5話「私がすべきこと」
ある日の放課後の屋上。私は常葉さんを屋上に呼び出した。目的はあることを聞きたかったから。
「唯とはあれからどう?」
まずはすずの告白した後からの、常葉さんと唯の関係。
この間の初デートの朝があんなだったからずっと気がかりだった。でも、私たちはやはり意識しないと2人きりになれない。言い方は悪いが、どうしてもすずや唯が邪魔に入ってしまう。だからそのことがずっと聞けず、気になってしょうがなかった。
「別に普通だよ。前と変わらないって感じ。もっとも唯は私が唯の気持ちに気づいてないって思ってるみたいだから、私はあくまでも普通に接してるけどね。変に余計なことすると唯を傷つけることになるだろうから」
私の質問に対し、常葉さんはどこか彼女らしからぬ真剣な表情で答える。幸いにもというか、唯は常葉さんが自分の想いに気づかないと思い込んでいる。その結果、常葉さんが唯を『フッた』ということにはならなかった。ただ唯が自ら身を引いて、自分で恋を終わらせた。この行為が事情を知っている私たち2人にとっては、言い方は悪いが『好都合』なのだ。ただひたすらに常葉さんも私も知らん顔で普通に接していればいいのだから。
「そっか、それがいいかもね」
「それに自然消滅させた方が私と唯の関係も今まで通りだし、逆に余計な行動して関係を壊しちゃうよりよっぽどマシだろうし」
逆に常葉さんの言うように、変な事をして関係を崩壊させてしまっては元も子もない。
だからこそ、今のこの状況というのはとても私たちにはありがたく、そして現状維持こそが今の最良の選択と言えるのだろう。
「うん、私もその結末は望まないな」
自分本位な言い方をすれば、仮にその結末を迎えてしまえば、すずと常葉さんを『自分のため』にムリにでもくっつけようとした私が悪者になってしまう。
結局の話、それをしなければ唯の恋は最低限、破れることはなかったのだから。だから唯に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
「でしょ? でもさー……なんか私から言わせると、これってやっぱ嫌なことから逃げている感じがして好きじゃないんだよねー罪悪感……って言うのかな? なんかそういうモヤモヤしたのが残ってるって感じ」
腕を組み、思い悩むような顔をしてそう嘆く常葉さん。
「たしかにそうだよね」
結局のところ、これでは常葉さんは気づかぬフリをしているだけ。それで唯の恋心が冷めてしまうのを待つ、というのが今やっていること。それが最善策なのだろうけれど、やっている身としては納得いくものではなかろう。
「まあだからって、他にいい案があるわけでもないんだけどさー……それに唯には新しい恋が始まったみたいだし、ね?」
そんなことを口にしながら常葉さんは、それに合わせるようにわざとらしく私に目で合図を送ってくる。
どうやら常葉さん、やはり『あの事』に気づいているようだ。
「うっ……それを今ここで言う?」
その話を関係者本人の前でするとは……まあたしかに今日呼んだ一番の理由はこっちの方なんだけど、まさかそっちから言われるとは。
「あ、わかってるんだ。流石はめぐみだね」
「まあ自分のことだしねーそれにあれだけ露骨じゃ気づくって」
流石にあれだけ2人きりになろうとしたり、私に対する反応をみていればわかる。
おそらく唯が私に『恋している』ということぐらい。
「ねえねえ、実際のところどうなの?」
常葉さんは興味ありげに、すずの言葉で言うなら『キラキラとした目』で見つめてくる。恋バナにときめく乙女と言ったところだろうか。まったく、他人事だと思って。
「な、何が?」
その目にちょっと恥ずかしくなって、なんとなく目を逸して、白々しく聞き返してしまう。
「わかってるんでしょー、好きなの?」
ド直球で訊いてくる常葉さん。もうそう言われてしまっては答えるしかあるまい。
「んー……わからない」
でも私には、まだその答えが見つかっていなかった。
だけれども、これは逆に唯をみつめるいい機会かもしれない。やっぱり私はこれまですずにしか眼中になかったから、他の人のことなんて考えてなかった。恋に破れた今、いわば『すず』という呪縛から自由となったのだから、もっと他の人のことを気にかけてみるべきかもしれない。
「そっかー……ねえ、相談っていうか、私としての立場なんだけどさ」
「何?」
「私は唯の恋が叶ってほしいと思ってるよ。たぶん唯はフラれた者同士とかそんな同情みたいな感情はなく、純粋にめぐみのことが好きだと思うから」
「そっか」
やはりあの慰め以来、彼女は私を純粋に好きになってくれたのだろう。そこにフラれた者同士とか、常葉さんへの想いが破れたからとか、そういった類のものは一切なく。
でもじゃあ、それに対して私の立場は――?
それを受け入れるのか、はたまた断るのか。もしくは気づかぬフリで現状維持?……だがやはり、その結論は未だ出ていない。とにもかくにも、今は唯を見つめ直し、その結論探しをするのが最善だろう。
「……ねえ、めぐみ。ずっとスルーしてたけどさ、唯のこと『唯』って呼んでるよね?」
そんなことを考えている折、常葉さんが名前のことについて質問をしてくる。その唐突な質問に私はちょっと戸惑いつつ、軽く頷く。
「じゃあ、私は?」
どこか悲しそうな目をしながら、いかにも『私も同じように呼んで』と言わんばかりの感じで訊いてくる。
「ふっ、『常葉さん』」
それに悪知恵が働いてしまった私は軽く笑い、イタズラっぽくわざと名字で呼んであげる。自分からは見えないが、今の私はさぞ悪い顔をしていることだろう。
「ちょっとー! なんでお願いしていない人の方が先なのさー!」
「だってぇー私の中で常葉さんは常葉さんだしぃー」
常葉さんを弄ぶかのように、わざとらしい口調で理由を述べる。
でも、『常葉さんは常葉さんだし』というのはホントの気持ち。やっぱり長いこと『常葉さん』と呼んできた私にとっては、それが一番言いやすい。いわゆる『慣れ』ってやつだろう。今更言い直すのは、ちょっと抵抗がある。
「じゃあ、なんで唯は唯なのさ!」
「えっ、まああれは勢いっていうか、なんというか……今更戻すのも、ねえ?」
場の空気で呼んでしまった以上、仕方がない。
今、しかも唯が『あの状態』なのにも関わらず、元に戻したら『なにか悪いことをしたのかも』って勘違いされるだろう。余計な手間を取るようなことをするほど、私はバカじゃない。
「むぅー……あっ、ふふーん」
常葉さんは口を膨らませながら悔しそうな顔をしたかと思うと、妙案を思いついたのか今度はしたり顔になって私を見つめてくる。
「な、何?」
「じゃあ、私も涼香のこと『すず』って呼んじゃおうっかなー!」
さすがは常葉さん。まさかの奥の手、すずを出してきた。それはズルい。自分が恋人だからって『すず』を引き合いにだして、対抗するつもりだ。
「あっ、ちょっ、それダメ! 『すず』は私だけのもの!」
それに、この呼び方は私とすずの唯一無二のもの。常葉さんにもない『それ』を、奪われるわけにはいかない。
「へへーん。こっちは恋人だから、お願いすればオッケーもらえるもんねー!」
勝利を確信したのかさっきまでとは一転、勝ち誇ったような顔で私を見下す。
たしかに、あちらには『恋人』という強力な関係がある。すずは常葉さんに弱そうだし、お願いされたらそれを受け入れてしまうかも。すずが許可をすれば、いくら親友とはいえ、口出しはできまい。
そうなると、『すず』が私だけのものでなくなってしまう。
「くぅーずるいな……」
悔しい気持ちに苛まれながら、私も私で必死に対抗策を考える。私が常葉さんに勝っている部分、それを突ければ――
「ふふーん」
「……わかったよ。じゃあ今度のテストで合計点が私より高かったら、潔く名前で呼ぶよ……」
私はほとほと諦めたような口調で、そんなまず叶うことのない提案をする。
「ちょっ、私が頭悪いの知ってて言ってるでしょ! だいたい学年でもトップクラスのめぐみに勝てるわけないじゃん!」
こうなったら私も奥の手を出そうではないか。常葉さんはお世辞にも勉強ができるとは言えない。そして私は、自分で言うのも何だが、お世辞抜きで勉強ができる人だ。常葉さんがちょっとやそっと勉強したぐらいで、私を超えるなんて到底無理。今度こそ私の勝利だ。
「ふっ、呼んでほしいなら、勉強するんだね」
さっきの常葉さんみたく、私のしたり顔で、常葉さんを見下すような視線でそう告げる。
「くぅー……いいもん、涼香に教えてもらうもんね―」
「あっ、ちょっそれズルい!」
またしてもすずを出してくる常葉さん。つくづく常葉さんが羨ましくて、妬ましくて仕方がない。なにかにつけても、すずと一緒にできるのだから。
「恋人の特権!」
「ぐぬぬ」
しばらく元(?)ライバルの常葉さんとノーガードの言葉の殴り合いを続けた後、私と常葉さんはしばらく言葉を交わさないで、にらみ合いを続ける。
「……ふふ、フハハハハハハハ」
そして、糸がプツンと切れたように、突如として私と常葉さんは笑い始める。
「なんか子供のケンカみたいだよね」
私はそんな例えでこのケンカを表現する。『先生に言うぞ』とか『お母さんに言いつけてやる』とかそんなレベルのケンカだった。ホントにくだらない、犬も食わないようなそれだった。
たかが、名前の呼び方程度で何ムキになっているんだろうか。
「そうだねー、でも、めぐみもやっぱまだ涼香のこと好きなんだねぇー」
「そりゃそうでしょ。恋に破れたって想いまで消えるわけじゃないんだから」
「たしかに」
「まあ、それは置いておいて、名前の件だけど、機が熟したら呼ぶよ」
「……? どういうこと?」
私の言葉の意図がわからなかったようで、常葉さんが怪訝そうな顔をしてそう聞き返してくる。
「色々と事が終わってからってこと」
今は、言い方が悪いけれど、それにかまっている時ではない。他にもっとやるべきことがあるから。
「ああ、そっか。うん、じゃ、待ってる」
「――よし、話も一段落ついたし、私そろそろ帰るね!」
「うん、じゃ、ばいばーい」
私は手を振りながら、常葉さんが屋上を後をするのを、見送った。
どうやら私には、未練というか嫉妬というものが多く残っているようだ。それが抑えられず、つい常葉さんにあたってしまう。私も、はやいところ新しい恋を見つけたほうがいいのかもしれない。すずを相変わらず好きなのは別に悪いことじゃない。むしろその気持ちは大切にするべきだと思う。でも、それで他の人に迷惑をかけるようではいけない。それは好きで居続けることとは別。
でも、だからといって『彼女』で、言い方を悪くすれば、妥協してしまうのはどうなのだろうか。新たな恋で昔の恋を引きずるのを止めたいと思っている私には、『彼女』は好都合すぎる物件だ。そして今の私には、確実に彼女に対する特別な想いはない。これは間違いなく言えることだ。そして逆に彼女は私に好意を寄せている。だからこのまま彼女と恋人になれば、すずへの未練みたいなものはなくなっていくだろう。
でも、そのやり方は正直いってあまり好きじゃない。だってこれは彼女を、言ってしまえば利用していることになるのだから。だからこそ私はこのことに、真剣に向き合ってちゃんとした自分なりの答えをだしたいと思う。




