6話「迷走する想い」
亜弥ちゃんへの気持ち探しは結局のところ、何も成果を得られずに一日が終わりを迎えてしまった。
亜弥ちゃんのことを考えれば考えるほど、『恋』とか『愛』とか『好き』というものがわからなくなっていき、最終的には哲学めいてくる。
このままでは永遠に解決に向かうことはないと思い、由乃ちゃんの所へ助けを求めに行くことにした。もうこうなってしまったら、由乃ちゃんに再び相談する他ない。由乃ちゃんも応援してくれると言っていたのだから、その言葉に今は甘えよう。私は部屋の前で覚悟を決め、一呼吸おいてからインターホンを押す。
「はい、どちら様でしょうか?」
するとインターホンから由乃ちゃんの声が聞こえた。
「やっほ、由乃ちゃん! 今大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですけど……あ、もしかして例の件のことですか?」
由乃ちゃんは察しがいいようで、すぐにあのことだと気づいてくれる。本当にこう要領がいいと、話が早くてすごく助かる。
「うん、それでまた相談させてほしいんだ、いいかな?」
「ええ、大丈夫ですよ。今開けますね」
それから数秒して、部屋の扉が開き、由乃ちゃんが姿を現した。
「さあ、どうぞあがってください」
由乃ちゃんはいつもの優しい笑みで、私を迎え入れてくれる。
「ありがと、お邪魔しまーす」
私はそのお言葉に甘えて由乃ちゃんのお部屋へと入っていく。
するとそこには当然といっては当然ではだけれど、妹の由乃ちゃんもいた。これはラッキーだ。これなら由乃ちゃんにも相談相手になってもらえる。三人寄れば文殊の知恵とも言うし、何か答えが見えてくるかもしれない。
「で、相談とは?」
みんな座ったところで、早速由乃ちゃんが話を切り出す。
「うん、なんか今日一日考えてみたら、余計にわからなくなちゃった。考えれば考えるほど『好き』ってなんだろうって、なんか哲学みたいになってきて」
「申し訳ありません、私の助言が余計にややこしくしてしまいましたね」
由乃ちゃんが申し訳なさそうにして、私に謝る。それを見て、私は少しの罪悪感を覚えた。むしろ由乃ちゃんは私にアドバイスをくれる天使のような存在で、謝る必要なんてないのに。
「いやいや、由乃ちゃんは悪くないよ! 全部私が悪いんだから……で、どうすればいいと思う?」
「んーそうですねー……襟香さんは先程『好き』というものがわからないとおっしゃいましたよね?」
うん、と私がその問いに返答する。『好き』がもう何か高尚な概念みたいに思えてくる。その域に達することができてない私。今そんな感じ。
「もしかすると、また混乱させてしまうかもしれませんが、『好き』そのものの意味というものを知ったほうがよいのではないでしょうか?」
「そのものの意味を知る……?」
「ええ、わからないのであれば、調べてそれを知ればいいのですよ。私も知らないことはその日の内に調べて、理解するようにしていますし」
「へーすごい。でもさ、例えばそれを辞書とかで調べるとするでしょ? そしたらなんかさらにわからなくなりそう……大丈夫かな? ほら、辞書って文章が堅くてわかりづらいそうだし」
「そうですね、確かに辞書等では少し理解し難いかもしれません。でも人からの意見なら、なんとなくニュアンスはわかるのではないでしょうか?」
「人の意見……あーそっかー」
たしかに納得だ。辞書が嫌なら、人に聞けばいい。私が先生にしたみたいに、それぞの『好き』を知ればいいんだ。そしたら何かピンと来るものがあるかもしれない。
「はい、そのほうが言葉も堅くありませんし、人の方が単に意味だけではなく、より具体的な意見が聞けると思いますよ」
「そっかーそうだよね! じゃあさ早速、訊いてもいい?」
由乃ちゃんの妙案通りに私は早速それを実行に移すことにする。もちろんそれは由乃ちゃんたちも例外ではない。早くも2人から意見を聞けるのだから、これは見逃せない。
「ええっ! わ、私にですか?」
由乃ちゃんは突然の指名で、しかもまさか自分に来るとは思っていなかった様子で慌ていた。
「うん、後由乃ちゃんにも!」
「え、私も!?」
こちらもこちらで姉と同じくまさか自分に来るとは思っていなかったのか、不意打ちを食らったように驚いた顔をしている由乃ちゃん。
「あなたにとっての『好き』って何ですか? まずはお姉ちゃんの由乃ちゃんから!」
何か恋バナ大会の様相を呈してきた。
こういうのは普段することもないから、ちょっぴり新鮮な気分だ。特に、そういう部分は結構謎に包まれている由乃ちゃんのお話を聞けるのは貴重。
「私は……その恋愛経験はないので、参考にはならないと思いますが……」
由乃ちゃんはかなり自信なさげにそう前置きをする、というより保険をかけておく。
「大丈夫だから、教えて?」
「そ、そうですか? えと、その人とならいつまでも一緒にいたいと思える人……ですかね?」
「一緒にいたいと思える人……でも私、由乃ちゃんや由乃ちゃんといつまでも一緒にいたいと思うよ?」
それだけではない。まりちゃんや亜美ちゃん、他の友達たちとも一緒に仲良くいたいと思う。でも、それでは亜弥ちゃんが好きかどうかがわからない。
「あ、いえ、そういうことではなくてですね……」
「お姉ちゃんの言ってるのは、大切な誰かひとりとってことじゃないかな? もちろん友達だって、ずっと一緒にいたいと思うかもしれないけど、その中でもやっぱりその大切な人が一番強くそう一緒にいたいと思えると思うんだよね。つまりそれが『好きな人』なんじゃないかな? あ、ちなみに私もお姉ちゃんと同意見で」
由乃ちゃんは由乃ちゃんの言葉に続けてお姉ちゃんの回答を補足する。そしてさらりと抜け駆けをして、自分の番を回避する由乃ちゃん。
「あ、こらっ、ゆの! それずるいわよ!」
「えーしょうがないじゃーん、だって私も本当にお姉ちゃんと同じ考えだったんだから」
「一番強くかー……」
つまり亜弥ちゃんのことを『一番強く』一緒にいたいと思っているかどうかということだ。櫻井姉妹や、亜美ちゃん、まりちゃんたちと亜弥ちゃんを比較して、私ははたして亜弥ちゃんをそう思っているのだろうか。
「うん、あ、でも私も恋愛経験ゼロだから鵜呑みにはしないでね? 参考する程度に留めておいて。たぶんもっと多くの人に訊けば、見えてくるんじゃないかな? もちろんそれで混乱しちゃうかもしれないけど、でもいろんな人の価値観を聞いたら、自分の答えを見出すこともできるんじゃないかな?」
「そっか、そうだよね! もしかしたら私の求めてる答えがそこにあるかもしれないしね!」
今度はまりちゃんや亜美ちゃん辺りにも訊いてみよう。そうすればもっと答えに近づくかもしれないし。
「うん、ていうかさ思ったんだけど、襟香ちゃんって亜弥ちゃんと中学の時からずっと一緒なんでしょ?」
「うん、クラスも全部一緒」
「じゃあ逆に一緒にいすぎて、感覚が麻痺してるんじゃないかな?」
「そうなのかなー?」
「うん、たぶんそうだと思う。もう亜弥ちゃんがいることが当たり前になりすぎてて、好きかどうかなんて今更わからなくなってるんだよ」
「でも、そうなったらどうすればいいの?」
由乃ちゃんの言う通りのことになっているなら、今の私にはもう手詰まりな気がする。じゃあ逆にしばらく離れる、なんてできないわけだし。
麻痺しながらも、その『好き』を探す方法……って?
「んーなんていうのかー? なんか亜弥ちゃんと他の子を比較して、亜弥ちゃんだけ特別な感じしない?」
「特別?」
「そう、なんかちょっと贔屓目に見たりすることない?」
「んー……」
贔屓目で見るか……
「ある……かも?」
「かもって……とにかくそうであるんだったら、多分『好き』ってことでいいんじゃないかな? だから、襟香ちゃんはその『特別』を思い出せばいいんだよ!」
「特別かぁー」
「でも、その『特別』に固執してしまうと、今日みたいになってしまいますから、『特別』を探しつつ、人にも訊いて、自分なりの答えを探してみてはいかがですか? もしかしたら、『好き』がわかれば意外と答えにたどり着くやもしれませんし」
「うん、そうだね」
そうだ。また頭で考えて、わからなくなってしまえば振り出しに戻ってしまう。それでは同じことの繰り返し、前進することができない。とにかく今は打てる手は全て打ち尽くそう。そうすれば、いずは答えに辿り着くはずだから。
「――今日はありがとうね」
玄関先で、迷走中の私に一筋の光を教えてくれた由乃ちゃんたちに一礼をする。
「これでお力になれると幸いなのですが……」
「うん、ちょっとやることがわかってきた気がする、頑張ってみるね」
「ええ、応援しています!」
「がんばってねー!」
「うん、じゃあまた明日ねー!」
私はそう告げ、部屋を後にし、自分の部屋へと歩を進める。今回の相談で一つだけわかったことがある。それはどうも私は亜弥ちゃんのことが『好き』だということだ。今はまだ確定の段階ではないが、由乃ちゃんの条件にも当てはまるし、間違いないのだろう。でも、そうだと分かっても、私にはなんというか……思っていたものとは違った。どうももっとハッキリとしたものを私は望んでいるみたいだ。ハッキリとしたものか……
「あー、もう!」
また頭で考え始めている。とりえあずこれは一旦置いておいて、今は周りの人に相談して、『好き』を知ろう。そうすればきっと、この問題についても何か光が見えてくるかもしれない。もう少しだけ待っててね、亜弥ちゃん。きっと私なりの答えを導き出すから。