5話「実践開始」
授業中。私は授業を半分意識しながらも、由乃ちゃんの助言通りに亜弥ちゃんを恋愛対象として意識しながら見ることにした。幸運にも亜弥ちゃんの席は私の真ん前、見るには絶好の場所だ。多少近すぎるような気もするが、細かいことは今は置いておこう。
そういえば、亜弥ちゃんっていつから私の事好きなんだろう。中学、いやそれともリリウム入ってから?
でももし高校生になってからなら、この1年に何かしらの『きかっけ』があったってことだよね。私には一切心当たりないけど。1年生の頃から振り返ってみても、それらしいこと記憶にないし。
じゃあ、中学生の頃から? それが1年生の頃からなら、すっごい長い間亜弥ちゃんは私の事を一途に愛し続けてくれたってことだ。なんか、そう思うと亜弥ちゃんかわいいな。ここにきてもしかしたら、亜弥ちゃんの魅力を再発見?
「何?」
そんなことを考えていると、プリントを後ろに回すときに、亜弥ちゃんが少し怪訝そうな顔をして私の事を見つめてくる。
「え、何が?」
別にやましいことはしていないのに、心を見透かされたようなその言葉に、急に心が焦りだす。そのせいで、わざとらしく訊き返してしまう。
「あれ、私のこと見てなかった?」
亜弥ちゃんは意外にも鋭かった。私の視線を感じ取っていたようだ。それがさらに私の焦燥感を掻き立てる。
「だ、だって、目の前なんだから、見る……でしょ?」
とりあえず、そんな屁理屈で適当にごまかしてみる。このことがバレて、これ以上亜弥ちゃんに意識されてしまうと、普段の亜弥ちゃんではなくなってしまうと思ったから。そうなってしまえば私の計画も丸つぶれ、亜弥ちゃんへの答えも見いだせなくなってしまう。
「や、そういうことじゃなくて。なんて言ったらいいのかなー、私のこと意識して見てなかった?」
もう完全にバレバレと言っても過言じゃないほど、私の行動を言い当てる亜弥ちゃん。
「し、してないよ」
それに冷や汗をかきながらも、めげずにごまかし続ける。
「ふーん、ならいいんだけどさ」
亜弥ちゃんもそれで納得してくれたようで、前に向き直る。
私はなんとか免れたと胸をなでおろし、再び亜弥ちゃんを見始めた。もしかすると亜弥ちゃんは、私が『かわいい』とからかったのを無意識的に感じ取ったのかもしれない。たぶん本人に言ったら、全力で否定するだろうし。
で、改めて亜弥ちゃんのことを恋愛対象として意識してみよう。
そもそも亜弥ちゃんという人は優しくて明るくて元気だけど、その元気さが空回りして失敗しちゃうところが可愛くて……もしかしたら意外と一途な女の子。勉強はちょっぴり苦手だけど、スポーツは割りと得意で体育が大好き。そんな亜弥ちゃん。
私はそんな彼女を一人の女の子としてどう思う……?
「んー……」
……やっぱりわからなかった。亜弥ちゃんをイメージしながら、それに対して自分の心の中に『好き』という感情を探してみるけど、全く見つからない。
というより、どれが『好き』なのかがよくわからなくなってきた。
そもそも『好き』とはどういうことを言うのだろうか?
なんだろう、だんだん哲学めいてきてた。私はもっと単純なものを探しているはずなのに。
やばっ、こんがらがってきた。
「襟香さん、襟香さん」
そんなことを考えていると、隣の席の由乃ちゃんが私の肩を叩いてくる。それにつられ、由乃ちゃんの方へと目をやると、由乃ちゃんはノートに何か言葉を書き始める。そこには、
『焦っていては見えるものも見えてきませんよ? 襟香さんの、一刻も早く答えを出したいという気持ちもわかりますが、それで真の目的を見失っては本末転倒です!』
と書いてあった。
「ありがと」
軽く微笑みながら口パクで答え、前に向きかえる。
そうだ、何も今答えを出す必要はないんだ。確かになるべく答えは早く出したほうが、亜弥ちゃんのためにもいいことではある。でもそれで焦って、由乃ちゃんの言うとおりになってしまってはいけない。それにそうすぐに答えがでるのなら、あの時点で出ていてもおかしくはないのだから。とりあえず頭だけで考えるのは、これぐらいにして授業に戻ろう。
◇◆◇◆◇
それから時は流れ、昼休みとなった。いつもの調子が戻ってきたのか、亜弥ちゃんはいつものように私に接してくれるようになっていた。いつもの元気さを取り戻し、まるで朝の亜弥ちゃんが嘘みたいだった。
「ねえ、亜弥ちゃん! 今日は屋上で2人で食べない?」
いつものメンバーで昼食を食べようとしていた所、私は亜弥ちゃんにそう誘う。
「え、屋上で?どうしたの、急に」
亜弥ちゃんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、そう言った。亜弥ちゃんの言うとおり、ちょっと唐突すぎるかなと思う。でも、私にはそうしてでも2人きりになりたい理由があった。
「や、なんとなく屋上で亜弥ちゃんと食べたいなーって」
今までの亜弥ちゃんの情報だけで考えているからダメなんだ。なぜならその時点では意識していなかったから。その当時の感覚はアテにならない。だから今の亜弥ちゃんから受け取るもので判断すれば、意識している分、分かりやすいはず。それにいつも6人で食べているので、その中ではあまり亜弥ちゃんと話す機会がない。でも、2人きりならば話さざるを得ない。もしかしたら、それで何かがわかるかもしれない。そう思い、私は亜弥ちゃんを誘った。
「うん、わかった。じゃあ、いこっか」
4人には断りを入れ、2人で屋上へと歩き出し始める。これで少しはなにかが見いだせればいいけど――
◇◆◇◆◇
屋上にて。空は雲ひとつない晴天で、春の陽気に包まれ、風もとても心地よく、絶好の昼食日和だ。私たちは屋上のベンチに腰掛け、膝の上にお弁当を広げ、昼食をとることにした。
「んんっー! 今日もえりの料理はおいしいねー!」
亜弥ちゃんはいつもの笑みを浮かべながらそう言った。亜弥ちゃんのおしそうに食べる顔を見ていると、こちらも作りがいがあるし、とてもうれしい。
「ふふ、ありがとう」
「こんなおいしい料理を毎日食べられる私は幸せ者だなぁー」
本当に幸せそうな顔をしながら料理を食べる亜弥ちゃん。
「ふふ、もう、おだてても何もでないよ?」
「おだててなんかないよ、これは素直に褒めてるんだよ! 本当にえりの料理はおいしい!」
「ありがとうございます」
それに私はわざとらしく軽くお辞儀をする。
「えり、いつもおいしい料理作ってくれてありがとうね」
今度は唐突に柄にもないことを言い出す。いつもならこんなには褒めてはくれないのに、今日に限ってはやたら褒めちぎる。どういう風の吹き回しだろうか。
「ふふ、今日はどうしたの? 急に改まっちゃって」
「こういうことって、当たり前になっちゃダメだと思うんだよね。その時その時で、ちゃんと感謝やお礼するべきだと思うんだ」
「いい心がけだね」
「昨日の風邪でそう思ったんだ。私たぶん、えりがいてくれなかったらダメだったと思う」
そんな神妙な面持ちで、まるで昨日のように弱った発言をする亜弥ちゃん。
「そんな大げさな」
「ううん、大げさじゃないよ。私にとってのえりの重要さがすごくわかったんだ。だからこれからもずっと友達でいてね!」
「うん、もちろん!」
『友達でいて』……いつもならなんてことはないセリフも、今日は妙に引っかかてしまう。
はたして、亜弥ちゃんは本当に本心でそう思っているのだろうか。もしかして亜弥ちゃんは本当に告白を忘れたがっている、もしくはもう忘れている?
うん、これはあくまでも直感でしかないけれど、違うと思う。どちらかというと、私に忘れさせるためにわざとそう言ったようにも思える。亜弥ちゃん的には、このまま自然消滅させたいのだろう。
でもごめんね、亜弥ちゃん。それはできないお願いだよ。私自身が自分なりの答えを見つけるまでは、絶対に忘れないからね。それでもし、仮に亜弥ちゃんを傷つけるような答えが出たとしたら、そこでまた悩めばいい話だし。
「――おいしかったーごちそうさまでした!」
それからしばらく、雑談でもしながら穏やかな昼食の時間が流れていた。亜弥ちゃんは美味しそうに昼食を食べてくれ、いつものように完食してくれた。作る者として、完食してくれることがとても嬉しい。作った甲斐があるというものだ。
「お粗末さまでした」
「ふわぁー……なんかお昼食べたら眠くなってきちゃった……」
亜弥ちゃんは口に手を当て、大きなあくびをする。
「え、お昼寝するの? 大丈夫? 起きられる?」
「大丈夫! 時間になったら、えりに起こしてもらうから」
「それ起きられるっていわない!」
「じゃ、おやすみなさーい」
「え、ちょっ……!?」
亜弥ちゃんは私の言葉を耳にも入れず、私の膝の上に頭を乗せ、そのまま夢の中へと入っていってしまった。こうなったら最後、たぶん私が無理やりにでも起こさないかぎりは寝続ける。
そもそも亜弥ちゃんは眠るのがすごく速い上に、どこでも眠れる体質の持ち主。その上、一度眠ったら最低でも30分は眠り続ける。だからもう起こそうとしても無駄だろう。
なので私は諦めて、亜弥ちゃんにお昼寝の時間を与えることにした。
「もう勝手なんだから……食べてすぐ横になると牛になっちゃうよ、ふふ」
私はそんな愚痴をこぼしながらも、亜弥ちゃんの頭を撫でながらじっと亜弥ちゃんの寝顔を見つめていた。
亜弥ちゃんの寝顔はまるで無邪気な子供のように愛らしく、可愛かった。もしかしてこれが『恋』なのだろうか。でも『子供のように』愛らしいということは、どちらかといえば子に対する母親の感情なんじゃないだろうか。要は母性愛というもの。それは確かに『愛』なのかもしれないけど、『恋』ではないような気がする。
「あぁーダメだ、またごちゃごちゃしてる……」
なぜだろう、考えれば考えるほど迷宮入りしている。これ以上考えると、出口が遠のいていく気がしたので、一旦私は考えることをやめた。今はただ単に亜弥ちゃんを撫でて、愛でることだけに集中しよう。
でも本当に可愛いなぁー、亜弥ちゃんは。こんなに可愛い子が、どうして私に惚れたのかな。むしろそれを詳しく訊いてみたい。それが一番参考になりそうだ。どんな状況だったのか、それに対してどういう風に感じたのか。そして、どうしてそれが『好き』だとわかったのか、その辺りを問い詰めたい。亜弥ちゃんの性格から考えれば、どうせ訊いたところで絶対に教えてくれはしないだろうけど。
でも、もしいつか、友達以上の関係になることがあるのならば、訊いてみようかな。その時なら、念を押せば教えてくれそうな気がする。たぶんその話す姿は絶対に可愛いことだろう。顔を真っ赤にして、目を泳がせながら、恥ずかしそうにして話してくれるんだろうな。
「ふふ、ふふふ」
想像するだけで、思わず笑みがこぼれてしまう。その姿が容易に想像できてしまうのが、またなんとも面白い。でも、私はそういう関係になることを望んでいるのだろうか。望んでいるのであれば、それは『好き』ということではないのだろうか。
「んー……」
よくわからない。全くそうなりたくないというわけではないと思う。やっぱり、そういう関係になりたいのかどうかがわからない。それは、『好き』かどうかという問題に似ている。ということは結局は振り出しに戻るわけだ。
「あぁーもう、こんがらがる! 考えるのやめっ!」
もう考えるのはやめて、ひたすら亜弥ちゃんを撫でて、無心の境地に至ることにした。これ以上考えると頭が沸騰しそうだ。
ああ、できることなら誰かに答えを教えてほしい。でも、それじゃ意味がない。自分で見つけるからこそ意味があるのだ、諦めずに頑張ろう。
「――亜弥ちゃん、そろそろ5限始まるよー起きて―」
それからどれぐらいの時間が経っただろうか、気がつけばもう既に昼休みの時間も終わりに差し掛かっていた。私は亜弥ちゃんの体を軽くゆすりながら、彼女を起こす。
「んんー……あと5分……」
私の言葉に、いつもの嫌そうな顔をして、寝言を呟く。
「や、5分待ったら間に合わないって! 亜弥ちゃん! 起きてー!」
そんな亜弥ちゃんの小ボケにツッコミを入れながら、さっきよりも強くゆすり、大きな声で亜弥ちゃんを起こす。
「むにゃー……はっ! 今何時!?」
すると急に電池が入ったかのように動き出す亜弥ちゃん。そして辺りを見回しながら、私に時間を問う。
「もう後3分で始まっちゃうって! 急いで!」
タイムリミットはもう残り3分。走れば何とか間に合う時間、とにかく急がなきゃ。
「あーごめーん! 急ごう!」
「うん! あっ……いったぁー……」
けれど、弁当を持っていざ立とうとしたその瞬間、あろうことか私の足に電撃が走り出す。そのせいで立ち上がることができず、思わずベンチに再び座ってしまう。
「えり、どうしたの!?」
「ごめん、足痺れたみたいで……立てない」
どうやら長時間亜弥ちゃんの頭を膝の上に乗せていたせいで、足が痺れてしまったみたいだ。足に力が入らず、とてもじゃないけれどこれではしばらく動けそうにない。
「ええ!? ああ、ごめん! 私が膝枕してもらったせいだ……どうしよう……?」
申し訳なさそうにしながら、必死で打開策を考えている様子の亜弥ちゃん。そんなこといっても刻々と時は流れてゆく、一秒、また一秒と時間はなくなっていく。その状況にさらに焦りが増してしまう。
「……あっ、そうだ!」
そんな最中、亜弥ちゃんはどうやら妙案が閃いたようで、したり顔で私を見つめる。
「……ひゃっ!? ちょ、ちょっと亜弥ちゃん!?」
亜弥ちゃんがとっさにとった行動はなんと、お姫様抱っこだった。まさかされる日が来るとは思ってもみなかった、しかもそれを亜弥ちゃんに。それにしても私を軽々と持ち上げるとは、意外と亜弥ちゃんは力があるのだろうか。それとも火事場の馬鹿力というやつなのだろうか。
「ちゃんと捕まっててね」
「いいって……痺れもすぐ治ると思うし、それに重いでしょ……?」
お姫様抱っこならば、私の足の痺れが治らなくても、教室まで行けてなんとか間に合うと思う。けど、如何せん恥ずかしい事この上ない。そもそも、亜弥ちゃんとこれだけ体を密着させたことはいままでなかったし、何より顔が近い。本当にしようと思えば、キスできてしまうぐらいの距離だ。
さらに言えば、そのまま教室に入りでもしたら、必然的にクラスメイトにも見られてしまう。たぶん、亜弥ちゃんならやりかねない。そんなこと、考えただけで顔が赤くなってしまう。
「そんなことないよ! 大丈夫、間に合わせるから! こういう時にこそ頼ってよ! 私たち、友達でしょ?」
「友達だけど……恥ずかしいよぉ……」
まだ誰にも見られていないというのに、私の顔はもうたぶん真っ赤。恐らく、耳までも赤くなっているのではないだろうか。顔もすごく熱くなって、胸の鼓動も早まっている。
「そんなこと言ってる場合じゃないって! 次古典だよ!? あのガミガミおばさんだよ!? 遅刻したら、絶対に呼び出し説教コースだって!」
たしかに亜弥ちゃんのいうこともわかる。あの口うるさい先生のことだ、遅刻なんてしたら間違いなく後で呼び出されて、説教されるのが目にみえてる。
「そうだけど……」
でも、私はその両者を天秤にかけられなかった。もちろん怒られるのは嫌だ、でもお姫様抱っこも恥ずかしい。しかもそれが亜弥ちゃんにとなれば、なおのこと。
「もう、決定ね! さ、行くよ! 捕まってて!」
私が答えに窮していると、しびれを切らした亜弥ちゃんは強行に決断し、そのまま走って屋上を後にして、教室へと向かって行ってしまった。
ああ、恥ずかしい。できることなら、顔を隠したい。けれど亜弥ちゃんに捕まっていなければいけないので、どうしても顔を晒す形になってしまう。幸いにも時間が時間なため辺りに生徒は少ないが、それでも恥ずかしいことには変わりない。それに早く着いてほしいと願っているからか、時の流れがまるで永遠のように長く感じる。また恥ずかしさからか、周りの音がまるでなにもないかのように、耳に入ってこなかった。
「――よしっ! 間に合ったぁー……セーフ!」
それからどれだけの時間が経っただろうか、ようやく私たちは教室へとたどり着いた。
私の感覚的にはとてつもない長い時間のお姫様抱っこであった。だけれど現実ではどうも先生はまだ来ていないらしく、どうにか間に合ったようだ。亜弥ちゃんは安堵の表情を見せ、そのまま教室に入っていく、私をお姫様抱っこしているということも忘れて――
そんなことをしたもんだから、入ってすぐに皆の目線が私たち2人へと向けられる。そのせいで、私はもう沸騰しそうなほどに顔が熱くなっていた。しかも中には黄色い歓声も上がる始末。
さらに加えて、由乃ちゃんたちはニヤニヤしながら私のことを見つめているし。ああ、『穴があったら入りたい』というのはまさに今のことを言うんだなと身をもって実感させられた。
「あ、亜弥ちゃん……亜弥ちゃん!」
亜弥ちゃんにお姫様抱っこしていることに気がづかせようにも、気が動転しているせいか、私は亜弥ちゃんの名前しか口にだすことができなかった。
「ん? あ、ああっ! ごめんごめん、降ろすの忘れた」
だが流石は亜弥ちゃん、それでも私の思いを察してくれたようで、私はようやくお姫様抱っこから解放。と同時に私はうつむきながら、そそくさと自分の席へと着いた。
予想通り、私が席に座ると、早速隣の席の友人は私をからかってくる。それがさらに私の羞恥心を煽り、その恥ずかしさで死ねるのではないかと思うほどにまで至っていた。
結局のところ、亜弥ちゃんへの思いは何もわからず、私がただただ恥ずかしい思いをするというだけのお昼となってしまった。もうお姫様抱っこは懲り懲り。しばらくはされたくないかな。