 私はぽっかり空いた穴を埋めるように、彼女に感じて泣きじゃくっていた。


「――私、ソイツのせいで『好き』が信じられないの……」


 それからしばらくして、本題に入る。

 本来伝えなきゃいけなかったこと。どうして好き同士なのに、その告白を受け入れられなかった。その理由を。


「そうだったんだね……だからせんせーアタシの告白の時に……固まってたんだね……」


「ごめんなさい……」


「せんせーが謝ることじゃないよっ! それだけのことがあったんだもん、そうなっちゃうのはしょうがないよ」


「ええ、ありがとう……」


「でもどうしたら信じられるようになるかなぁー?」


 私は今、小鳥遊さんのことが好き。たまらなく好きだ。でも、それでもまだ彼女からの愛を『信じられる』という確固たるものがない。


「そうねぇ……」


 まだ私の中には不安や、恐怖が残っている。それをどうすれば解決するのか、考えていると、


「じゃあキス、してみよ。ホンキのキスを。それなら信じられるかもよ?」


 小鳥遊さんがそんな提案をした。

 私はもうお互いの立場とか、今ここがどこなのかとか、そんなことは一切気にしなくなっていた。早くこの問題を解決したい、その一心だった。なので、私は『ええ』と頷き、顔を彼女のそれに近づけていく。

 そして、私の唇をそっと優しく重ね合わせる。愛を求めるように、何度も何度も、そして深く。

 こんなに本気のキスをしたのはいつぶりだろう。頭がボーッと熱くなって、心が幸せな気持ちで満たされていく。


「――ごめんなさい……変わらないわ」


 でも、それでもダメ。私の想いがつのっていくだけ。小鳥遊さんの愛情を感じるけれど、やはりまだ恐怖は消え去らない。


「キスでもダメ? じゃあ……」


 そんな私に、悪魔のような顔をして、私の太ももに手をかける。いやらしい手つきで、攻めるように。


「ちょっ、ちょっと……それ以上は、いけないわ……」


 すぐにわかった。彼女はキスの先へ行こうとしている。

 私はすぐに彼女の手を掴んで、制止する。今の私でもさすがにここで理性が働いた。これが最後の砦かもしれない。

 立場とかその他諸々を一切置いても、付き合っていない同士がそんなことをするのはよくない。


「なんでぇー? 好き同士なのにぃ?」


 でもそれぐらいで引かないのが彼女。

 どんどんと顔が本気になっていき、いやらしい目つきになっていく。声も誘っているような、ねっとりとした声だった。


「何でって……私たち生徒と教師よ? こんなこと誰かにしれたら……」


 そんな顔を直接見ることができず、目を逸らしながら弱々しい声でいつもの言い訳をする。


「またそれぇー? そもそも私たちはそれ以前に1人の人間でしょ? どうしてそういう関係になっただけで、こういうことしちゃいけなくなるの?」


「倫理ってものが――」


「むぅー……」


 ジト目で私のことを見ながら、顔を近づけてくる。

 心臓の鼓動が高鳴るのを感じながら、止めなきゃと叱ろうとした時、


「ちょっとッ! ダメッ!」


 私は押し倒され、服のボタンを外されていく。

 でもその割には強く抵抗できない自分がいた。

 彼女のニオイ、顔つき、手つき、そのすべてが私の理性をズタズタに崩壊していく。脳がとろけて何も考えられなくなっていく。彼女が私を求めているように、私も彼女を求めてしまっているのだ。

 もし、もし私に、最高の快楽と幸せを与えてくたらなら――


「ニャフッ、ねえ、先生。ホントにヤメていいの?」


 そんな心を見透かすように、ニヤッと笑って彼女は手を止める。


「――やめないで……」


 もうどうなってもいい、教師とか生徒とかそんなの関係ない! 私を愛して! 何も考えられなくなるほど、私を壊してッ!


「ニャフフッ、せんせぇかわいいぃ!」


 こうして私たちは快楽の夜へと落ちていくのであった。

 不思議と罪悪感はなかった。でも、たぶんそれは今だけ。朝目覚めたら、とてつもない罪悪感に襲われるだろう。

 でもそんなこと今はどうでもいい。ただ、この時を、好きな人と共有できたら――それだけでよかった。


 結局、何も解決してない。私は彼女の『好き』を信じられない。だけれど、好きな人と痛みを共有できたのは進歩な気がする。ゆっくりでもいいから解決していこう。そうすれば、いつかは『好き』を信じられるようになれるかもしれない。

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