4話「疑惑」
大型連休も終わり、だるい学園生活が再開して数日経った頃。放課後の図書委員の当番のため、私は図書室にいた。どういうわけか唯も一緒に。
最近というかあの日以来から、どうも唯の様子がおかしい。なにかにつけては私と行動を共にしたがる。当然2人きりで。たぶん今日のこれも、それの1つだろう。
「この本おもしろかった。まさか最終章であのどんでん返しはやられたよ!」
よくこっちに遊びに来るようになった影響か、唯は図書室の本を読むようになった。私もある程度ここの本を熟知しているので、そこからおすすめを彼女に紹介している。
「まあでもアレは視覚や聴覚がきかない『読者』だからの展開だけどね、都合悪い部分は描写しない、これで読者を勘違いさせてるんだよ。普通に考えて、登場人物たちはアレに気づかないわけないし」
いわゆるミスリードというやつ。私もそれ自体は悪いとは思ってないし、後で真実を知るとスッキリするからいいけれど、してやられた気がしてちょっとムカつく。
「んーそうだけど……てか、めぐみがオススメした本でしょ? 自分で批判する?」
「や、ストーリー自体は面白いよ。世界観も独特で素敵だし」
一応自分でオススメした本なので、フォローだけは入れておく。
「そうそう! 行ってみたいよねぇーあんなとこ」
唯は目をキラキラと輝かせながら、遠くを見つめるような目で思いを馳せている。
「そう? こっちの方が何かと平和でいいと思うけど、後ちょっとあっちは不便そう」
「あぁーそれはあるかも。携帯やパソコンなんてないだろうしねー――」
「――それにしてもさ……」
その本の雑談に盛り上がる最中、私はふとあることを本人に訊いてみることにした。
「ん?」
「最近、よくこっち来るね」
「えっ、いやあの……ほら! あの2人の邪魔しちゃ悪いし。それに私もちょっと本読んでみよっかな―って……」
それにあからさまに動揺をみせ、言い訳がましく理由をつける唯。今まで読書に興味ある素振りなんて全くなかったのに。
「でも聞いた話じゃ、私の担当以外の日は来ないらしいじゃん」
唯の行動が気になった私は、もう既に同じ図書委員にもバッチリとリサーチ済み。
その話では私の担当日には必ずと言っていいほどいるのに、それ以外の日は見かけることはないという。もっとも、よくよく考えてみれば、担当日じゃない日は私と一緒にいるから当たり前の話ではあるのだが。
「うぇ、えっとー……そ、それはほら、めぐみがいない日はそれこそめぐみがこっちにいるから、別にわざわざ行かなくてもいいでしょ?」
追い込まれてさらに焦りをみせ、必死で考えながら言い訳をする唯。
「ふうん、ま、でも常葉さんもすずもそこまで気にしてないと思うけどね、逆に気を遣いすぎても悪いと思うけど」
とりあえずこれ以上責めるのは可哀想なので、ここで一旦はおしまい。
この反応、言葉からも十分に成果は得られた。私が抱えていた疑問もなんとなく解けた気がする。
「あれ、ねえなんで私は名前で呼んでくれるようになったのに、杏奈はまだ『常葉さん』なの?」
そんな会話の中、ふと気になったのか、不思議そうな顔をして唯はそんなことを訊いてくる。
「え? ああ、これは常葉さんに対するちっさい嫌がらせ。あっちが『呼んで呼んで』言ってくるからちょっと意地悪してみよっかなーって感じで」
逆に唯の方を勢いで呼んでしまったから、今更戻すのもなんとなく変だし、面倒というのもあるが。
常葉さんはすずを、言ってしまえば私から奪っていた張本人。だからせっかくだし、少しの間だけ意地悪してみようかなと思った。
もちろん本当に彼女を憎んでいるわけじゃないし、これもほんのお遊びのつもりだけれど。まあでも、これは本能的に常葉さんへの悪あがきをしているのかもしれない。あえて1人だけ名字で呼んで、しかも本人は名前呼びをご所望している。それをあえてしないことで、常葉さんに優位に立てるから。そう考えると、私ってちょっと嫌な人かも。
「やっぱめぐみって悪魔だ……」
ちょっと引き気味な顔をして私を見ている唯。
「――あっ、いたいた、めぐみ!」
そんな折、後ろから聞き慣れた声で私を呼び、肩を叩く人がいた。
振り返ると、そこにいたのは同じクラスの『雛咲凛』だった。それで、私は大方彼女の用事がわかった。
「あ、凛、どうしたの?」
「うん、なんかさ中世の王国を舞台にしたような恋愛ものってない? めぐみのオススメがあったら教えてほしいんだけど」
やはり私の予想通り、本のオススメを訊いてきた。たぶんその内容だと、今度の演劇かなにかでやるための役作りなのだろう。
「中世ねー……あっ、アレがいいかも。来て」
そう言って、私はその本があるところへと向かう。
「――あ、あったあった。これなら凛の好みに合うかも」
「読んでみるよ! ありがとねー!」
そう言って凛は嬉しそうな顔をして、カウンターへと向かっていった。
そして何故か一緒についてきている唯からの視線が痛い。
「今の、雛咲さんだよね? 同じクラスの」
その声がいつぞやのお昼の時みたく、低い声になっている。それに再び背筋が凍るような思いをしながら、私はその質問に答える。
「うん、そうだよ。凛は演劇部だから、演技の勉強のためによく本を読んでるみたい。元々彼女自身も読書が好きみたいだから、それで意気投合したって感じかな?」
「ふうん、名前で呼ぶんだー」
それはまるで彼女に浮気チェックでもされているかのような感じになっていた。
「いや、それは凛がそう呼べっていうから」
凛は特に性格が常葉さんみたいに気さくだから、同じクラスなのも相まってすぐに打ち解けてきた。
「杏奈が同じこと言った時は気まずそうにしてたのに……」
「や、その時はまだすずが常葉さんのことを名前で呼んでなかったから。まさかこっちの方が先に呼ぶわけにいかないと思って」
「そういうところお堅いよね、めぐみって。別に気にしなくていいのに」
「そうかな?」
「そうだよ……でも私だけは『唯』なんだ……」
さっきまでとは一転、そんな事を聞こえないようなぐらい小さな声で呟き、明らかに嬉しそうな表情を浮かべる唯。
もちろんこの距離なら私は聞こえるわけで、しかもこの百面相をしている唯。はたして私はどうしたらいいのやら。
「あ、そうだ。本読み終わったんだから、次のおすすめ紹介しようか?」
とりあえず話を逸してみることにした。
「ううん、いい。今度は自分で本を見つけてみる。丁度読みたそうないい本があるんだー」
私の言葉に、意外にも否定する唯。
案外、唯は読書が好きなクチなのかもしれない。いままで読むきっかけみたいなものがなかっただけで。
「ふうんそっか。まあどんな理由であれ、読書好きな私としては本を読むようになってくれて嬉しいよ」
純粋に同じ趣味をもつ友というのは嬉しいことだ。そういう友達はもう既に何人かいるけれど、それがやっぱり長年一緒にいる唯だからこそ嬉しいのかもしれない。
「それはよかった。じゃあ、今日はこれからその本買いに行くからそれじゃ」
「うん、また明日ねー」
私は手を振りながら、唯が図書室を後にするのを見送った。
今回の唯との会話で、私はある結論に達した。けど、それからどうするのかはまだ決めていない。というか、どうすればいいのかよくわからない。こういう時は、『あの人』に状況確認がてら訊いてみようかな。
 




