11話「痛みを分かち合うふたり」
夜。約束通り、小鳥遊さんは私の部屋に来てくれた。
お互いテーブルを挟んで床に座り、しばし沈黙の時が訪れる。どう話していいか、うまい言葉が出ず、2人の間には重い空気が流れていた。
「あのね……えと、うまく言えないんだけど……」
その重い空気を破るために、とりあえず喋ってみるものの、結局続く言葉が出ない。
同性愛、それをバラされることの辛さはこの子にはわからない。根本的に、私と彼女では住んできた世界が違う。
だから、それらをしっかりと頭に入れて話さないと、しっかり伝わらず、話がスムーズにいかない。
「うん、ゆっくりでいいから、せんせぇのペースでいいよ」
「……私、昔好きな人がいたの。その人とお付き合いしていたんだけど、ある日突然その子が私のこと裏切って」
「裏切った?」
「ええと……私の事好きじゃなかったみたい。それで……酷いことされて……あれ?」
言葉を選びながら過去をことを打ち明けていると、不思議と自然に涙が溢れていた。
今までに憎しみや怒りしか湧いてこなかったのに、どうしてだろう。
彼女に聞いてもらっていると思うと、自然と込み上げてくるものがあった。胸がキューッと苦しくなって、心が痛む。
「せんせぇッ!」
そんな姿を見た小鳥遊さんは、すぐさま私に近づいて抱きしめてくれた。優しく、柔らかく、包みこまれるように。
それがキーとなり、せき止めていたものが一気に滝のように溢れ出してきてしまう。
「大丈夫、大丈夫だよ……私がいるからね。辛かったよね、私にはその痛みは分からないけど、先生がどれだけ辛い思いをしたのかは分かるよ」
優しく頭を撫でてくれる小鳥遊さん。それが今の私にはそれが堪らなく効いた。涙が止まらない。感情がぐちゃぐちゃになって、私も彼女に抱きついて声を上げて泣く。
「小鳥遊さん……! 小鳥遊さんッ……!」
彼女の名前を何度も呼び、私も彼女を強く強く抱きしめる。
私の受けた傷はあまりにも深すぎたみたいだ。未だに癒えていなかった。あの時だって、大泣きして、もうとうに涙は枯れたと思っていたのに、まだまだ足りなかったみたいだ。
私はぽっかり空いた穴を埋めるように、彼女に感じて泣きじゃくっていた。
「――私、ソイツのせいで『好き』が信じられないの……」
それからしばらくして、本題に入る。
本来伝えなきゃいけなかったこと。どうして好き同士なのに、その告白を受け入れられなかった。その理由を。
「そうだったんだね……だからせんせーアタシの告白の時に……固まってたんだね……」
「ごめんなさい……」
「せんせーが謝ることじゃないよっ! それだけのことがあったんだもん、そうなっちゃうのはしょうがないよ」
「ええ、ありがとう……」
「でもどうしたら信じられるようになるかなぁー?」
私は今、小鳥遊さんのことが好き。たまらなく好きだ。でも、それでもまだ彼女からの愛を『信じられる』という確固たるものがない。
「そうねぇ……」
まだ私の中には不安や、恐怖が残っている。それをどうすれば解決するのか、考えていると、
「じゃあキス、してみよ。ホンキのキスを。それなら信じられるかもよ?」
小鳥遊さんがそんな提案をした。
私はもうお互いの立場とか、今ここがどこなのかとか、そんなことは一切気にしなくなっていた。早くこの問題を解決したい、その一心だった。なので、私は『ええ』と頷き、顔を彼女のそれに近づけていく。
そして、私の唇をそっと優しく重ね合わせる。愛を求めるように、何度も何度も、そして深く。
こんなに本気のキスをしたのはいつぶりだろう。頭がボーッと熱くなって、心が幸せな気持ちで満たされていく。
「――ごめんなさい……変わらないわ」
でも、それでもダメ。私の想いが募っていくだけ。小鳥遊さんの愛情を感じるけれど、やはりまだ恐怖は消え去らない。
「キスでもダメ? じゃあ……」
そんな私に、悪魔のような顔をして、私の太ももに手をかける。いやらしい手つきで、攻めるように。
「ちょっ、ちょっと……それ以上は、いけないわ……」
すぐにわかった。彼女はキスの先へ行こうとしている。
私はすぐに彼女の手を掴んで、制止する。今の私でもさすがにここで理性が働いた。これが最後の砦かもしれない。
立場とかその他諸々を一切置いても、付き合っていない同士がそんなことをするのはよくない。
「なんでぇー? 好き同士なのにぃ?」
でもそれぐらいで引かないのが彼女。
どんどんと顔が本気になっていき、いやらしい目つきになっていく。声も誘っているような、ねっとりとした声だった。
「何でって……私たち生徒と教師よ? こんなこと誰かにしれたら……」
そんな顔を直接見ることができず、目を逸らしながら弱々しい声でいつもの言い訳をする。
「またそれぇー? そもそも私たちはそれ以前に1人の人間でしょ? どうしてそういう関係になっただけで、こういうことしちゃいけなくなるの?」
「倫理ってものが――」
「むぅー……」
ジト目で私のことを見ながら、顔を近づけてくる。
心臓の鼓動が高鳴るのを感じながら、止めなきゃと叱ろうとした時、
「ちょっとッ! ダメッ!」
私は押し倒され、服のボタンを外されていく。
でもその割には強く抵抗できない自分がいた。
彼女のニオイ、顔つき、手つき、そのすべてが私の理性をズタズタに崩壊していく。脳が蕩けて何も考えられなくなっていく。彼女が私を求めているように、私も彼女を求めてしまっているのだ。
もし、もし私に、最高の快楽と幸せを与えてくたらなら――
「ニャフッ、ねえ、先生。ホントにヤメていいの?」
そんな心を見透かすように、ニヤッと笑って彼女は手を止める。
「――やめないで……」
もうどうなってもいい、教師とか生徒とかそんなの関係ない! 私を愛して! 何も考えられなくなるほど、私を壊してッ!
「ニャフフッ、せんせぇかわいいぃ!」
こうして私たちは快楽の夜へと落ちていくのであった。
不思議と罪悪感はなかった。でも、たぶんそれは今だけ。朝目覚めたら、とてつもない罪悪感に襲われるだろう。
でもそんなこと今はどうでもいい。ただ、この時を、好きな人と共有できたら――それだけでよかった。
結局、何も解決してない。私は彼女の『好き』を信じられない。だけれど、好きな人と痛みを共有できたのは進歩な気がする。ゆっくりでもいいから解決していこう。そうすれば、いつかは『好き』を信じられるようになれるかもしれない。




