6話「疲労困憊な私」
「――はぁ……ホント、サイアク……」
目が覚めると朝だった。
明晰夢は疲れるとは言うが、仕事終わりのような疲れが重くのしかかっていた。きっと、精神的な疲れもあるのだろう。朝からテンションも最悪だし、疲れも酷い。しかも見た夢があんな過去のトラウマを蒸し返すような酷いようなもの。
なんで今更こんな夢を見させられるのだろうか。神様は何を考えていらっしゃるのか。
そんな酷い状態だろうと、今日も今日とて平日。学校へと行かなければならないのだ。本当のことを言うなら、休みたいぐらいなんだけど、そうも言っていられない。社会人の辛いところである。そんな気分が落ち込んでいる状態で、私はいつものように学校へと向かうのであった。
「これでホームルームを終わります。委員長――」
学校に着いてからホームルームまで、もはや作業みたいな感じでこなしていた。
相変わらず小鳥遊さんはご機嫌なようで、目が合えば笑顔を振りまいてくる。疲れている私も、その笑顔を見ると少し癒されたような感じになってちょっと気が楽になった気がする。
「起立、礼」
それからいつものように委員長の大塚さんの号令で、みんなが礼をしてホームルームはお開きとなる。
今日は1限目は私の授業はないので、準備もあるけれど、ちょっと休憩しようかと思う。
さすがにこの気分じゃ、やっていけない。授業に支障が出るのはマズイし、しっかり体を戻していかないと。
「せんせー!」
そんなことを考えながら教室を出ると、私を呼び止める声がした。その声につられて顔を向けると、そこには大塚さんがいた。
「大塚さん、どうしたの?」
何か提出物でもあったかな、と思ったけれど、その手には何もなかった。
何の用事だろうか。頭の中に色々と考えを巡らせながら、彼女に用件を聞く。
「先生、なんだか体調悪そうですけど、大丈夫ですか?」
何事かと思えば、私が体調悪いことを見抜いて、心配してくれたようだ。
大塚さんは色々と気が回って、私のサポートもしてくれる。こういうところまで気を使ってくれるなんて、本当に彼女は優しい子だ。
「ああ、大丈夫大丈夫。ちょっと疲れが溜まっててね」
でもあまり生徒に心配かけるわけにはいかないと思い、ちょっと無理して大丈夫そうな感じに振る舞う。
実際はもっと深刻で、できれば休みたいぐらいなのだけど。
「ムリしないでくださいね? そうだ、これどうぞっ!」
そういって、彼女はスカートのポケットに手を入れて、
「これエナジードリンク……? どうして大塚さんがこんなのものを? まさか大塚さん、こういうのよく飲んでるの?」
なんと、エナジードリンクを取り出してきた。
私たちみたいなストレス社会で生きている大人たちは愛飲しているものだけど、それとは無縁と言わないまでも、そこまでのストレスにはならないであろう環境下で、まだまだ子供のこの子たちも飲んでいるのだろうか。もし本当なら、あまり聞きたくない事実だけれど。
「ええ、まあ、結構な頻度で……なんちゃって、へへっ」
それに対し大塚さんはクシャッとした笑顔で、そんなジョークをかましてくる。
「もうっ、ありがと。もらっておくわ。冗談だとは思うけど、若いのにあんまりそういうのに頼ると年取ってから大変だからねー」
大塚さんだってストレスが全くないわけではないだろうけれど、ここは私への気遣いと取っておこうと思う。だって若い子だってそういうの飲んでいるって思うと、なんか悲しくなってくるから。そういうストレスフルな社会を作ったのは間違いなく、大人たちなのだから。
一応、念には念を入れて大塚さんにも忠告を入れつつ、この生徒からの労わりの品をありがたく頂くことにした。
「はーい」
「じゃあ、早く教室に行きなさい。たしか1限目移動教室だったでしょ?」
「はい、じゃあ、先生も体には十分にお気をつけて」
「ありがとー」
それから大塚さんが教室に戻ったのを確認し、私はその手に持ったエナドリをポケットにしまい、私は一旦教務室へと向かった。
◇◆◇◆◇
一時限目の始まるチャイムが鳴り響く。私はこっそりと屋上にいた。
ちょっと外の風に当たりたい気分だった。それにこのエナドリを教務室で飲むのも、他の先生の目もあるし、なにかからかわれるのも嫌だったので屋上にした。
「はぁ……」
外の風景を眺めながら、私は思う。
どうしてあんな夢を、悪夢を今更見たのだろうか。この間の志保との会話でその話題が出たからか、あるいは他の何かか。いずれにせよ、やはりあの思い出は消し去りたいぐらいの憎い思い出だ。大切な人に裏切られる気持ち、心をズタズタに引き裂かれていく感触。アレは本当に嫌な事ばかり思い出してしまう。
あそこには私たちが安息できる場所はないのだ。私はあの時、その現実を突き付けられた。私たちのことをバカにして、騙してくる悪い人間がたくさんいる。やっぱ違ったと、平気で裏切ってくる人たちがいっぱいいる。
だからこそ、この街の風景を見て思う事。それはこの地は本当に私たちにとって羽を休める安息の地なのだ。
ここには私たちの仲間しかいない。もちろんその恋愛の中で、裏切られたり、傷つけられることはある。でもそれはベクトルが違う。私の受けたソレとは、まるで違うのだ。それにここには、『私たち』をバカにする人たちはいない。『私たち』を忌み嫌う者は誰一人としていない。
本当にここは楽園だ。その楽園を捨てるなんて――
「やっぱ考えられない……」
この島の政府のやり方にはたしかに私も思うところはある。でも、楽園として機能させるためにはやはり必要なことなのだと思う。
そんな矛盾した気持ちが両立している私。でもそれを理由にこの楽園を去るなんて考えたくない。あの地獄に逆戻りするなんて、絶対に嫌だ。でも志保はこの地を去ろうとしている。
「はあぁ……」
なんだか気分転換のつもりがより一層、憂鬱な気分になってしまった。重たい空気が口から零れ落ちていく。
記憶を消したい。この島の子たちと一緒の、何も知らない無垢な花になりたい。そうすればあの嫌な思い出だって、この鬱々とした気持ちだって忘れられるのだから。




