8話「私たちの結末」
数日間、私は唯に対して自分の気持ちを見つける実験を行ってきたが、その全ての結果を考慮して、ある結論にたどり着いた。
私はどうも唯のことが気になりつつある、ということだ。たぶん、唯の持つ『好き』という感情にまでは至ってないような気がする。
だが、私もいよいよ覚悟を決めた。唯との関係を進展させようと思う。そう思った理由は、『好き』という感情にまで至っていないくとも、それが私の中に芽生え始めているんじゃないかと思ったからだ。それが例えまだ浅い段階でも、関係を進展することによって促進されるかもしれない。なので私は唯を図書室の一番奥、歴史書とかなんかそんな誰も読まないような堅苦しいものばかり置いてある場所へと連れ込む。
「ねえ、唯」
最近、私は耳打ちにハマっているみたいで、今回も口を唯の耳元まで寄せ、でも顔も見たいからある程度のところで止め、話を始める。
ちょうど場所も図書室だし、声をひそめて話すのにちょうどいいシチュエーションだろう。
「は、はい」
私が呼び出した、ということでその内容を察しているのだろうか、どこか緊張した様子で返事をする。
「私、ここ数日でわかったことがあるんだ」
「な、何?」
「私、唯のことが気になるみたい」
あえてここは正直に、ありのままの言葉で表す。嘘偽りなど一切いれずに、正直な自分の気持ち、それを唯にぶつける。
「え!?」
どうやら内容までは分かっていなかったようだ。小声ではあるが、その表情はとても驚いた顔をしている。まさか、そんなことあるはずがないとでも言いたそうな顔だ。
「唯は私のこと好き?」
その問いに、恥ずかしそうに、目線を私から逸して頷く唯。
「唯。私、唯の想いをちゃんと言葉で、唯の声で聞きたい。聞かせて?」
「うぅー……」
さらに恥ずかしそうに、まるで犬みたいに唸る唯。
ああ、ホントかわいいなぁー……思わずここで抱きしめてしまいたいぐらいだ。
「私、唯のこと、大好きです!」
『大好き』なんて言葉を使って自分の気持ちを表現する唯。そんな唯を可愛らしいと思いつつ、私は唯を見つめる。
「うん、知ってた」
正直な話、私はもう既に唯の気持ちに気づいている。
だけれど、決して言葉にはしないけれど、ちゃんと唯の言葉で言ってくれたのが嬉しかった。改めて唯が私のことを好きでいてくれているということを実感できた。
「もぉーからかわないでよぉー」
「ごめんって。でね、私は唯とさらなる関係の進展を望んでいるんだ。これに一切の同情とかそういったものはなくて、ただ純粋に私がそう望んでいるだけ」
「うん」
「私を、唯の特別な人にしてもらってもいいかな?」
私の意思を示した上で、唯にそうお願いする。
特別な人に『なる』んじゃなくて、『してもらう』……これが同じようで、微妙に違うのだ。
「うん……喜んで」
照れながらも、優しく微笑み、私のお願いを受け入れてくれる。
「ふふ、照れてる。『あらかわゆい』」
その言葉にあまりにも嬉しくなりすぎて、つい唯をからかいたくなってしまう。ここぞとばかりにあの言葉を使って。
「ちょっ、またそれ! やめてってー!」
困り顔の唯もかわいい。というかもう、何もかもがかわいくて仕方がなかった。
「ふふふーかわゆいなぁー」
自分の顔のニヤニヤが止まらない。
もうこれから唯の可愛さを表現する時はあえて『かわゆい』にしてみようかな。この唯だけのただ唯一の可愛さを表現するにはもってこいだし。
「むー……あっ、めぐみ、虫!」
そんな私にやられっぱなしの唯は頬を膨らませながら、可愛らしく私を睨んでいる。
かと、思ったら何かに気づいたような仕草で指をさし、そんなとんでもないことを言ってくる。
「うぇ――」
それに、あろうことか図書委員が図書室で取り乱し、大声をあげてしまいそうになった、その瞬間――
「んんっ!?」
唇を奪われた。正真正銘のファーストキスを唯に。
せっかくの初めての感触も、その唯の思い切った行動の動揺と驚愕で、味わう余裕なんてなかった。それにそれは一瞬のことだったので、味わう暇もなかった。
「図書室では静かにね」
唇を離した後、人差し指を立ててそれを私の口に当てて、そんなセリフを言ってのける。
それは本来なら図書委員の私が言うセリフなのだが、まさか唯に言われるなんて。それにそんなことをされてしまっては、もう唇と共に、心まで奪われてしまう。
というかもう、心は完全に唯に奪われてしまったようだ。今までにないくらい、心から幸せで温かいものが溢れ出して、ちょっと体も熱い。どうやら私は唯に『恋に落とされてしまった』ようだ。この、今感じている感覚なら、私にも説明ができる。だってこれは以前、すずに対して感じた気持ちだから。
でもよかった。これで私と唯はおんなじ気持ちになれたんだ。そう思うと、なんか嬉しくてどうしようもなかった。
「――でも、よかったよ。私たちの関係が最後まであの本通りにならなくて」
それから恥ずかしさ、というか余韻というかそんなもので、しばらくそこで留まっている時。ふと私は唯の読んでいた本のことを思い出し、そう話し出す。
「え、どうして?」
おそらく唯は最後まで読破しているだろうから、やはり唯はまだアレの存在を知らないようだ。
「そもそもあの2人は互いがフラれた傷の舐め合いからそのまま恋人になったでしょ? 唯は読んでないからしらないだろうけど、これには後日談があって、それが別途で販売されているんだけど、その結末がねぇ……」
「え、何々、どうなるの?」
「てか、ネタバレしていいの?」
「いいよーぶっちゃけ、読書もめぐみの傍にいるための口実だったんだし」
唯はそんな読書好きの私には悲しいような、唯の恋人である私には嬉しようなぶっちゃけ発言をする。
「なら言うけど、結果だけ言うと2人は『別れる』んだ。やっぱ所詮は『傷の舐め合い』で出来た関係だったから、結局のところ愛情が芽生えることはなかったってオチだから」
結局は自分の負った傷を相手に癒やしてもらっていただけ。それ以上でもそれ以下でもない。だからこそ、恋愛感情が芽生えることはなかった。
「ああー本と自分を重ねてた私は、そのまま破局しちゃうかもってわけだ」
「そうそう。あの時は私にはハッキリとした感情はなかったから、余計にね」
決して『めぐみでいいや』というようなことにならないで欲しかった。ちゃんと自分の確固たる意思で私を好きになってもらいたかった。
でも、それもこれも私の考え過ぎだったようだ。今こうして互いが特別な関係になっていることが何よりの証明だろう。
「結局、それもめぐみの取り越し苦労だったわけだ」
「ま、そういうこと」
「――あっ、そうだ。これ渡したかったの」
そういって唯は図書室に呼び出した時からずっと手に持っていたぬいぐるみを私の前に差し出す。
「ん、ぬいぐるみ? あっ、もしかして――」
それを受け取りながら、この生地、色に既視感を覚え、数日前のことを思い出す。
「そう、この間から私が作ってたやつ」
「あーこれ私用に作ってたんだ」
それで納得がいった。この間の下校中に、私が作っている物を訊いた時の唯の反応。それに私は引っかかっていた。でも、それはこのためだったんだ。
そりゃ、プレゼントする人に作っている物を訊かれたら答えにくいはずだ。それを『一番に見せて』なんて言われた余計にだろう。
「うん、これにはね、ちょっとおまじないがかかってるの」
「おまじない?」
「綿の中に好きな人と自分の名前を書いた紙を入れて作って、その好きな人に渡すと結ばれるっておまじない。もう渡す前に叶っちゃったけど」
「ハハハ、そうだね」
「でもね、これさらに続きがあって、お互いがそのぬいぐるみを恋人同士が持っていると、永遠に別れないっておまじないもるの」
「へー、でもこれがなくったって、私たちは永遠に別れることなんてにと思うけどね」
なんて恥ずかしいセリフを言ってみる。でもそれも案外ホントのことになるかもしれない。なんとなく、本当に感覚的なことしか言えないけれど、私たちならそんな気がする。ちょっとやそっとのことで、別れるような関係では決してないと思う。
「うん、そうだといいな、へへ」
そのセリフにまたしても恥ずかしそうに頬を赤らめ、照れながら可愛らしく笑う唯。
「……唯、大好きだよ」
私は唯にちゃんとした愛の告白をして、そのまま彼女を抱き寄せる。
「うん、私も大好き」
唯もそれを受け入れ、手を私の背中へと回す。図書室で何イチャつているのだろうか。誰かに見つかりでもしたら大変だ。でも、今はちょっとだけこうしていたい。唯への愛を、唯から受け取る愛をしばらく感じていたいから。私たちはそれからしばらく、抱擁したまま図書室の中で、愛を紡いでいた。




