14話「その後のふたり」
その日の夜のこと。私にはさらなる地獄が待っていた。それは関係が崩壊してしまった後もなお、ひなと共に生活を送らなければならないということ。
帰ると、ひなは既に帰ってきており、そのまま部屋へ入ると、ひなは布団にくるまっていた。明らかに話しかけられるような様子ではなく、そんな状態のひなを他所に何かする気も起きずに、私はつい静かにしてしまう。
なので部屋には2人いるというのにも関わらず、沈黙の状態が続く、そんなおかしな空間になっていた。
「よしっ」
私は自分の頬を軽く叩き、気合を入れ直し、キッチンへと向かう。
やることがないのならば、もうお夕飯の支度を始めてしまおう。それで少しは私の気も紛れるかもしれないし。それに、ひながこんな感じで拗ねてしまうことは前にもあった。だから割と私には対処法というか、勝手は分かっているつもり。なので私は特にひなには触れず、ずっと夕食作りに励んでいた。
「――ひな、お夕飯作っておいたから、お腹がすいたら食べてね」
夕食も作り終え、少し早いかもしれないが夕食にすることにした。
私は食事をいつものようにリビングへと運び、それでも動く気配のないひなにそう告げる。それに対してひなの反応はなし。この程度のことは分かっていた。だから、私は返答はなくともそのまま会話を終えて、自分の夕食を食べ始める。
目の前にひながいるのにも関わらず、1人で食べるというこの不思議な感覚に苛まれながらも、それと同時にやはり寂しさも感じてしまう。いつもならひなが元気そうな笑顔でお喋りでもしながら、テレビをつけて番組でも見ながら食べている。だが、今はそれが一切ない。ひなに悪いと思って、テレビもつけていない。音は私の食事の音だけ。この空間が私にとっては本当に苦しくて仕方がなかった。
でも、これは私が招いたこと。私の誤ちから起こってしまったこと。いわば、今私はその罰を受けているのだ。だから私はこの寂しい空間を受け入れながら、食事を済ませた。
「――じゃあ、ひな、私少し出るね。点呼までには戻ってくるから」
それから食器洗いも終わり、私の食事も終わってしまった。
結局、ひなはその間もずっと状態は変わらずだった。寝息がしないところをみると、おそらく眠ってはいないようだ。
私はこの気まずさから抜け出すため、そしてあの人たちにすがるために、ひなにそう告げ部屋を後にする。
もう私の心はボロボロだ。誰かに救ってもらわないと死んでしまう。だからそのためにも、私は彼女たちのもとへと向かった。
◇◆◇◆◇
その目的の部屋へとたどり着き、すぐさま私はインターホンを押す。
「あれ、愛実? どうしたの?」
すると数秒して、奏が姿を現す。全く事情を知らない彼女は、何の気無しにそう訊いてくる。
「……点呼までここにいさせて」
そう言う私の声は震えていた。
奏にあった安心感か、込み上げてくるものがまた溢れてきたのか、いずれにせよ私にはもう限界がきていた。
「ん? い、いいけど……?」
何の事情も知らない奏はそんな私に、怪訝そう表情を浮かべながら、私を迎え入れてくれた。
「かなでぇ!」
玄関から靴を脱いで、部屋に入った瞬間、私は衝動的に奏でに抱きついていた。
それを合図にして、私の目頭からかは悲しい想いが溢れ出していく。
あの放課後のひなの表情、言葉が甦ってくる。その悲しい気持ちが涙へと変わっていく。もう私のダムは決壊していた、どうにも止まらない。
「うぇ!? ちょっ、愛実……? ど、どうしたの!?」
そんな突然の私の行動に、驚き、戸惑う奏。だが、すぐに私の思いが伝わったのか、何も言わずに私を抱きしめ返してくれる。そしてまるでお母さんのように、優しい手つきで私の頭を撫でてくれる。それで私の心の傷が、少しずつ少しずつ癒やされていくのがわかった。
「……落ち着いた?」
しばらくそんな状態が続き、ようやく涙が収まった頃、優しい声をして奏がそう訊いてきてくれる。
「うん、ごめんね」
「愛実、大丈夫?」
部屋にいたさくらも心配そうにこちらへ近寄ってそう訊いてくる。
「さくらも、ありがとう」
「でも、ホントどうしたの? 何かあった、てかあったよね?」
いきなり友達の部屋へと来て泣きつけば、何かあったと思うのは当然のこと。友達ならばそれが心配になって、何かできることはないかと手を差し伸べてくれるもの。
「……ごめん、こんなことしておいて言うのもアレなんだけど、話す気分にはなれない。どちらかと言えば、今はそれを忘れたいかな」
でも、私はその手を掴むことはできなかった。もう私は疲れた。だからこれ以上それについて考えるのは苦でしかない。
一旦それを、せめてでもここでは全て忘れたい。
この時間が終われば、ちゃんと向き合うから、ちょっとぐらい、いいでしょ?
「そっか。ムリには訊かないよ。よしっ! じゃあ何かして遊ぼっか!」
奏は私のお願いを快く聞いてくれ、笑顔でそう提案する。その心遣いが今の私には何より嬉しいものだった。すごく助かる。
「うん、だね!」
それからさくらと奏の3人で、遊ぶこととなった。
その瞬間だけは、私は全てのしがらみを忘れて、純粋に楽しむことができた。点呼までの、僅かな時間ではあったが、心の傷が癒えたようにも思える。やはり持つべきは友、と言ったところだろうか。そんな友への感謝しながらも、私は再び自分の部屋へと戻った。
意外、というか予想どおりというか、ひなは私の作っていた夕食を完食し、その食器もちゃんと洗ってある状態になっていた。ただ、顔を合わせたくはないのか、相変わらず布団にくるまったままだった。
それは仕方がないことと受け止め、私はそんなひなに特に話しかけることもなく、まるで1人暮らしの人みたく生活を送っていた。




