6話「新たなる発見」
その後、私はカバンを取りに教室へと向かった。常葉さんの方は案の定、すずと帰るようだ。カバンも先にすずに預けて、待ってもらっているみたい。つくづくあの2人の仲の良さを目の当たりにして、嫉妬している私であった。
そんな思いをしながら教室へと入り、ふと私の席の方へと目をやると、そこには――
「あれ、唯……? 寝てる……? ていうか、あそこ私の席……」
唯がどういうわけか、『私の席』で眠っていた。
おそらく私が常葉さんを屋上に呼び出したのを唯は見ていただろうから、私と一緒に帰りたいがために待っていたのかもしれない。そしてその待っている間に寝てしまった。
だとしても、私の席で待っている理由はよくわからないようで、なんとなくわからなくもないような気もする。
「唯、起き――」
放課後、しかも下校時間も迫っているので、私は不本意ながら唯を起こすことに……しようとしたのだが、その唯の寝姿を捉えた瞬間、思わずその言葉が止まってしまった。
まるで絵画に描かれててもおかしくないような、それほどに唯が美しく、キレイに見えた。その衝撃のせいで、私は本来の『唯を起こす』目的も忘れ、前の席に座りそのまま観賞に浸り始めてしまう。
なんだろう、今まですずしか見れこなかったからかもしれないけれど、唯ってこんなにもキレイで美しかったんだ。
結構まじまじと見ていると、色々な発見があった。髪がすごく細くて、とても綺麗。手に取ってみれば、こぼれてしまぐらい。そして寝顔がすごくかわいい。なんというか、庇護欲が掻き立てられる感じ。ほっぺも柔らかそう、つついたらぷにぷにしてそう。
そんな唯に、私は自然と彼女の頭を撫でていた。
「……あれ、本が落ちてる」
しばらく唯の寝姿を堪能した後、ふと目を地面にやると、ちょうど私の机の下に本が落ちていた。ということはおそらく、私の席で唯は読書をしていたのだろう。読んでいるうちに眠くなった、と。
そんな考察をしながら、私は唯が読んでいた本が気になり、タイトルへと目を向ける。
「これって確か――」
さすがに読書が趣味な私には、このタイトルに既視感があった。でも読んだのがだいぶ昔のことで、詳しく内容までは覚えていなかったので、思い出しがてらパラパラとその本を流し読みする。
「あ、やっぱり」
やはりそこには思っていた内容がその通りにあった。どこまで唯が読んだかは知らないが、この本のオチのことを考えると、やはり……?
「ん……ふぇっ!? 何してるの!?」
どうやらようやく唯が目を覚ましたようで、突然現れた私にあらぬ声を出し、驚いた様子でいる。
「いや、えと、そこ私の席」
とりあえず、今の状況を説明した方が早いと判断し、唯にそう説明する。
「あ、ごめん! いまどくね――」
「あ、ちょっとまって」
自分の状況に気づき、申し訳なさそうに私の席から立とうとする唯を制止する。
「え、何?」
「この本ってさ」
唯にさっきの本を見せながら、私が一番訊きたい、知りたいことを投げかけてみる。
「えっ、ああ! そ、それは……えと、この間私が読みたいっていってたやつ」
私の言葉に、明らかに動揺した様子で、言葉もたどたどしくなる唯。そして徐々に顔が赤く染まっていくのがわかった。
その反応に、私の疑念も確信へと変わっていく。
「ねえ、耳貸して」
なんとなく気分というか、雰囲気というやつだろうか、無性に私は耳打ちで訊きたくなった。
それに、唯は不思議そうな顔をしながら、とりあえず自分の耳を私の方へと向けてくれる。する必要はないだろうが、私も右手を口に添えて、それっぽくする。
「この本と自分を重ねてない?」
この本の主人公は想い人にフラれ、失恋をする。そして主人公の友達も、同じようにフラれ、失恋をする。その後、フラれた者同士は――
「ッ!?」
どうやら唯も、この本のオチがわかるところまで読んでいたようだ。私の言葉にあからさまに驚いた反応をみせ、顔がハッキリとわかるぐらいに真っ赤になる。
「あ、え、えと、そのー……」
あまりにも動揺しすぎているからか、手がわけのわからない動きをして、言葉もハッキリとしない。
ここまでの反応をみるに、私の予想は間違いないだろう。確実に唯はこの本を自分の状況に合わせてみている。その展開を初めから知っていてこの本を読んだのか、それとも単に興味があって読んだらこんな展開になったのか、それは定かではないが、いずれにせよ唯の心は私が射止めてしまったということだ。つまり唯は私と結ばれたがっているというわけだ。
でも、私には1つ気がかりなことがあった。たぶん先の常葉さんの発言からみても、大丈夫だとは思うが、この本での展開通りになってしまうと、少し不都合なことがある。たぶん、それをまだ唯は知らないのではないだろうか。
「唯はこの本の展開で行くと、ああなっちゃうけどいいの?」
なんていじわるな質問をしてみる。ネタバレにならないように、あえて曖昧な言葉を使ってみる。
まあたぶん唯はもうそうなるであろうと、予測しているだろうから無意味かもしれないけど。
「ッ!? も、もうこの話ヤメ! さあ、もう帰ろ!下校時間なっちゃうよ!」
だが、唯はその質問には答えず、はぐらかされてしまった。
これ以上の追求はムダだと思い、私はカバンをもって唯と帰ることにした。
この話が終わったあとも、唯はどこか落ち着きのない様子で、私との会話もどこかぎこちなかった。そんな動揺が収まりきっていない唯に対し、私も少し動揺していた。
なぜなら、さっきのいじわるな質問をした後、脳内をある言葉がよぎったからだ。それは『私は望んでいる』という言葉だ。ほとんど無意識にその言葉が浮かんできた。さっきまで『恋心はない』と言っていた者が、こんな言葉を考えるとは。もしかすると、さっきの寝姿をみて落ちたのかもしれない。それで本能的にそう思ったのかも。でもそう考えると、私ってものすごくチョロい人になってしまう。だし、それだけで恋心が芽生えたと考えるはやはり早計だろう。どうやら自分の中で、気持ちの整理が必要なようだ。
そんなことを考えながら、私は唯とともに寮へと帰宅した。