11話「我慢の限界」
Φ
とりあえず作戦の1日目が終了した。すずはまだ告白する素振りは見せていない。まあ、まだ初日だしこれからだろう。
たけれど、それよりもなによりも問題なのはこの部屋に流れている重たい空気と、私とすずの関係の悪化である。もはや私とすずは、ろくに会話もしないほどに関係が悪化している。
もちろん私が色々と作戦のために動いていたり、常葉さんと2人きりにさせるため、自ら空気を読んですずから離れなければならないので、たしかにそもそも話す機会自体が少ないのだが、こんなにも会話しない時間が今までであっただろうか。そう思うと、私たちは結構仲良かったんだと実感する。
私は自分の机で本を読みながら、ふとそう思っていた時だった。
「ねえ、めぐ……お願い、よりを戻して……」
すずの微かに震えた声が聞こえたかと思うと、すぐに後ろから抱きしめられた。
声だけで分かった、すずが泣いていることが。いよいよ彼女にも限界が訪れたようだ。そしてその彼女の行為で、またも私の中に久方ぶりに罪悪感が駆け巡る。それと同時に、私の心も揺れ動き始める。
私ってホント単純だ。忘れかけていたすずへの想いが、またしてもぶり返してきてしまった。
「お願いだから……よりを戻して……もういや! こんな関係は絶対にいや!!」
すずも心の底からそう思っているのだろう。珍しく大声を上げて、私に迫ってくる。
その悲痛の叫びがまた私の罪悪感を増幅させていき、もう胸が張り裂けそうになっていた。涙腺を弱っていき、意識しなければ涙が零れ落ちてしまいそうだった。
「ねえ、覚えてる? 私たちの出会い――中学に入学したばかりの頃、私こんな性格だから、友達できるかとかクラスでうまくやっていけるのかすごく不安だったの。そんな時、めぐが私に話しかけてきてくれたでしょ? 私、すごく嬉しかった、めぐに救われたの!」
忘れもしない私たちの出会い。
まだ入学したばかりでクラスの友達関係も出来上がってなかった頃。不安そうに、そしてどこか寂しそうにしながら一人で座っていたすずに話しかけたことで、私たちの関係は始まった。
たしかに最初は不純な気持ちだったけれど、それが今となってはかけがえのない大切な友達にまでなっていったのだ。
「だから、めぐは私にとってとてもかけがえのない大切な友達なの! そんな大切な友達とこんな関係を続けるのは辛いの、苦しいの! だから、お願い……よりを戻して?」
『大切な友達』という言葉に嬉しいような、でもどこか悲しいような、なんとも言葉に表しにくい複雑な気持ちが私の心を支配した。もうこんなにも悲しそうなすずの声を聞いているのは辛い。出来ることなら今すぐにでも元の関係に戻したい。
でも、それはできない。してしまったらたぶん、もう二度と常葉さんに告白をしない。それに私も私で、このすずを想う気持ちが爆発してしまう。私はすずが今も大好きだ、たまらなく好きだ。すずが常葉さんのことを好きだと知っていても、やはりこの気持ちに変わりはない。だからこそ、すずには常葉さんと結ばれるべきなのだ。そうすれば、きっぱりと諦められるから、すずを困らせずに済むから。
私は自分にそう言い聞かせ、揺れ動く気持ちをグッと堪える。
「……じゃあ、最後のチャンスをあげる。これがホントのホントに最後だから」
私はあえてすずの方を向かず、すずに最後の泣きの一回を与える。
これでダメだったら、もうこのことはきっぱり諦めよう。そしてこの想いを爆発させてしまおう。常葉さんとすずをかけて正々堂々と争おう。案外、その方がうまくいったりするかもしれないし。
いずれにせよ、もう運命の赴くままに生きるしかあるまい。
「ねえ、どうしてそこまで告白にこだわるの……? わざわざ危ない橋を渡るより、今のままでいいでしょ……?」
「ダメ!! こうでもしなきゃ、絶対にすずは自分の意志で告白なんてしない! そうして引き伸ばしてばっかいたら、いつか絶対に後悔するよ! それにすずの幸せは私の幸せなの、すずには幸せになってほしいの!」
「でも……」
やはりどこか自信がなさそうなすず。ずっと一緒にいたんだから見なくたってわかる。
すずは今私の言葉に揺れ動いている。でもやっぱりあと一歩踏み出せないようだ。
「大丈夫、すずの1番の親友である私が保証する。すずなら大丈夫、太鼓判押してあげる。だから、お願い、私のためにも告白をして」
私はすずの方へと向き返り、しっかりと目を見て話をする。私の願い、想いを全て伝えるつもりで。
「……ねえ、1つだけ訊かせて?」
「なに?」
「めぐは私が常葉さんと結ばれたら、嬉しい?」
一瞬、その言葉に葛藤してしまう自分がいた。
だって本当の事を言えば、結ばれてほしくないのだから喜べるはずがない、むしろ悲しい。本当のことなら是が非でも阻止したい。
でも、ここで本音を見せては全てが水の泡。
「…………うん、嬉しいよ。多分、すず以上に泣いて喜ぶかも」
だから私は感情を押し殺し、そう偽りの言葉を述べる。
でも『嬉しい』という言葉だけは本当。だってあの奥手なすずがようやく勇気を出して告白してくれたのだから、それは嬉しい。
「…………わかったわ、やるわ。私、常葉さんに告白する!」
少し間があって、ようやく決意を固めてくれたすず。その表情には確かな強い意志が感じられた。今度こそ本当に決心してくれたのだろう。
「ホント!? ありがと、すず!」
私はまるでおもちゃを買ってもらった子供のように喜び勇み、すずと握手までするほどにはしゃいでしまう。でも、それほどまでに嬉しかったのだ。あのすずがようやく、自分の言葉でそう言ってくれたのだから。
これでようやく前へ進みだすことができる、そう思うと心の底から嬉しさが湧き出してくる。ようやくこれで私のキューピッド役は終わりを迎えられる。
「だってめぐの幸せもまた私の幸せだから。私が告白したら、また友達になってくれるんでしょう? それに、私が結ばれたらめぐは嬉しいんでしょう? なら、私やるわ」
本来、告白というものは自分の想いを伝えるため、はたまた恋人関係になるために行うもの。
でも、今回は明らかに私とよりを戻すために告白するという、なんともすずらしい形となった。もちろん私がそうさせたというのもあるけれど、結局のところ最後の最後まで『私のため』に告白を決意したのはやはりすずならではだろう。
でも、これでいいのだ。どういう形であれすずが告白する気になったのだから。これで私の思惑を果たせるのだから――
「……ねぇ、すず」
「何?」
「1つだけわがままきいてもらってもいい? 告白とは全く関係のないことだから」
「もう無茶なことはなしよ……?」
告白の件のせいだろうか、すずはどこか私のことを警戒しているようだ。まあ、警戒されても仕方ない。それだけのことをしてきたのだから。
「大丈夫、簡単なことだから、まずここに座って」
そう言って、私は席を立ち、すずを座るように促す。すずはそれに怪訝そうにしながらも頷き、私の椅子に座る。そして私はさっきすずがしたように、後ろからすずを抱きしめる。そっと優しく、包み込むように。
「え、これだけ?」
あまりにも簡単すぎることに、拍子抜けした様子のすず。あれだけ無理難題を押し付けた後のお願いがコレなのだから、戸惑うのも無理はない。
「そう、それだけ……このままでしばらくいさせて」
「ええ、いいけど……?」
すずは少し戸惑ったような声色でそう言った。そりゃ困惑するのも当然だ。
こんなのはすずにとってはなんら変哲もない、普通のことなのだから。
でも私にとってそれは、とても特別な意味を持っていた。最後の最後に、すずを諦める前に、こうやってすずを感じたかった。一生分のすずの温もりを――
「うっ……ううぅ……」
そんなことをしたもんだから、すずとの思い出が走馬灯のように蘇ってしまう。すると自然と大粒の涙がこぼれ始めた。
どうやらやっぱり私も人間だったようだ。機械のように、すずへの愛をすぐに消すことなんて出来なかった。すずとの思い出を思い出せば思い出すほど、すずへの愛が溢れ出て仕方がなかった。
そしてそれと同時に、常葉さんと結ばれた時のことを考えると、すずがどこか遠い世界へ行ってしまうような気がして胸が切なかった。
「え? ええ!? ど、どうしたの、めぐ!?」
突然の涙に困惑するすず。
私はそんなすずの言葉を気にもとめず、ただひたすらにすずを抱きしめていた。
すずは私が言葉で言わなくとも、なんとなく私の心を察してくれたのか、少ししてすずが私の頭を優しく撫でてくれる。それがまた私には嬉しくて嬉しくて、まだまだ涙が溢れ出す。どうも今の私の心は自分で思っている以上に脆いようだ。ちょっとのことですぐに涙が湧き出てきてしまう。
「――すず……私たちいつまでも友達――ううん、親友だからね……」
しばらくその状態が続き、私の心も落ち着いたころ、私はすずにそう告げた。私の気持ちに終止符を打つ言葉、それを彼女に告げたのだ。
これで私の想いは終わり、これからは彼女の恋を応援する『親友』となる。
「ええ、約束よ」
とても優しい声で、私の願いを承諾してくれたすず。
「たとえ何十年経とうとも、ずっとずっとだよ?」
「ふふ、もちろんよ」
「うん、ありがと、すず」
こうして私の恋は終わりを告げた。さて次はいよいよすずが告白する番だ。今度こそはうまくいくだろう。理屈では言い表せないけれど、なんとくそんな気がする。それに常葉さんとも口合わせしているのだし、以前よりは成し遂げられる体勢が整っているはずだ。
だからこそ絶対に告白してほしい。私は祈る想いで明日を待つ――




