5話「最悪の上映会」
明晰夢。それは夢を夢と分かりながら見ている夢。そこでは体を自分の意思で動かすことができる。
今、おそらく私はこの明晰夢を見ているようだ。右手を何度か自分の意思で開いたり、閉じたりしているけれど、ちゃんと意識と連動している。
場所は学校の屋上ようだけれど、でもここはリリウムじゃない。そして私の姿は制服。どう考えてもこれは夢だろう。だけれど――
「サイアク……」
辺りを見渡して、だいたいこの場所がどこかわかった。
これはどちらかというと、夢というよりは過去の思い出が上映されているみたいだ。ここは私の『最初に』通っていた高校。屋上から見える街の風景が、今でも私の記憶の中に残っていた。そして私のすぐ近くにいるのは、
「ねえ、静香……」
思い出したくもない、かつての恋人だったもの。
見るだけで憎しみが湧いて、今にも包丁を探して来て、殺してやりたいほど怒りに満ちあふれていた。
どこか思いつめたような顔をして、私の名前を呼ぶ。そして次に言う言葉は――
「私たち、別れましょう……?」
今聞いても腹立たしいその言葉を言い放つ。
でも当時の私はその言葉に、カナヅチで頭を思いっきし叩かれたような衝撃だった。別れる要素なんてどこにもないと思っていたから。むしろ私たちは永遠に一緒にいられると思っていた。
(あれ……?)
たしか私はあの時、『どうして!?』と驚きながらもその理由を聞こうとしていたはず。でもこの夢の中では私に何も発言権は与えられていないようだ。
声を出そうにも、声の出し方を忘れてしまったように口を動かして、喉を震わせても言葉が出てこなかった。これではホントに辛い思い出を、ただ映画のようにスクリーンで見ているような感覚だ。
「私、別にあなたを本気で愛してたワケじゃないから……ちょっと付き合ったら面白いかなって思っただけだから! 普通に私男の人が好きだから」
冷たい口調で私にそんな今更なことを言ってくる。
もう付き合ってしばらく経っていたというのに、だったらもっと早くに言ってくれればよかったのに。そうすればあんなにも深く深く傷つくことなんてなかったのに。
「静香が嫌だったらアドレスも消していいし、アカウントもブロックしていいから。じゃあね――」
私が悲しんでいる最中、ヤツはそっけない態度でそう言って消えいていく。
その時の私は、純粋にやっと同胞を見つけられたと思ったのに、違ったことへの悲しみを涙に変えて吐き出そうとしていた。
当時はまだ、同性愛への偏見は多かった。だからこそ、自分の想いを隠していた。そんな中、ようやく見つけられた大切な人だったのに、一度離したらもう二度と出会えないかもしれない人だったのに。
そんな重苦しい悲しみが私の上にかかっていた。ただこれで終われば、まだただの失恋でよかったのに――
「――あいつレズなんだってぇ―……」
「うっわ、気持ち悪りィ……」
「やっば、私レイプされそーこっわーい!」
一度場面が暗転して、教室の風景に変わる。そしてクラスメイトからひそひそ話が聞こえてくる。
ウザったいのが、わざと私に聞こえるようなぐらいの声にして。まるで私を汚い物扱いして、忌み嫌うその様は今思い起こしても腹立たしいものだった。
アイツがバラしたのだ、私が同性愛者であることを。その結果、私は周りからイジメられるようになった。
でも、私は言いたい。
どうして同性を好きになってはいけないのか。別に何か特殊なことがあったわけじゃない、ただ純粋に気づいた時にはもう同性が好きだっただけなのに。どうして私だけがこんなにも批難されなくちゃいけないの。
少数派はいつもそう。大多数に丸め込まれ、排除される。
だからこそ、想いを隠していたのに。私は純情を踏みにじったアイツへ、殺意が芽生えるほどの憎しみを募らせてた。ホントに殺してやろうと思っていた。別に逮捕とか、犯罪者になるとか、そんなのどうでもいい。復讐さえできれば、それでいいと思えた。
でも私の傷ついた心を慰め、必死にその憎しみを実行に移してしまわないようにフォローしてくれた人がいた。他でもない志保だった。彼女の存在は大きかった。同胞であるということもあって、私は一時的にでもその悲しみや憎しみを和らげることができた。だから犯罪者になってしまうということはどうにか避けられた。
そしてそれからは私はこのクソみたいな人間たちから逃げるように、別の高校へと転校したのであった。




