12話「再認識」
部屋に帰ってくると、まずひなの靴が目に入った。つまり、ひなは私たちの部屋にいるということだ。
だが、私たち以外の靴は他にはなく、ひな1人だということがわかる。この時間だったら、奏たちにご馳走なっているところだと思っていたのに。だとすると、もう食べてしまったのだろうか。そんな疑問を抱きながら、私はリビングへと入っていく。
「あっ、おかえりー! 待ってたよー」
ひなはどうやら漫画を読んでいたようで、ドアの音で気づいたのか、こちらへ振り返り、気になる言葉を口にする。
「うん、ただいま。『待ってた』って?」
「いや、やっぱりひなの料理が食べたくて、さ。待ってたんだ」
ちょっと照れくさそうに頬を指で掻きながら、そんな嬉しいことを言ってくれるひな。
「ひな……」
「わわっ!? ど、どうしたの、急に!?」
その言葉があまりにも嬉しすぎて、ひなに抱きついてしまう。
普段ならなんてことのないセリフも、今の私にはとても心に響いてしまう。
そんな私に、驚きつつも戸惑いをみせるひな。あたふたして、手をどうしていいかわからなくなってる。
「……ねえ、しばらくこのままでいい……?」
嬉しくて嬉しくて、思わず涙が零れ落ちそうになっていた。でも、私はそれを必死で堪える。
だってここで泣いてしまったら、きっとひなは心配するだろうから。もうどうにも誤魔化しきれなくなってしまうだろうから。ひなには心配をかけたくない。
「う、うん……いいけど……大丈夫?」
大丈夫か大丈夫ではないかといえば後者の方だ。もうどうにも後戻り出来なくなっている。
先輩は勘違いしてしまうし、もはや状況はより悪くなっている。ホント、今すぐにでもこの状況から逃げ出してしまいたい。全てを投げ出してしまいたい。でもそれが出来たら苦労はしないわけで、現実は否が応でも進んでいく。
「今は……何も訊かないで……このままいさせて……」
だから今日はひなにとことん甘えることにした。
ひなのぬくもりを感じて、この疲れきった心を癒やすことにした。ひなもひなでこの事について何も言わず、訊かず。それに加えて、なんとひなは優しく頭を撫で始めてくれる。またそれで心がじわーっと温かくなっていく。もう涙腺が崩壊しそうなほど、私は弱っていた。
でも、それを必死で抑え、ひなのぬくもりに安らぎを求めていく。それから2人はしばらくそのまま抱き合った状態で、静かに時が流れていくのを感じていた。
「――よしっ、今日は腕をふるっちゃおうかな! ひなの好きな料理作るよ!」
私も立ち直ったところで、私は腕まくりをしながらそんな事を言ってみる。
せっかくひなは私の料理のために待っていてくれたのだから、今日は大盤振る舞いしようではないか。癒やしてもらった、というお礼もあるのだから。
「やったぁー!」
それに、本当に子供のように無邪気にはしゃいでいるひな。
私はそのかわいいひなにほっこりとしながら、キッチンへと向かった。
どうやら私のいらぬ心配は徒労に終わったようだ。私はひなが好きだ。自信を持って、胸を張ってそう言える。今ので、それをこれでもかというほど思い知らされた。
だから私は先輩は恋愛対象ではない。ただの先輩、よりは今は『友達』の関係。私があの時間を楽しめたのも、『友達との時間』だから楽しめたということだっただけなのだ。
後は先輩だけ、その先輩が勘違いをし始めているということ。手遅れになる前に、なんとかしければ。