3話「先輩とお化け屋敷」
電車に揺られることしばし、いよいよ遊園地に到着した。流石は大型連休、見渡す限り人、人、人で溢れかえっていた。親子連れや、学生たちがこれでもかと言うほど集まって、大型連休を満喫しているようだ。かくいう私たちもそれに含まれる。
でも、これではまともにアトラクションに乗れないのではないか、とちょっと不安だった。気が乗らないとはいえ、せっかく先輩と来たのだから、遊ばないと損。タダで来てるわけではないのだから、もったいない。それに知人に見つかるかどうか、なんて結局運でしかない。だったら今はもう会わないように祈るだけ、それが私にできる唯一のこと。
だから私はそのことを忘れない程度に頭の隅に置いておき、今はこの先輩との遊園地を楽しむことにした。
「結構、人多いねぇー」
共に歩きながら、先輩は辺りを見渡してそう呟く。
「まあ連休ですからねー」
「まずはどこ行こっか?」
「あんま並ばなそうなとこがいいですよねーあっ、お化け屋敷とかどうですか?」
私は入り口でもらったパンフを見ながら、そう提案してみる。
ここならそもそも2人だけの空間ができる。まず、他の人に出会うことはない。その上あそこは暗い、遠目では誰か識別出来ないだろう。そういうことも踏まえつつ、私はアトラクションを選んでいく。
「えっ……」
だけれど、その提案に急に足を止めて、私を見つめる先輩。
それはいかにも『それはちょっと……』と言いたそうな顔だった。おや、もしかして――
「もしかして先輩、お化け苦手ですか?」
「そっ、それは……」
どうやら図星だったようで、先輩は目を泳がせながら言い淀む。
「じゃあ、やめときます?」
今回の目的はあくまでも『楽しむ』こと。別にわざわざ苦手なもの行って、空気が悪くなっても嫌だ。先輩が苦手なのであれば、他のアトラクションにしたほうがいいだろう。
「……ううん、大丈夫、行くわ」
明らかに顔をひきつらせて、ちょっと無理した感じの先輩。そんな表情とは裏腹に、それは固い意思のこもった言葉であった。
「本当に大丈夫ですか?」
私はそのムリした感じの発言に、心配でしょうがなかった。先輩がどの程度お化けが苦手なのかはわからないが、何かあってからでは遅いし、気絶とかされても大変だ。
「うん、平気よ」
先輩が大丈夫というからには大丈夫なのだろう。私としては気が引けるが、先輩の言葉を信じ、お化け屋敷へと向かった。
◇◆◇◆◇
それはまさにお化け『屋敷』といった和風テイストのお屋敷だった。
暗い雰囲気で、おどろおどろしい外観だ。でも、その割にはここのお化け屋敷はさほど怖くはないことで有名。
なので、私は何の気なしに入っていく。それに対して、先輩は裾を掴みながら、後ろをついてくる。
中に入ると、やはり予想通りの内装で、入ってすぐに和風の玄関がお目見えする。そこから指示された順路に従い、廊下を歩いて行く。その途中途中の部屋では障子が破れていたり、戸に露骨な魔除けのお札が貼られていたり、雰囲気はそれっぽかった。
「うわぁーくらいぃー……」
先輩はよほど怖いのか、私の腕にしっかりとしがみついて歩いてる。
これ、誰かに見つかったら勘違いされるだろうな。
「先輩、歩きづらいです……」
怖いのはわかるのだが、それだけひっつかれると、いくらなんでも歩きづらい。思ったように足が進まず、先に進まない。
「うぅー……出るまで我慢してぇー……」
そんなこと言われると、なんでお化け屋敷に来たんですか、と言いたくなってくる。
苦手なんだったら、ムリに行かなくてもよかったのに。所謂、『怖いもの見たさ』的なものなのだろうか。
先輩はそれからも一向に離れてくれる気はなさそうなので、仕方がなく諦め、この状態のままでいくことに。しばらく歩いていると、壁についた格子窓から――
「うーらぁめぇしぃや~!」
なんて決まりきったBGMが流れ、決まりきったベタなセリフが聞こえてくる。そちらの方へと向くと、明らかに作り物感が全開の髪の長い幽霊が登場する。
「キャアアアアア――――!!」
そんな子供だましなしかけに、異常なほどに驚く先輩。顔を私の肩に隠し、怯えているようだ。
「大丈夫ですよ、先輩」
などと言いながら、どういうわけか自然と自分の手が先輩の頭へと行き、気づけばそれをなだめるように頭を撫でていた。
しばらくそれをしていると、落ち着いたのか、先輩は怯える様子はなくった。
それからちょっと歩いて行くと、今度は目の前の壁にこれまたおぞましい姿の人が描かれた掛け軸が貼られている。いかにもな感じに警戒しながら歩いて行き、そこを通り過ぎようとした時――
「うわああああ――――!!!」
その掛け軸が大きな音を立てて、地面に落ちてしまった。
またしてもこの仕掛けに、まんまと引っかかる先輩。お化け屋敷の運営側としたら、ホントいい客なんだろうな。
そんなことを思いながら、さっきの掛け軸の仕掛けに残念なところを見つけてしまった。しばらく経つと、その掛け軸がまるで機械のように元の定位置に戻っていくのだ。雰囲気台無し。いや、ある意味ひとりでに戻っていくのはホラーなのかも。
それからさらに進んでいくと、格子で囲われた部屋にこれまた作り物の女の子が悲しそうな表情をして立っている。
「助けてぇ……助けてぇよ……!」
そんな物悲しそうな声で、私たちにそう乞う。たぶん、ここに閉じ込められてしまったのだろう。これは怖い、というよりむしろ可哀想に思えてくる。
「うわぁ……」
これには先輩も驚くよりは、引いているといったのほうが正しい表情を浮かべている。
私たちはそんな複雑な思いで、その女の子を見つめながら、それを無視して進んでいく。
それからもいくつかの細かい仕掛け、大きな仕掛け全てに反応し、驚いていく先輩。本当に作ってる側として、全てに良い反応を見せてくれるありがたいお客だろう。そんなことを思っていると、前方に光が見えてくる。どうやら出口のようだ。
「あ、出口!」
それに気づいた瞬間、先輩は水を得た魚のように元気になる。そのままちょっと駆け足で、出口へと向かおうとするが――
「先輩、出る前に、この体勢は色々とマズイので離れてもらっていいですか?」
私はそれを制止し、出る前にこの腕に抱きついている状態を解除してもらう。
このまま外に出たら、いくらなんでもマズイ。余計に勘違いされる。
「あっ、うん、ごめん」
ちょっと名残惜しそうに私から離れてくれる先輩。
そして、私たちはそのまま出口へと向かい、光を浴びる。しばらく暗いところにいたので、それに慣れるまでに時間がかかった。
「先輩、大丈夫でした?」
やはり評判通り、『怖く』はなかった。
むしろ言うならば、音とかで『驚かせる』タイプのお化け屋敷だった。だが、私でもビックリするようなところもあったし、意外と楽しむことができた。
「うん、怖かったけど、楽しかった」
優しい笑顔で微笑む先輩。やはり終わってから元気なあたり、『怖いもの見たさ』だったのだろうか。
私の心配は徒労に終わったようだ。でも、それでも先輩も楽しんでくれたのならそれはそれで嬉しいかも。
「次、どこ行きます?」
「そうねー……愛実ちゃんはどこか行きたい場所ある?」
「んー……やっぱジェットコースター、とか行きたいですけど……混んでますよねぇー……」
遊園地、といえばもう『ジェットコースター』と言っても過言ではないほど、遊園地のメインだ。となれば、もう人も多い。特に今日は連休。並ぶことは必死だろう。
でも、あまり並んでばかりいては、結局他のアトラクションに乗る時間が少なくなってしまう。それだけは避けたい。もちろんジェットコースターにも乗りたいけど、他のアトラクションもいっぱい回りたい。
んー、悩ましい選択だ。
「あっ、でも今はお昼時だから行けるんじゃないかしら?」
私が悩んでいるところに、そんな妙案を思いつく先輩。
「なるほどー! そうかもしれませんね!」
みんなお昼で園内の食堂とかに行っているから、必然的に人気アトラクションも空いていくと。
これならもしかすると、ジェットコースターも並ばずに乗れるかもしれない。
「うん、行ってみて並んでいるようだったら、後回しにしましょうよ」
「そうですね! 行きましょう!」
私たちはそんな一応の保険をかけて、ジェットコースター乗り場へと先輩と共に向かった。