5話「好きな人の好きな人、の……」
それから私たちはアトラクションというアトラクションを遊び尽くし、ほぼ一通り回ることができた。そして時は気づけばもう夕刻となっていた。
ここの遊園地は夜までやっているので、まだ閉園時間ではないが、やはり子供連れが多いためか人の数はかなり減っていた。私たちも満足なほどにアトラクションを楽しんだので、そろそろシメの空気が流れていた。
「最後に、ね……観覧車乗らない?」
どうやら先輩は最後に観覧車に乗って終わりたいようだ。
だが、その割にはどこか歯切れが悪く、その表情もなんとなく強張っている感じがする。
本来、観覧車はまったりと穏やかな気分で乗って、景色を楽しむもの。どうしてそんな表情をしているのだろうと、不思議だった。仮に先輩が高所恐怖症だったら、そんな提案をするはずがないし、それ以外の理由はちょっと思いつかない。
「いいですよ」
私は別に高所恐怖症でもなく、断る理由もないのでそれを快く受け入れた。
そんなわけで、私たちは観覧車へと向かう。その途中、急に口数が減りだした先輩。
なんだろう、意外と子供っぽく『終わるのが物悲しい』とかなのかな。だとしたら、ものすごく先輩を見る目が変わりそう。だし、それをひなより先に知ってしまうという罪悪感が生まれそうだ。
どこか様子がおかしい先輩を不思議に思いながら、観覧車の乗口に到着する。やはり人は少なく、すんなりと乗ることが出来た。それから観覧車の中へと入り、私たちは自然と隣同士で座る。
そしていよいよ観覧車は動きだし、ゆっくりとだが、上へ上へと昇っていく。それと同時に、地上から1つ、また1つと遠ざかっていき、中から見える景色もそれに合わせて高くなっていく。
「うわぁー……キレイですね!」
乗った時間帯がちょうどよかった。夕陽に照らされ、オレンジ色に染まった街の風景。あまり高いところから街の景色を見ることがなかったこともあってか、それが私にとってはとても新鮮で、キレイに映った。
「そうね」
私の感動した様子とは打って変わって、言ってしまえば冷めたような口調でそっけなく呟く先輩。
でもそれは決してこれがつまらないというわけではなく、何か別のことに気を取られて、心ここにあらずと言った感じだった。自分から乗ろうと言ってきた割には、先輩は景色を見つめず、うつむいて一点を見つめてばかりいる。先輩は景色を見るためではなく、どうやら他の目的でここに私を連れてきたみたいだ。
「――ねえ、愛実ちゃんお話があるの」
それからしばらく時間が経ち、ちょうど私たちの観覧車が頂点に達した頃だろうか、重い口を開け、真剣な顔をして隣の私を見つめる。
「は、はい、なんですか?」
それに緊張してしまい、かしこまってしまう私。
その、この場に似つかわしくない真剣な眼差しは、使命感にも似た意思が感じられた。
「私、ね……」
そこで口を閉ざしてしまう。どうも歯切れが悪い。
胸に手を当て、目をつぶり、軽く何度も呼吸をしている。どうやらよほどな大事なお話のようだ。
それに私はもはや恐怖のようなものを感じ始めていた。どんなことを話されるのか、全く予想もできない。だからこそ怖かった。
「すぅー……はぁー……わ、私、その……愛実ちゃんのことが……好き、なの!」
大きく深呼吸して、やっとの思いで想いを口にする。
その言葉に一瞬理解が追いつかず、私は頭の中で先輩の言葉を復唱し、意味を考え始める。
「え? …………えええええ――――!?」
そして先輩の言葉を理解した瞬間、雷にでも打たれたかのように体中に電撃が走りだす。そして、まるで時が止まったかのように、思考も体も停止する。
「ふふ、驚いた?」
自分の思いを告げられたことで調子が戻ったのか、先輩はいつもの感じでいたずらっぽく微笑んでそう言った。
「そりゃ、驚きますよ!」
――先輩が私のことを好き?
もちろんそれは『like』的な意味合いではく『love』的な意味合いでってこと?
私はその事実があまりにも予想外すぎて、頭が混乱していた。
あくまでも私たちは『友達の先輩』と『後輩の友達』という関係だったのに。もちろん普通に話す程度には仲はいいと思っていたけれど、それでもそこまで親密な関係だったとはお世辞にも言えない。
それに先輩は全くもってそんな素振りは見せなかったし、そんな感じも出ていなかったはず。じゃあ、なにがきっかけ? そもそも、いつから? それにどうして私?
色々な疑問が頭の中に浮かび上がり、私をどんどんと混乱させていく。
「だよね、いくらなんでも唐突すぎるもんね。でね、愛実ちゃん」
「は、はい!」
頭が混乱していて整理もままならない状態で名前を呼ばれ、思わず声が上ずってしまう。
「告白の返事はしないでほしいの」
そんな私を裏腹に、先輩は思いがけない言葉を発してきた。
「え、どうして?」
「ホントのことを言うとね、私も愛実ちゃんの返事を訊きたいんだけど、今はもう告白するだけでいっぱいっぱいなの。もう私には返事を訊けるだけの余裕がないの、だから、ね?」
「でも、いいんですか? そっちの方が答えを聞けない分、悶々として辛いと思うんですけど……」
想いは伝えられたけど、自分のことを好きなのか、嫌いなのか。それが分からない。
それはきっとこれから私を見る度にそれが思い起こされ、先輩は思い悩んでしまうと思う。それはここでハッキリと答えを聞くより辛いそうに、私は思える。
「いいのよ。それにここでもし断られでもしたら、ホントにショックで死んじゃうかもしれないし。逆に受け入れられても、それはそれで嬉しさでおかしくなっちゃいそうだし。ただね、1つだけお願いがあるの」
「なんですか?」
「また今日みたいにどこかに遊びにいかない? ああ、あくまでも『友達』としてね! 私、今日は本当にすごく楽しかったの! だからまたこんなことしたいなーって、どうかしら?」
ちょっと上目遣いで、ねだるようにそうお願いしてくる先輩。
「……そのー、えとー……」
これを私が受け入れてしまった場合、その先はどうなってしまうのか、それは私には容易に想像できる。そう、だから答えは1つしかない。
「……いいですよ」
けれど、私の答えを待つ先輩の、その不安そうな顔の前ではこう言うことしかできなかった。
本当に私はバカだ、自分が嫌になる。ひなのことを恐れて、自分で自分の首を締めるなんて、バカげてる。このままいけば、いずれは誰かに見られるにきまっている。そしてそれが巡り巡ってひなの耳に入り、バレる。そうすればもうおしまいだ。私とひなの関係に亀裂が入る。
でもだからといって、ここで断るのは私にはできない。ここで断りでもしたら、先輩はここで本当に死にかねない。今先輩は自分の気持ちを告げられただけで、精一杯なのだ。変に刺激するのはよくないし、それに先輩を傷つけるということは、回り回ってひなを傷つけることにもなる。『先輩をフッた』なんてウワサが入りでもしたら、それこそ亀裂が入りかねない。これはあくまで『友達』として関係を持つだけのことなのだ、それだけなのだ。『友達の先輩と後輩の友達』という関係から正式な『友達』にランクアップしたに過ぎないのだ。だからこれはあくまでも『友達』の関係でどこかへ遊びに行ったりするだけ。決してやましい意味はない。ひなを裏切る行為ではない。
私は、そう自分に言い聞かせる。
「ホント!? ありがとう! じゃあ、それについては追々連絡するね!」
先輩は私の手を握りながら、とても嬉しそうな表情をしていた。
その笑顔に、私は少し罪悪感が湧いてくる。先輩の好意を仇で返しているようなものなのだから
それから先輩はいつも通りの先輩へと戻り、降りていく観覧車の中、今度こそ景色を堪能しながら地上へと戻っていった。観覧車が終わった、ということは今日の私たちの遊園地も終わりということ。私たちは観覧車を後にして、遊園地から寮へと戻ることとなった。
◇◆◇◆◇
それから私と先輩はバスで帰ることに。バスの中では、私は先輩の話もほとんど頭に入らないほど、頭の中が混乱していた。
それだけあの観覧車の、短い時間で色々なことが起こったのだ。起こってしまったのだ。そして気がついたころには朝の集合場所であった駅で、解散となっていた。幸い……と言っていいのかわからないが、先輩は駅で用事があるらしい。なので、私は寮に1人で帰ることに。
「はぁー……」
先輩と別れ、完全に1人の状態となったところで、そんな大きなため息をつく。
まさかこんなことになってしまうとは、誰が予想できただろうか。それはまるで、止まっていた時計の針が何の前触れもなく、突然動き始めたかのよう。
おそらく、次にこの針が止まるのは私たちの関係に決着がついた時だろう。そしてたぶん、それを止めることができるのは今の時点では私だけ。
でも、その重荷はあまりにも私には重すぎる。その重さで押し潰れされしまいそうなくらいだ。それほどまでに私は今重いものを背負っているのだ。それにもし、今後に私が少しでも誤った行動をとってしまえば、私たちの関係は一気に崩落してしまうだろう。それすらも、私の手にかかっているのだ。
今すぐにでも私はここから逃げ出したかった。それだけ私は恐怖と不安に苛まれている。はたして、私はこの最悪な状況を乗り切れることはできるのだろうか。ただただ平穏無事に終わることを祈るばかりだ。




