2話「当日の朝」
朝が来た。今日は先輩と遊園地へ行く。天候は雲一つない晴れ空で、空気も心地よく、まさにお出かけするには最高の日和となった。
初めて先輩との2人きりで遊園地へ行くということもあって、私は朝からちょっと緊張気味だった。
だけれどそんなんじゃ楽しめるものも楽しめまい。私は深呼吸をして、気持ちを落ち着かせつつ、出かける準備をしていた。
「――おはよーひな。朝だよ、起きて!」
朝食の準備を済ませたところで、ひなをいつものように起こしに行く。
私が起きて一番に起こさないのは、ひなにちょっとでも睡眠時間をあげるため。せいぜい数十分程度だけれど、朝の数十分は大きいと思う。こんなまるでお母さんみたいなことを私は毎日している。
でもそれがもう私には日常で、逆にそれがないと落ち着かない依存症みたいな感じになっている。
「あと……5分……」
いつものように体を揺さぶり、声をかけて起こすと、定番の寝言を呟きながらこちら側へと寝返りをうってくる。休日の朝だと言うのに、この子はダラダラと寝て、起きる気はさらさらないようだ。
「――うっ……かわいい」
そんな寝返りをうって顕になった寝顔に、未だにキュンと来てしまう私だった。
何度見てもこの寝顔はズルい。反則的にカワイすぎる。フィルターがいくらかはかかっているとは言え、それを差し引いてもめちゃくちゃカワイイ。そのカワイさに、私の中からたまらなく愛が溢れてくる。
そして同時に、ああ、やっぱり私はひなのことが好きなんだと再認識する。でもちょっぴり憂鬱な気分にもなる。それはひなが先輩のことを好きだから。つまりは私は彼女に片思いしているのだ。絶対に叶わない片思いを。
私はいっつも心の底からひなの恋の矛先が私に向いてくれたらなって思っている。でもそれはあくまでも私が抱く淡い希望、もしくはただの妄想。現実はやっぱりひなは先輩のことが好き。だから私もちゃんとその現実を受け止めて、『親友』として応援してあげようと思っている。
なんだけれど……それを頭で理解しているはずなのに、目の前の誘惑に、心が動かされてしまう。
「…………ごくり」
思わず生唾を飲んで、目線をひなのアレへと向けていく。
今日の私は朝からどこか変だ。いつもの見慣れたはずの光景に、私の理性が何か大きなハンマーにでも力強く叩き割られているかのように、壊れ落ちていく。
「ちょっとぐらいなら……」
バレなきゃ大丈夫だよね。証拠は残らないし、気づかれないうちにさっさと済ませてしまえば問題なし。
私は自分で自分を甘やかし、いよいよ気持ちが抑えきれなくなり、覚悟を決める。
柔らかそうな唇に照準をロックする。そして目をつぶり、ゆっくりとひなの唇に近づけていく。心臓はバクバクと鼓動を打ち、動かす顔が唇が震えてしまう。
「ひな……」
ホントに、あと数cmで触れられる距離で一旦動きを止め、再度目を開ける。彼女の名前を呟きながら、まだ起きてないことを確信し、いよいよ触れる――
「うわぁッ!?」
あと一歩のところで、まるで私の行動を予見していたかのようにひなが突然パッと目を見開いて、目を覚ましてしまった。
私はその突然の事態に、していた事が事なだけに声を上げて驚いてしまい、動揺した拍子に足を滑らせ、尻もちをついてしまった。
あぁ、心臓が止まるかと思った。ひなにキスしようとしていたなんてことがバレたら大変だ。もしあと一歩遅かったら、どうにも言い訳できなくなってたもの。
「わっ!? ビックリしたー!? てか、愛実、大丈夫!?」
何も知らないひなも、急に私が尻もちをついたことに驚き、心配そうにこちらを見つめている。
「うん、大丈夫。急に起きるからビックリしちゃったよー」
私はあくまでもさっきまでのアレはなかったような素振りで、ひなと接する。
「ああ、ごめんごめん。でもなんか覗き込んでたみたいだけど、何かあった?」
どうやらひなも私のアレには気づいてなかったようだ。よかった、これでバレずに済む。
「ううん、別に」
私は安心しながら、ひなに嘘をつき、平静を装いつつ返事をする。
「そっか、ならいいけど」
「よっし、じゃあひなも起きたことだし、もうすぐ朝食できるから、待っててね」
「うん、わかったー!」
それから私は朝食作りを再開する。
キッチンに着いてもなお、私の胸のドキドキは収まらなかった。でも、ひなが起きたということで理性にストップがかかったからよかったものの、あのまま本当にしてしまっていたなら……たぶん歯止めが効かなってたかもしれない。毎朝、気づかれないようにキスをしていそうだ。
だからむしろひながあのタイミングで起きてくれてよかった。理性にもストッパーがちゃんとかかって、いつもの状態に元通り。私の想いは爆発させちゃいけないんだから。抑え込まないと。そう頭に言い聞かせながら、私は朝食作りに頭を切り替えることにした。
◇◆◇◆◇
それから私たちは出来た朝食をとり、ひなはテレビでも見ながらまったりとしていた。
その傍ら、私の方は出かける準備をしていた。さすがにお出かけするのだから、ある程度のオシャレをしないと。だから色々と服をああでもないこうでもないと選び、姿見とにらめっこしていた。
「あれ、愛実。今日どこか行くの?」
そんな折に、私が着替えているのを見て、不思議に思ったのか、そんなことを訊いてくる。
「うん、ちょっと街までね」
なんて、私はひなに嘘をついてみた。
なんとなく、ひなに言いづらいものがあった。それにひなのことだ、言ってしまえば『私も行く!』なんて元気な声でそんなことを言い出しそうだったし、ここは秘密にしておいた方がいいなと思った。先輩は『2人で』行きたいみたいだし。
「へー『ちょっと』にしてはオシャレしているよね……あっ、もしかしてデートとか?」
ちょっとニヤニヤしながら、そんなことを訊いてくるひな。しかもひなは鋭く、まるで探偵みたいに今日のことを当てていく。
「デート……? あっ……いやいやそんなんじゃないよ……!?」
その『デート』という言葉に、私はある重大な事に気づいてしまった。動揺しながらも、私はそれを否定する。
「ふうん、まあいいや。いつ帰ってくるの?」
「んー、だいたい夕方ぐらいかなぁー?」
「うん、わかった」
なんとか、これ以上の言及を避けられたみたいだ、ひなはテレビの方へと向き直る。
もっともひなも強引な追求をしてこない子だから、大丈夫だとは思っていたけれど。それから私がようやく来ていく服を選び、準備も整い、後は出発するだけとなった。ひなはどうやら私を玄関先まで見送ってくれるそうで、私たちは共に玄関先へと向かう。
「じゃあ、いってらっしゃーい!」
そこでひなはいつもの元気そうな顔で、手を振りながら私を見送ってくれる。
「いってきまーす」
私も軽く手を振って、部屋を後にし、待ち合わせの場所へと歩を進める。
でも歩きながら、私の頭の中は大混乱していた。ひなに言われて気づいたこと、これってよくよく考えてみればデートと思われてもおかしくない。たぶん見る人によってはカップルが休日にデートしている思われてもおかしくないと思う。それがウチの生徒で、巡り巡ってひなの耳に入ったら絶対に誤解される。あの子の性格を考えると、絶対勘違いする。
だから今日のこの先輩との遊園地は、私にとって恐怖に怯えながらバレないように、それこそ忍者みたいになってこの1日を終わらせなければならないわけだ。休みの遊園地に、大型連休のおまけつき。私たちを知ってる人がいてもおかしくはない。
それにもっと言えば、私と先輩は滅多に2人きりなることのない関係。それはつまり、先輩の知人たちから見れば、あまり見ない人が隣にいて遊園地を満喫している風景に映るはず。だったらその見慣れない人を『恋人かな?』と思ってしまうだろう。私がその立場だったらそう感じてしまう。ちょっと考えすぎかもしれないけど、いつどこかで誰が私たちのことを見てて、その人たちがどう思うかまで私たちはコントロールできない。その人たちが勝手に都合のいいように解釈するかもしれない。
でもだからといって、今日急にキャンセルするというわけにもいかない。それは先輩に失礼。なのでもう私は待ち合わせ場所に行くしかないわけだ。まさかこんなにも待ち合わせ前に気が重くなるなんて思っても見なかった。ちょっと憂鬱。
「はぁー……どうしよう……」
それから私は重い足取りのまま、バスに乗って、いよいよ待ち合わせ場所の駅前に着いてしまった。
どうやら、先輩はまだ来ていないようだ。私はそんな露骨なため息をつきながら考える。
一番最悪なパターンは目撃されるだけで終わる場合。話しかけれてもらえれば、事情を説明することができるけど、ただ目撃されただけでは勝手に自分で出した答えを事実としてしまうか、ないしは、そのウワサがあたかも事実のように出回っていく可能性がある。
それは自分で把握することもできない上に、止めることも難しい。それだけは避けたいけど、自分でどうにかできるものでもない。
「あっ、ごめーん! 待った?」
そんなことを考えているうちに、ついに先輩が来たようで、軽く謝りながらそう言ってくる。
「いいえ、全然。さあさあ、行きましょう!」
ちょっとムリ目にテンション上げて、先輩と共に駅へと入っていく。とりあえず、これはデートみたいなもの。先輩の機嫌を損ねるわけにはいかない。
それもまた巡ってひなの、私への評価を下げることになりかねないから。私の好きな人の好きな人とするデート。
うぅー……このデート、私には荷が重すぎるよぉー……そんな不満を心の中で漏らしながら、遊園地へと向かった。




