17話「全てを知る時」
放課後、私は先輩のいる教室へと向かう。その足取りは重く、心は緊張していた。
ああ覚悟は決めたものの、いざ本番になると不安になってくる。だから私は先輩の教室の前で、1つ大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。そしていざ覚悟を決め、先輩の元へと歩いてゆく。
「――先輩、お話があります」
「あっ、愛実ちゃん! どうしたの?」
対して先輩はいつものほわほわとした感じで、私に対応する。
「ここだと話しづらいことなので、屋上にでも行きませんか」
「うん、わかった。行きましょうか」
そして私たちは共に屋上へと向かった。
その屋上までの道、一歩一歩が私の中の悪魔によって決意を鈍らせてくる。だから私はその悪魔を振り切り、ひたすらにひなのことだけを考えることにした。ひなとよりを戻すため、それを自分に言い聞かせ続けて、決意が壊れないように固め直す。
そしてそんなことをしているうちに、いよいよ屋上の扉までたどり着く。屋上の扉を開け、私たちは屋上のベンチへと腰掛ける。
「で、お話って?」
座ってすぐに先輩がそう話を振ってくる。
「はい……先輩、もう恋人ごっこするのはやめましょう」
先輩にハッキリと自分の意思を伝える。
「ふふ、やっぱりそれかぁー……分かってはいたけど、実際にこう直接言われるのはちょっとつらいなー……」
先輩は意外にも気づいていたような素振りで、残念そうにしながらそう呟く。
「え、知ってたんですか?」
驚きを隠せない。知っていたのだとしたら、いつからだったのだろう。もしかすると、最初の頃から先輩を傷つけてたまま過ごしていたのかもしれない。もしそうなら、『悲しませたくない』なんて言っていた私がバカみたいだ。
「うん、だって愛実ちゃんってば私といる時あまり楽しそうじゃないし。それにもし、あの告白の時に愛実ちゃんが私のこと好きだったら、私がああ言ったとしてもそれを遮って自分の想いを伝えるはずだから。だから分かってたのよ、愛実ちゃんが私のこと好きじゃないってことが」
「すごい、そこまで見抜いてたんですね」
「もちろん、私の好きな人のことだからね!」
「なんかごめんなさい、分かってたのに……」
どうやら私の、先輩を悲しませまいとしたことが裏目に出てしまったようだ。むしろ逆にそれが悲しませていたのかもしれない。そう思うと、やはり自分の今までの行動に罪悪感を覚えてしまう。ホントにいっそのこと、最初から断っておけばよかったんだ。
「ふふっ、ふふふ」
そんな自分の行いを後悔している私を他所に、先輩はどういうわけか笑いだしてしまう。
「え、どうして笑うんですか?」
その謎の行動に訳が分からず、そんな風に訊いてしまう。今の中に笑う要素はなかったように思える。
「あ、ごめんなさい。本当に愛実ちゃんは優しいなって思って」
「そ、そうですか?」
奏、ひな、そして先輩にまでそんなことを言われてしまう。私だけが自覚していないだけなのか。そんなに自分が『優しい人』と思ったことはないけれど。
「うん、本当に優しい。私ね、愛実ちゃんのそういう所が好きになった理由なの。いつも人ことを労って、自分のことを顧みずにいつも誰かのことを考えてくれてて。でも今回はその優しさに甘えちゃってたのかなー、結局のところ、私の独りよがりでしかないものね。私が勝手に1人で盛り上がって、1人で楽しんでいただけなんだから」
「先輩……」
そんな言われ方されてしまうと、もういよいよ最初の選択の間違いが申し訳なくなってしまう。
「あぁ、そんな顔しないで、そんな顔は愛実ちゃんには似合わないんだから。愛実ちゃんは笑顔が1番可愛いの、だからスマイル、スマイル!」
「は、はい……」
そんな言われ慣れていない言葉を言われ、ちょっぴり恥ずかしい気分になる。だからスマイルというには程遠い、照れが入った笑顔になってしまう。
「ねえ、1つだけ訊かせてもらってもいい?」
「はい、なんですか?」
「どうして私に『やめよう』って言うことにしたの? たぶん、愛実ちゃんの性格から考えれば、人を傷つけまいと考えて現状維持を選択すると思ってたんだけど、もしかして私関係で何かあった?」
「あ、その……実は……」
その刹那、口をつぐんでしまう。
はたしてこの事実を、どこまで言っていいものなのだろうか。説明するにはどうしてもひなのことを説明しなければならない。それはつまり、先輩への想いも同時に告げることになってしまう。本人を差し置いて、私が言っていいものなのだろうか。
「ん? どうしたの? 言いづらいこと?」
「実は……ひなは先輩の事が好きなんです。そして、私はひなのことが好きなんです」
少し考えて、やはり言うことにした。そうしないと、全てを先輩に伝えたことにはならないから。
ひなには悪いけれど、私は先輩にも当事者なのだからその辺の事情は知っておいてもらいたい。
「はあーなるほど、そっかー、そういうことねー! それで私は愛実ちゃんが好きだと。いやー見事な三角関係だねー! で、愛実ちゃんはそのそれぞれの想いの方向を知ってるから、結果的にその関係に挟まれていたってわけねー」
「ええ、それでひなにも私たちの関係を知られてしまって……」
「それでこの関係を終わらせることを決意したと。ごめんね、私がひなたちゃんの気持ちに気づいてあげられれば、愛実ちゃんが思い悩むこともなかったろうしねー」
「いえ、いいんですよ。私は結果的にこうなってよかったと思ってるので」
「おやおや? もしかしてお二人に進展が?」
そんな私の発言に対して、ニヤニヤしながらそんな恋バナを始める先輩。
「あ、いえ、進展ってほどではないんですが……ひなに想いを伝えることができたんです」
「おー! それはよかったねー! 自分の想いを相手に伝える、って大事なことだからね」
「でも望み薄だと思いますよ。ひなは結局のところ、先輩のことが好きなんですから」
「そうでもないかもしれないわよ? 現状、みんながみんなそれぞれの想いの矛先を知っているんだから。完全に膠着していた状態から必ず動き始めるわ、今みたいにね。結果として振り出しに戻り、チャンスが生まれる。だからもしかしたら、って事もありえるかもしれないわよ?」
「そ、そうでしょうか?」
「ええ、応援してるわ! 頑張ってね!」
「はい、ありがとうございます!」
「でもちょっと残念だなー、愛実ちゃんとの時間はとても楽しかったから」
「でも、これで関係が完全に終わるわけでもないですし、今度は『お友達』として時間を共有しましょうよ、ひなもいれて」
今度は大丈夫。ひなもいるっていうのもあるだろうけど、今回の反省を踏まえてちゃんと2人きりならちゃんとひなに確認、報告をするし、もし先輩が暴走したら今度は私がちゃんと止める。
あの時間は私にとっても楽しいものだった。それは間違いない。だから適切な関係で過ごせるのなら、そんな時間だってあっていいはずだ。
「うん、2人がいいなら」
「ええ、大歓迎です!」
「ふふ、本当に愛実ちゃんは優しいなぁー! ありがとう!」
これで全てが元通りとなった。動き出した時計の針は再び止まったのだ。
去っていく先輩の背中を見つめながら、私は安堵する。このまま大団円……といけばいいのだが、1つ気がかりなことが残っている。
私の恋路はこれからどうしていけばいいのか。
あの日、ひなへ想いを伝えられたのはいいが、それが結局のところ有耶無耶になってしまった。先輩が言っていたように『もしかしたら』があるかもしれない。だからこれからひなの想いの矛先がこちらへと向くように、攻めてみてもいいのだろうか。そんなことを考えつつ、私は1人屋上のベンチで座っていた。




